あの子に釣り合う王子になりたい(二)

 ゼルに連れられてフロドが訪れたのは学院内にある食堂の一つだ。

 権威主義的な空気の強い王立魔法学院では、学生同士の交流も社会的地位に応じて自然と偏ってくるものである。食堂や休憩室などの学院内の共用施設に関しても、その偏りは現れる。どのくらいの地位を持つ学生たちがどこの食堂を多く利用するのか、誰がルールを定めたわけでもないのに、それは水槽の底に積もった砂のように自然と層が分かたれるのだ。


 フロドが訪れたのは下級貴族や平民出身者が多い食堂だった。コネと金が幅を利かせる王立魔法学院に入ってくる平民はあまり多くないが、皆無ではない。平民として入ってくるものの多くは実力や高い魔力などの才能を買われた者たちであり、その意味でもこれから会うリナに期待が持てる。

 王立魔法学院に魔籠専攻さえあれば、コネにも金にも頼ることなくルルは実力でここに入学できたはずだ。そう考えると、旧態依然とした王立魔法学院の方針には、王族のフロドといえども嫌気がさした。時代は変わったのだ。


 フロドが食堂に入ると、その顔を見た学生たちが硬直する。

 王都の外ではあまり顔の知られないフロド第三王子であるが、王立魔法学院のただ中ともなればそうはいかない。あまりにも場違いな場所に現れた王子の存在に、学生たちは驚きを隠せないようだ。この食堂の水準からするとゼルの社会的ステータスもなかなかの高みにあるのだが、さすがに王子が隣にいては目立つこともなかった。


「君がリナさんと知り合いで助かったよ、ゼル。それにしても、あまり接点が無さそうなのに、どうやって仲良くなったんだい?」

「仲が良いわけでは……。もともとは実習の授業が一つ一緒なだけだったんですけど、一度だけ外部の魔物討伐に参加してからは、度々同じような案件に駆り出されるようになりまして」

「それがあのヴァンランド卿の一件か。あれは僕も驚いたよ。ゼルはここしばらく腕を上げているのが僕にも分かる。やはりあれは実戦で積み上げてきたものだったんだな」

「あ、ありがとうございます」


 学生たちの間を歩み、食堂の壁際にある四人掛けの席へやってきた。席は四つとも埋まっており、各人が唖然としてフロドたちを見上げていた。和やかなランチタイムに現れた賓客に、どう対応すればよいのか分からないのだろう。

 驚き固まる彼らにかまわず、ゼルが名前を呼んだ。


「リナ。ちょっと」


 席に着いていた一人の女子学生が反応する。眼鏡をかけた理知的な雰囲気の少女、彼女がリナだ。おぼろげな記憶から、ララの隣にこの女子学生が居たことを思い出した。こうして対面するのは初めてのことだ。


「食事中に押しかけて申し訳ない。初めまして、僕はフロド・ポラニアという」


 初めましてだが、ここにいる全員がフロドのことを知っているだろう。


「今日はリナさんに用事があってきたんだ。食事が済んでからで構わないから、どこかで少し話が出来ないだろうか」

「それは構わないんですけど……」


 リナがチラリとゼルの方へ視線をやった。言外に説明を求めているのだろうが、ゼルも肩をすくめるばかりだった。そういえば、まだ何も説明していなかったことをフロドは思い出す。周囲の混乱を感じ取りながら、焦りのあまり突っ走りすぎてしまったことを反省した。


          *


 突然現れた王子に最大限の配慮をしてのことか、リナの友人たちは食べかけのランチをトレーに載せて席を立っていった。意図した結果ではないが、実質的に立ち退きを迫った形になってしまった。もっと互いの立場を慮った行動をすべきだったとフロドは少々罪悪感を覚えた。

 空いた席にフロドとゼルが着くと、リナが話を再開した。


「あの、それで用事というのは?」

「いきなりですまないんだが、僕に魔法の稽古を付けて欲しいんだ」

「えっ?」


 リナの困惑は増したようだ。それも当然だろう。学院内カーストで言えば最上位に位置するはずの王子が師に困るわけなどないはずだから。どう考えても初対面の学生に頼むような内容ではない。


「失礼ですが、どうして私に?」

「君がララさんから一目置かれているみたいだったからだよ」

「ララちゃんに……。でも、私よりも上手な人はいるはずです。それに、そういうのは先生の仕事っていうか」


 確かに、フロドにより近い学生の中にも魔法が上手い者はいる。しかし、そのほとんどはフロドをコネクション強化の要素としか見ていない。真面目に魔法を教えようという者はいなかった。


「君の言うとおりだね。でも、ダメなんだ。僕がどうしようとも、教師たちはただ僕を煽てるだけ。真剣に魔法を教えてくれる教師は一人もいなかった。僕に身近な学生も同じようなものだ」


 無感情の拍手を浴びせてくる学生集団と何も変わらない。フロドに付く教師陣の仕事はフロドの魔法を上達させることではない。フロドに好成績を付けることなのだ。とにかく面倒ごとを起こさず、大人しく言われるままに卒業してゆけという空気を強く感じていた。


「このところ、君はゼルと一緒に魔物退治の仕事を任されることがあるのだろう?」

「はい。そんなに難しいものはないですけど」

「僕が言うのも何だが、ゼルも魔法の実技はあまり上手な方ではなかった。少なくとも僕と同じ程度だったはずだ。それが、最近では見違えるように上達している。これは君との関わりが大きいと踏んでいるんだ。君が他の学生と比べて大きく勝っていること。それは実戦経験だと思う」


 少し前、ゼルが皮革の町へ魔物退治に駆り出されることがあった。先ほどゼルとも話した、ヴァンランド卿の一件である。

 ゼルの実力を知っていたフロドは大いに驚いた。到底本人が承諾するとは思えなかったからだ。そもそも任務を全うできるかも怪しいはずだった。しかし、彼は見事に仕事をこなし、皮革の町を治めるヴァンランド卿からも大いに褒められたのだという。

 不思議に思ったフロドが調べてみると、ゼルに同行した者がいることが分かった。それがリナだ。ゼルの名前ばかりが前に出ていたのは、平民のリナよりも貴族であるゼルが魔物を打ち倒したとする方が体面が良いということだろう。

 フロドは学院の情けない態度に呆れたが、その一件を境に状況は変わり始めた。ヴァンランド卿の太鼓判が効いたのか、ゼルとリナの二人は度々魔物退治に出向くようになった。必要に迫られると人は変わるようだ。ゼルの実力は目に見えて上達してゆき、明らかにフロドを上回るようになっていた。


「でも、平民の私が殿下と魔法の練習なんてしていたら問題になるのでは。今だって……」


 そう言って、リナが周囲を見渡す。フロドも倣って辺りに目を向けると、食堂の中はすっかり人気が無くなっていた。食堂の外から心配そうにのぞき込む人影が少しあるだけだ。関わり合いにならない方が良いと思われたのだろうか。


「もちろん、問題にならないようにする。だから、どうか頼む」


 そう言ってフロドは頭を下げる。食堂の外がにわかにどよめき、リナが慌てた様子で言う。


「わかりました。わかりましたから、頭を上げてください」

「本当かい? ありがとう!」


 フロドはリナの手をしっかりと握って感謝を述べた。対するリナは若干引きつったような笑顔を浮かべつつ、小さくため息をつくのだった。


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