第二十七話 カイン・コーラルという男

 夕日に染まる洋上を学院の小型調査船が進む。進行方向遠くに見えるのは海都だ。斜面に沿って陸へと上るように広がる街並みが船を待ち受ける。

 初歩的な水流操作魔法による操船をしつつ、カイン・コーラルは船縁にもたれて街を眺めていた。

 船の乗員はカイン一人だけだ。海都近海で非常に珍しい魔物の住処を発見したため、近頃はこの調査に出ずっぱりである。単独での調査研究は忙しいが、大きな成果になりそうなので独り占めしたいという思いもあった。


 ほどよい疲れの中で揺れと退屈に身を任せていると、頭に隙が出来る。

 カインは思考の中へ没入していった。


          *


 シーガル魔法学院において、カインは期待の星だ。シーガルのレベルは王国内でも決して低くはないが、学都で実績を積んできたカインからすると生ぬるいにもほどがあった。

 生まれながらの高い魔力量と魔法のセンスに恵まれていたカインは、学都でも有数の水魔法使いだった。凶悪な魔物と単独で渡り合える実力はハンターアデプトの称号に恥じぬ強さを示し、恵まれたルックスと相まって女性陣からの人気も高かった。

 高い戦闘能力を活かして学都が担う保線任務で華々しく活躍し、裏では自分の研究室にやってくる女子学生を取っ替え引っ替えに弄んだ。

 まさしく順風満帆。何もかもカインの物だった。


 調子がおかしくなったのは、新たな魔籠技術であるゴーレムが台頭し始めてからだ。

 まず、保線任務から外された。もはや魔法使い単独の戦闘能力に依存する時代は終わったのだと、専門家たちは言った。

 思い返せば、そこで長いものに巻かれておくべきだったのかもしれない。しかしカインは自分の実力を信じていた。


 学都があまり積極的に受けない仕事に、都市外部の魔物討伐依頼がある。カインはこれに多く参加するようになった。ゴーレムを持たない地域では依然として魔物は脅威であり、熟練魔法使いの地位は盤石。ハンターアデプトはどこへ行っても諸手を挙げて迎え入れられる。

 やはり自分は正しかった。まだまだこの魔法の力は通用すると確認できた。 

 ただし、それは都市外の話だ。学都を囲む壁に一歩踏み込めば、ハンターアデプトなど時代錯誤の飾りでしかない。ゴーレムでも出来る荒事へ好き好んで突っ込んでいく変な先生。カインの評価は変わりつつあった。


 学都を留守にする日が多かったからか、今までカインの相手をしていた女子学生は少しずつ姿を見せなくなってきた。そういった学生たちが別の男たちと学内を歩く様子を見かけることも珍しくなくなってゆくと、カインのこれまでの狼藉が表に出始めるのは自然な流れだった。

 男子学生たちはカインの元を訪れて、それらの行いを批判した。


「雑魚が一丁前に垂れやがって、俺の物に手出ししてるんじゃねえぞ……」


 高い魔法の能力を持つカインにとって、そこらの学生ごとき相手ではない。姿を現さずに攻撃を加えるなど容易かった。だが、襲われる者の共通点からして誰の仕業かは明らかだ。証拠こそ出なかったものの、カインからはますます人が離れていった。


 もはやカインに価値が見出されるのはただ一つ、学都外での魔物討伐活動だけであった。

 学都では大した力を持たないハンターアデプトの称号も、カインが地方で大物を仕留めるたびに輝いた。こうして外部で稼いでくる評判だけが、カインをギリギリで学都に繋ぎ止めていた。


 ある時、北方の小さな村から極めて強力な魔物の討伐依頼があった。

 現場となったのは工都より北の豪雪地帯。そこに有力な複数の魔法使いたちが集結し、魔物と対峙した。

 それは五階建ての塔にも匹敵する巨体に、吹雪を生み出す両翼、雷を放つ角、炎を巻き起こす蹄を持った漆黒の天馬だった。学都が生み出して投棄した人工生物に違いない。

 山をも崩すかのような猛攻の数々に、一騎当千の実力を誇る猛者たちが為す術も無く膝をついていく中、カインは辛うじて立っていた。しかし魔物はカインの攻撃をものともしない。

 もはや終わりかと思われた時、少し遅れてきた一人の魔法使いが前に出た。


「どいてください」


 叩きつける吹雪よりも冷え切った声を放ったのは一人の少女だった。まだ子どもにしか見えないその魔法使いは、よろめきながら道を譲ったカインに目もくれず魔物へと突き進んだ。

 その先は壮絶の一言だった。

 炎の柱が空を焼き、光の嵐が地面を抉り、雷鳴が空気を引き裂いた。荒れ狂う暴風が雪を舞いあげて全てを覆い隠した後、カインの前に巨大な何かがドスンと落ちてきた。引きちぎられた魔物の首だった。

 すっかり静寂へと帰した現場を、魔法使いの少女が戻ってくる。

 魔物の返り血か自身の負傷か、服を赤く染めた少女は魔物と見紛う眼光を放ちながらカインには目もくれずに立ち去った。その少女が王立魔法学院のハンターアデプトであり、名をララというのだと知ったのは後のことである。


 フェアトラ復権会から声がかかったのは、その少し後だった。

 自信を喪失して自棄になるカインの前に現れた黒い外套の人物。

 カインも噂程度には裏勧誘のことを聞いたことはあった。フェアトラ家の秘法やら秘蔵の魔籠やらを伝授してくれるという。まさか本当にあるとは思っていなかったが、くだらない嘘なら蹴散らして抜ければいいと軽く考えて入会した。


 果たして、噂は本当だった。教わった技術を取り入れたカインの腕はより強靱なものとなった。学都の内部でそれが必要とされない点は変わらなかったが、それ以外の場所でなら名声を欲しいままに出来ると確信に足るものだ。

 会員としても高い地位に就いたカインは、部下を伴って拠点を海都とすることになった。

 学都と比べて遙かに劣るシーガル魔法学院への転籍に不満はあったが、学都に評価される場所が無いのは事実であったし、学生たちへ加害していた事に対する追求も身に迫りつつあった。


 追われる形となったが、カインは海都へ移った。学都は自分たちの領域以外にほとんど興味を示さない。有害教員が出て行ったのならばそれまで。外で何をしようが知ったことではないと言うことだ。思った通り、追っ手は来なかった。

 乗り気ではなかったシーガル魔法学院勤務だが、蓋を開けてみれば悪くはない。かつての学都生活を想起させるような順調さだった。王国六大都市といっても最南端の僻地、アデプトの称号は輝きを取り戻した。


 カインは以前と同じように研究室を設け、好みの女子学生に限って所属させた。同じ轍を踏まぬよう人数は制限したし、学生へのアプローチや邪魔者の排除も慎重を心がけた。同じように学都から転籍してきた僅かな学生により些細な噂は持ち込まれたが、気にするほどではないと思っていた。


 新たな楽園で目を付けた相手は理想的だった。顔も体格もカインの好みだったし、やたらとカインの研究室に固執している。問題は妙な男がくっついていたことだ。具合の悪いことに、その男はシーガルの学生ではなかった。追い出そうにも効果は薄そうだし、下っ端とはいえ海都最大の組織である港湾ギルドの所属。復権会に所属したことで余計な縛りもついたため、学都の頃のような実力行使もやりにくい。

 さらに問題だったのは、男が持つ特異な魔力量。復権会内で耳にした、の可能性が疑われた。下手をすると復権会から保護指定されてしまう恐れがある。そうなれば絶対に排除は出来ない。

 そこで目を付けたのがマリンが相続していたフェアトラの遺産。問題をすり抜けて、縛りの中で男を直接排除するための格好の材料となった。


          *


 船は学院所有の船着場に到着した。

 カインは船をつなぐと、学院へ向けて歩き出す。忌々しい邪魔者を排除するために次の計画を練らなければいけない。

 

 どんな些細なことだろうと、どんな理由があろうと、カインは自分の所有物に手出しする者を見逃す気は無かった。もう二度と自分の栄光を邪魔させはしない。

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