あの子に釣り合う王子になりたい(三)
「ああっ、まただ……」
フロドが掲げた杖先から放たれた火球。的を狙ったその魔法は、狙いを大きく逸れて地面へと吸い込まれていった。焦げた芝から立ち上る煙がフロドに焦りを募らせる。
「とまあ、こんな感じなんだ。どうしても思ったように制御が出来なくて」
食事の後、フロドたちは早速演習場へと足を運んだ。まずはリナに実情を知ってもらうために基本的な魔法の訓練を見てもらっているところだ。単調な魔法を使った的当てだが、命中率はいまいち。何度やっても予想外の方向へ飛んでいってしまう。
フロドの実演を見たリナはしばらく考えてから言った。
「見ていて思ったんですが、力みすぎな気がしました」
「力みすぎか」
「魔籠は魔法を使おうって意思だけあれば簡単に起動はするんですけど、逆に言えば意思だけで全てが決まっちゃうんです。魔力がいっぱいある人は割と強引にいけるかもしれませんが、そうでないなら、使いたい魔法のことだけが頭にあるようなクリアな状態が理想ですね。殿下の場合は、成功させようって思い自体が強すぎて制御を邪魔してるのかもしれません」
「なるほど。確かに成功させようと焦っている部分はあると思う。僕は魔力もそんなに多くないし。それにしても、難しいな。実際の戦いになったら焦るなと言う方が無理だろう」
フロドの頭に今年の北星祭が思い出された。あれは酷い無様を晒したものだ。今思い出しても赤面してしまいそうになる。焦るどころか恐慌と言っていい。
「ララちゃんもそれは言ってましたよ。実際の戦いで完全に冷静になるのは難しいけど、焦っている自分を自覚する視点を持つだけでもかなりマシになるってことでした」
「すまない。どういう意味だい……?」
「『あ、今自分は焦ってるんだな』っていう、焦ってる自分を俯瞰する一面を持っておくってことです。上手な人は戦ってる最中でもこれが自然と出来るようになってるそうですよ。ちなみに、ララちゃんの場合は、怒りに流されそうになることが多いって言ってました」
「ああ、怒りっぽい感じするよね、彼女は……」
殺してやろうかなんて平然と言われたことを思い出して苦笑いする。あの穏やかなルルと同じ顔でとんでもないことを言うからたまらない。
「あとは魔籠そのものも原因かもしれませんね」
「えっ、これが?」
フロドは自分の魔籠を見る。攻防補助と、多種多様の魔法が込められた杖型の魔籠。高度な細工が施された宝石が多数埋め込まれた高級な品だ。入学に際して一流の魔籠職人に作らせたという特注品。与えられた物を疑問無く使っていたが、何が悪いのだろうか。
「ちょっと私のを使ってみてください」
そうしてリナから手渡されたのも杖型の魔籠。ただし、フロドの物よりも遙かにシンプルで低機能な魔籠だった。
高性能の魔籠でも出来なかったのだ、性能の劣る魔籠なら一層難しいのではないだろうか。不思議に思ったが、とにかく言われたようにすることにした。今のフロドは教えを請う立場なのだ。
借りた魔籠を構え、的を狙う。
小さな光弾が発射され、見事に的を射貫いた。次も、その次も、連続してど真ん中へ的中させてゆく。撃ちながらフロドは自分で驚いた。やっていることは変わらないのに、何が起こっているのか。
「やっぱり、合ってましたね」
「すごい。これはどういうことかな」
「多機能な魔籠は使う魔法を定めるだけでも注意力を使うので、それだけ扱いが難しいんです。低機能の魔籠ならそこを大きく省けますから、簡単になります」
「なるほど……」
高機能ならばそれでいいと思っていたが、フロドには過ぎた道具だったということだ。自分の能力の低さを改めて実感したが、それでも上達に光明が差したことに喜びを感じる。
「でも、魔籠を変えただけでここまで出来るのなら、たぶん元々かなり上手なんだと思いますよ」
「まあ、練習はかなりしたからね。そう言ってもらえると救われるよ」
「ゼルの時は、こんなにうまくいかなかったですから」
リナが横で見学していたゼルの方を見ながら言った。
「なんだようるせえな……。今は出来るんだからいいだろ」
黙って見学していたゼルがぼそりと呟き、リナがフフッと小さく笑った。慣れた様子から、二人の仲の良さが窺える。普段から良家の取り巻きばかりに囲まれているフロドは大いに驚いた。社会的な立場に大きな隔絶がある二人の間に壁は感じられない。分かたれて固着しきったコミュニティの中に、こんな可能性があったのだ。思いもよらぬ希望を見た気がした。
「とにかく、うまくいってよかったです。では、私はこれで――」
「待ってくれ」
呼び止められたリナがこちらを振り向く。
「もしよければ、これからも練習に付き合って欲しい。ゼルも一緒に」
「えっ。でも……」
これ以上は厄介ごとに関わりたくないという気持ちが前面にあふれているのを感じる。それも当然だろう。平民の身で王子と直接関わるなんて、周りから何を言われるか分かったものではない。
それでも、フロドはこの機会を逃したくなかった。真剣にリナの目を見て、じっと答えを待つ。やがて根負けしたのか、リナが言った。
「……わかりました。では、もうしばらくだけ」
王族にここまで頼み込まれたら無下には出来ないだろう。立場を乱用した感はあるものの、それでも引き下がれなかった。
はじめは純粋に技のコツを聞きたいだけだった。しかし、今は違う。この二人との関係が、自ら誇れる王立魔法学院の未来につながっていると思ったのだ。
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