第三十五話 潮風と謎に背を押され
日が沈んでも街は大騒ぎのままだった。いつもならば暗い裏通りにも若者たちが歓声を上げながら駆けまわり、民家の窓からは彼らに手を振る人々が顔を出す。
かいりゅう座が描かれた旗が街のあちこちにはためいていた。行事で使うためのしっかりした旗から、取り外してきたカーテンやテーブルクロスにインクで星を打った即席の旗まで、様々な色の布が街灯の下で輝いている。それらを掲げて大通りを走ってゆく子どもたちや、外套のように羽織って練り歩く大人たちも大勢おり、皆が楽しそうに笑っていた。
中央通りの屋台はいつもより数が多い。この時間ならば店じまいしている所も多いはずだが、商魂たくましい彼らがこのお祭り騒ぎを逃すわけが無いだろう。
魔法を使える者が打ち上げているのか、あちらこちらの街角から空へ向けて火球や光球が花火よろしく飛び出しては破裂して音をたてる。色とりどりの輝きと明るい喧噪に満たされる海都はいつまでも眠る気配が無い。
そんな街を見下ろすのは坂の上にある駅舎だ。
出発の支度を済ませた僕らは、駅舎から海都を眺めながら遠くの歓声を聞いていた。僕らが乗る予定の列車は既に到着しており、今は貨物の積み込み作業中だ。席は剛堂さんが予約してくれたので、そろそろ僕らも乗り込まなければいけないだろう。
「新しい祝祭が出来そうな勢いですね」
あまりの騒ぎにララが若干呆れつつも、微笑みながら言った。
「そしたら、お祭りの時にまた来ようか。今度こそ本当に観光でね」
賑やかな南国の夜の祭り。楽しそうだ。正体の分からない刺客に狙われたり、不良教師と戦闘を繰り広げるよりは、絶対に楽しい。
「それなら、次来る時は俺たちも客だな」
「そうだね。でも、その前に編入試験頑張らなきゃ」
「俺も新しい仕事覚えないと」
鐘鳴君とマリンさんは相談して答えを出した。ついに水都へ移住することにしたそうだ。いろいろと準備があるため、移動はそれらが済んでから剛堂さんと一緒にということになっている。残念ながら手続きの方が忙しいために剛堂さんは見送りに出てこられなかったが、また会う機会はあるだろう。
「ところで、このデカい荷物は何?」
ルルに言われて担いできた大荷物。今は僕の傍らに置かれているそれは布で厳重にくるまれた物体。僕の腕でも一抱え以上はある巨大さだった。
「それはですね――」
ルルがこぼれ落ちそうな笑みをたたえて答える。
「クラーケンの目玉です!」
実はなんとなく予想ついてたんだよね。ルルがどうしても持って帰りたいなんて、魔籠の素材以外考えられなかったし。
「流れ着いてきてた物を切り分けてもらいました。さすがに大きすぎて、そのままじゃ持って帰れそうもなかったので。ちなみに残りは街の皆さんで食べるそうですよ!」
「うまいのかな。それ……」
コカトリスとやらの目玉も料理になってたし、これもなんとかなるんだろうな。僕は食べたくないけど。
「魔籠ができあがったら、おじさまに使ってもらいたいです!」
「いいけど、イカに変身するのは勘弁してくれ」
「えー……それ考えてたんですけど」
ルルが残念そうな声を上げる。使い勝手の良い変形玩具みたいに思われてないだろうな。たまにはララも変身させてやれ。ちょっと見てみたいし。
そんな話をしている間に、列車の準備が整ったようだ。外で待っていた客たちへ乗車が催促される。
「そろそろ行こうか」
僕らは荷物を手に持ち、鐘鳴君たちの方を向く。
「次に会う時は水都かな」
「待ってますよ」
「ルルちゃんとララちゃんも、一緒に会いに来てね」
「はい! 編入試験頑張ってください。きっと新しい学院も案内してくださいね!」
「もちろん!」
「世話になる先生はしっかり見極めてくださいね」
「う、うん。気をつけるよ……」
ルルの激励とララの忠告を受け止め、マリンさんも顔が引き締まる。きっともう心配はいらないだろう。
「それじゃあ」
僕らは互いに手を振り合いながら別れた。煌めく街の灯りをバックに、二人の笑顔は輝いて見えた。
*
車窓から見える景色がゆっくりと流れてゆく。いつまでも賑やかに明るい海都の空が遠ざかってゆき、やがてそれも見えなくなった。星空の下、列車はどこまでも続く夜の中を駆けてゆく。
「一件落着だな」
「ええ。散々な旅行でした」
「でもいろいろ見られて楽しかったですよ」
確かに、鐘鳴君に出会えたことはもちろん、新しい学院を見ることが出来たり、星座の神の降臨を目の当たりにしたりと、目新しさには事欠かなかった。全部が楽しい出来事ばかりではなかったが、あまり悪い方に考えても仕方がない。行く道で思い描いていた旅ではなかったとしても、最終的には目的を達成できたのだから良しとしよう。
しかし、一点だけ気になることが残っている。
「ルル、一つ答え合わせがしたい」
「はい。なんですか?」
「マリンさんの魔籠の起動条件のことなんだけど」
座ったまま眠りかけていたララも目を開けてこちらへ注目した。
「マリンさんと鐘鳴君がそれぞれ試しても起動しなかったこと、それから広場に置いてあった二人が手を繋いだ像を見て、二人分の魔力を合わせないと起動しないんじゃないかと思ったんだ」
ほとんど土壇場の直感のようなものだった。一人でダメなら二人でというのは当てずっぽう過ぎる気もするが、広場の像が実際に海竜を喚び出した時の様子を象っていたのなら、それほど悪い考え方ではないと思う。でも、これだけでは不十分だ。これではルルが話してくれたヒントの条件を満たさない。
「それに加えて、ルルが教えてくれたヒントを併せて考えた。本当ならすごく難しいけど、今のマリンさんには簡単。もしかしたら、二人のうち一人は僕や鐘鳴君みたいな普通じゃない魔力が必要って事じゃないのかなって。僕らみたいな人間と出会うことがそもそも難しいけど、既に鐘鳴君と一緒にいたマリンさんには簡単っていう意味でさ。あの場で使おうと思えば使えたっていう条件にも合ってる」
「すごいですね。当たってますよ!」
「まあ、まぐれだよ」
ルルの賞賛を軽く笑って流す。いつもならば嬉しいところだけど、今は他に気になることがあって素直に喜べない。僕の答えが当たったことで、もう一つ謎が増えてしまったからだ。
あの魔籠を起動するには、僕らのような存在と一緒でなければならない。僕らのような存在とは何か。
「……あの像は、フェイス・フェアトラと、何をモデルにしたものだった?」
「悪魔」
ララが窓の外を見ながら小さく呟く。
沈黙が僕らの間を満たした。規則正しい列車の走行音だけが間を取り持ってくれる。
「ルル、ララ」
僕は言う。
「僕らは一体何者なんだ?」
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