幕間 - こぼれ話
あの子に釣り合う王子になりたい(一)
火球が爆ぜ、木の的が砕けた。
光弾が輝き、木の的が砕けた。
最後に稲妻が迸る……が、木の的は砕けなかった。狙いのそれた雷撃が地面の雑草に着弾し、焼けて小さな煙を上げる。
魔法を放ったのは、ポラニア王国第三王子であり、この王立魔法学院在籍の学生でもあるフロド・ポラニアだ。
フロドが魔籠の杖を降ろすと、背後から一斉に拍手が浴びせられた。待っていたかのようなタイミングには慣れたものだ。
振り返ると、三列の横並びになった学友たちが目に入る。フロドに近い最前列側が王宮内での地位が高い重鎮の家系に連なる者で、そこから二列目三列目と徐々に序列が下がってゆく。このような些細な場面でも、彼らの中ではキッチリと並び順が決まっているようだ。
皆一様にフロドを讃える完璧な笑みを浮かべ、見事に揃った拍手と共に賛辞を述べる。
「すばらしい!」
「お見事でした」
「殿下は天才で御座います」
「涙が止まりません!」
「感動いたしました!」
「……ありがとう」
これもまた、慣れたものである。偉業を成し遂げた英雄のごとく讃えられるフロドであるが、今やっていたのは魔籠を使った基礎中の基礎練習だ。しかも失敗している。一体、これのどこに感動する要素があったのか、何を思って涙が止まらないのか問うてみたいくらいだ。彼らの内心は推して知るべし。下手をしたら嫌味ではないかと勘ぐりたくなる。
未だ鳴り止まない拍手を背に受けながら、フロドは当て損なった的へ目を向ける。
空っぽの賛辞を受けるのは慣れたものだが、今回は何かが違った。いつもならば冷え切った虚しさと諦めだけが残る心の中に、小さい火種が確かにあった。僅かな熱を帯びて存在を主張するものの正体をフロドは自覚している。それは焦りと悔しさだ。
フロドには魔法の才がない。
魔力は貧弱で、魔籠の扱いも苦手。自覚はあったので、取り巻きがどれだけ煽てても虚しくこそなれ、得意になることはなかった。もちろん裏でどう評価されているかも知っていた。フロドは真の評価を受け入れ、そして諦めていた。
そんなフロドに火を付けたのは、一人の少女だ。
「ルルさん。今どうしているのかな」
ほとんど魔力を持たず、自力で魔法を使う事なんて一切できなかったであろう、ルル。それでも彼女の中に諦めは感じられなかった。魔力が無いなら、魔籠作りの道を。自分の歩める道を見つけて突き進む姿に、フロドは衝撃を受けた。
目に焼き付いているのは、演習場での一幕。自身が作った魔籠の数々で、天才と謳われたララに立ち向かう姿。ルルの口から飛び出した心の叫びは、フロドの中に深く突き刺さった。
一瞬にして惹きつけられてしまったのは、フロドにとって最も憧れる信念を感じ取ったからかもしれない。しかも可愛いときた。
自分の目標であり理想でもある存在を知った今、今まで諦めていた自分の欠点が急激に目立って見え始めた。ルルはあんなにすごいのに自分は何をしているのかと比較してしまう。焦りも悔しさもそこからきたものだ。
「もっとララさんに相談しておくべきだったか」
いなくなってから分かるありがたみである。王立魔法学院にはルルの双子の妹、ララが在籍していた。正解へのヒントはずっとフロドのすぐ近くにあったのに、積極的に関わることはなかった。王立魔法学院という枠の中にあってもフロドの地位に群がるような質ではない本物の実力者だっただけに、惜しいことをしたものだと反省する。とは言っても、孤高の存在であったララに当時の自分が近寄れたかというと、かなり怪しいところではある。今年の北星祭では久しぶりに顔を合わせたが、とても辛辣な対応をされてしまったことも記憶に新しい。
そこまで考えてから思い直す。ララは多くの仲間とつるむ方ではなかったが、孤独であったわけではない。数こそ少ないが、いつも近くに決まった人物がいたはずだ。
「確か……」
フロドは背後の集団を振り返ると、その最後列にいた少年に目を向ける。
「ゼル」
「えっ! はっ、はい!」
突如として名前を呼ばれた少年、ゼルが慌てて答える。
上位陣を差し置いて王子から直接声をかけられた最後列のゼルに視線が集まる。何の前触れもなく非難めいた無言の攻撃を受けて狼狽えるゼルにかまわず、フロドは尋ねた。
「最近、ゼルと一緒に練習をやってる人がいただろう。以前はララさんともよく一緒にいた人なんだけど」
「リナのことですか?」
「そうだ。そのリナさんに会いたいんだが、紹介してもらえないかな」
「あいつは平民の出ですが……」
「そんなの関係ない。頼むよ、必要なんだ」
「はあ、わかりました」
フロドが突然一人で会いに行っても驚かせてしまう。両者の知り合いであるゼルを挟むのは良い案のはずだ。
まずはリナに会って話をすること。魔法上達のためのヒントを得られるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます