あの子に釣り合う王子になりたい(四)

 新たな仲間と共に過ごす日々は刺激に満ちていた。

 ふと気づけば肌寒い。学院の木々は寂しくなり、かわりに道脇に掃かれた落ち葉が高くなっていた。屋外の演習場にも冷たい風が通り抜けてゆく。


「今日はこのくらいにしましょうか」

「ああ、ありがとう」


 フロドの前には中心を射貫かれた的がずらりと並んでいる。これを自分が成したのだと思うと、自然に口元がほころんだ。

 リナとゼル。フロドが二人から習いながら修練を続けて数ヶ月が過ぎた。正しい導きによる成果か、扱いが難しかった自身の魔籠も徐々に使いこなせるようになりつつある。まだまだリナには及ばないが、演習場での腕はゼルには並びつつあった。上出来であると気分も良くなるが、いやいや少し待てと心の中で念じ、得意になりそうな自分を諫める。二人には実戦経験がある。今のフロドとは文字通り戦ってきた場所が違うのだ。


 リナとゼルに挟まれ、三人で演習場の出口へと歩く。以前ならば考えられなかった組み合わせ。今ではぞろぞろと取り巻きを従えて歩くこともない。思い切ってフロドから行動した結果だ。遠回しに友人を選ぶようにと心ない諌言をしてくる者もいたが、全て無視した。


「やっぱりは元々センスが良かったんですね」


 リナの何気ない言葉も感慨が深い。もう殿下などと仰々しく呼ばれることもなく打ち解けられている。もともと我の強いララと一緒に行動していたくらいだ。相手の立場にへこへこしない所が少し似てきているのだろうか。


「師に恵まれたからだよ。二人ともありがとう」

「師なんて大げさですね。同じ学生なんですから」

「学生が師でも問題あるまい」

「俺は別に何も」

「いや、一緒に鍛錬できる仲間がいるのは本当に楽しい。君が拍手を垂れ流してくるだけの連中と違って心底良かったと思うよ。ゼル」


 良い仲間が出来た。身分の違いから、どうしても少し気を遣われている部分は感じてしまうが、それでもほとんど対等に近く話せるようにはなったといえるだろう。ただ、どうしても埋めがたい差が、まだ一つ残っている。


「あとは、次の魔物討伐に連れて行ってもらえたら嬉しいんだが」

「ええっと、さすがにそれは……」


 リナが呟き、ゼルと共に顔を曇らせる。

 決定的な差、それは実戦経験だ。

 学院の中で友人になったとて、王子の立場が無くなるわけではない。未熟者の王子が危険な魔物討伐に出させてもらえるワケがなかった。しかし、フロドの中で実戦経験は絶対に外せない目標の一つだ。ルルの隣を目指す者として、ルルを守る力は必要不可欠。それは涙に濡れた北星祭で思い知ったことである。ただ、今は別の思いもあった。仲間であるリナとゼルが身を危険に晒して活躍しているのに、自分だけが過剰に守られていることに納得できないのだ。


「でも、本当に危険な討伐は王国軍が行くんだろう?」

「そうですね。学院も見栄だけのためにやってるところがあると思うので、とりあえず最低限のラインは見極めて依頼してきてます」


 リナはそう言った後「ララちゃんの時には全部引き受けちゃってましたけど」と小さく付け加えた。


「なるほどね。ちなみに、次の予定は決まっているのかい?」

「次は雪宿の町ですよ。近くの森にエメラルドグリズリーが増えてきたとかで、数を減らして欲しいと。あの辺りはもう雪が積もってるみたいで、あんま行きたくないですけど」


 ゼルの説明にフロドは驚く。二人の力はエメラルドグリズリーを任される程なのか。二人に魔物討伐が任され始めたばかりの頃は実力と依頼内容の乖離が大きかったそうだが、数を重ねた今は致命的な危険に会うことはまず無いらしい。つまり、今回の依頼も適正ということだ。学生という立場や二人の年齢からしても、もっと簡単な依頼だと想像していた。

 フロドは二人に置いて行かれるようで焦りを感じた。経験が圧倒的に少ないのは分かっている。それでも同じように活動してみたかった。


「見栄を張りたいという観点では、現役学生の王子が民を困らせる魔物を退治するというのは学院にとっても良い宣伝になるはずだ。いかにも学院の好きそうな華のある話だし、案外、頼めば許可が出るんじゃないかな」

「うーん……今回のはともかく、ものすっごく簡単なヤツならお膳立てしてもらえるかもしれませんね」

「まあ、最初はそれでも……」


 リナの思いつきに同意したところで三人は学院の正門に着いた。門のすぐ前に一台の馬車が停められており、御者がフロドへ向けて一礼した。ゼルにも迎えの馬車があるはずだが、もう少し遠い場所になるだろう。当然、リナには無い。


「では、ここで」


 このような時には、否が応でも立場の差を分からされる。ついさっきまで対等に話していたはずなのに、フロドは急に寂しさを感じた。


「ええ、また」


 リナとゼルが変わらぬ態度で車上のフロドへ手を振る。そんな二人を高いところから見下ろすのが嫌で、フロドは二人に手を振った後、早く出すようにと小さく声をかけるのだった。



 しばらく馬車に揺られていると、御者が口を開いた。


「殿下、王宮に戻られましたら陛下よりお話があります」

「父上から? なんだろう」


 まさか友人関係のことだろうかと身構えたが、答えは違った物だった。


「そろそろ星蒔きの時節ということで、『星蒔きはじめ』の式典が御座います。それにフロド殿下も出席して欲しいと」

「星蒔き……ああ、もうそんな時期だね」


 星蒔き。それは北星教に準ずる行事の一つで、主にポラニア王国の聖都周辺から北部の雪が降る地域で行われるものだ。

 冬が近くなると、聖都から北には雪雲が長く停滞して星の見えない日が多くなる。星座を崇める北星教にとっては辛い季節であるが、それならばと火を灯した蝋燭を地面にたくさん並べて星座を写し取ろうという行いだ。古くに北星教の聖人が始めたもので、北部地域では一般的な習わしである。この時期になると各家庭の庭に蝋燭が灯され、まるで星座が地上に蒔かれたかのようになる。


 北星祭のように特定の日にだけ行う盛大な祭りとは異なり、雪が降りだしたら誰ともなく始めて、雪が降らなくなってきたらなんとなく終わってゆく。始めも終わりも、やるもやらぬも各人の自由という、ゆるめの習慣。それが星蒔きだ。それでも大きな町ではおおよその時期に『星蒔きはじめ』の催しをする。これを目安に火を灯す家も多いようだ。


「今年は聖都と雪宿の町で行うそうです」

「雪宿の町か……」


 リナとゼルが魔物の退治依頼を受けた場所だ。

 フロドは背もたれに身体を預け、考える。魔物が増えてきて困っている町。たまたま行事でそこを訪れた、土地勘のない王子。見慣れぬ土地を回るうちに、うっかり森へ入ってしまう。そこへ現れたのは、現地の魔物退治を依頼されていた王子の同級生。


 あり得る話だ。


「その話、是非受けたいと思う」

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