第二十六話 自慢の先生
「えっ、これをハル君に?」
「はい。渡してください」
研究室に戻った後、ララはマリンさんに計画を提案した。
マリンさんが手に持っているのは、フェアトラの遺産であるかいりゅう座の魔籠だ。
「そして、先生にそれとなく伝えて下さい。魔籠は今、カネナリさんが持っていると」
「そうするとどうなるの?」
「あなたの先生がカネナリさんに襲いかかるかもしれません」
ララの提案とは囮作戦だった。いや、元々敵の狙いが鐘鳴君なのだから、囮と言うのは間違っているかもしれない。むしろ敵からすれば小細工無しに攻撃できるようになるのだから願ったり叶ったりといえる。
「当然こちらは備えておきます。これまでのような手下が追加で用意できていなければ本人が直接来るでしょうから、言い訳の立たない状況で迎え撃ちしましょう」
「それって危なくない?」
「危ないよ。でも時間も無いからね」
ルルの指摘に対し、当然のように答えたララ。ルルの指摘ももっともだが、時間が無いのも確かだ。それに今作戦を実行しなかったら安全かというと、そんなことはない。敵は搦め手を使い続けるだろうが、引き続き鐘鳴君が狙われ続けることに変わりはないのだから。
「僕らが帰った後は守れる人が減る。少し危なくても、今のうちに思い切った手を打ってみるのはありかもしれない。マリンさんと鐘鳴君が了解してくれるなら、僕も協力するよ」
「ええ。お願いしますよ」
「でも、信じられないな。ずっと私を狙ってたのが先生だなんて」
手にした魔籠を見つめながら呟くマリンさん。
「証拠もないですからね。確認の意味も込めてやろうということです。本当に犯人でないなら、何の害もないでしょうし。ただ、犯人だと分かった場合は、もうマリンさんもこの街にいる理由はないですよね。いくら優秀な先生だと言っても限界があります」
「うん。そうだね……」
その後、僕らはマリンさんと計画を話し合った。
鐘鳴君に魔籠を渡すことをカインに伝える。鐘鳴君は今日もマリンさんを迎えに来るので、そのときに魔籠を受け渡す。実際に手渡すところをカインに確認させる意味もあるということだ。
魔籠を渡した後は、僕とララで鐘鳴君を影から守る。もしも襲撃があればこれを撃退。明日の夜、僕らが帰るまでに襲撃が無ければ魔籠の所在を元に戻すことになる。
話を終えた僕とララは研究室を出た。カインが戻ってきたときに無駄に警戒させてしまうかもしれないからだ。特に僕は一度カインの攻撃を妨害しているから用心しないといけない。
ルルは最後に研究室の設備を使わせてもらいたいということだったので、マリンさんとともに残った。
マリンさんの態度は最後まで煮え切らなかった。言葉では理解してくれているだろうが、ずっと師事してきた相手を敵としてみられるだろうか。
*
信弘とララが出て行った後、マリンは椅子に腰掛けて思案した。
フェアトラ復権会、襲撃者、そしてカイン・コーラル。繋がるなんて思っていなかった存在。
ずっと悩まされてきた襲撃者の正体が尊敬する先生だと信じたくはない。しかし、学院内で囁かれる良からぬ噂の数々はマリン自身もよく知っていた。鐘鳴に対する辛辣な態度も分かっていた。本来であれば、カインが襲撃者か否かを論じる以前に研究室を去るべきだった。それでもこの研究室にこだわったのは何故か。
自分の夢のために、知らないふりをしてきただけ。
カインに関するどんな話にも明確な証拠がなかっただけに、自分への言い訳を考えることは簡単だった。
悪い噂は誇張されるものだから、皆の勘違いに違いない。
前の学院のことなんてほじくり返す方が良くない。
カインは鐘鳴のことが嫌いなようだが、彼はシーガルに通っているわけでもない。むやみに会わせることがなければ害はないはず。
それに、カインは自分のことを見出してくれた。
あまり成績の振るわなかったマリンを「筋が良い」と褒めてくれ、研究室へ招いてくれた。優秀なカインの手ほどきで実力はぐんぐん伸びたし、成果を出せばさらに褒められた。どんどん良いものが作れるようになっていく自分が楽しくて仕方なくて、この調子なら本当に夢を実現できると思った。
研究室での関係が馴染んでくると、プライベートな誘いが増えてきた。
初めのうちは関係良好な証拠だと思っていたマリンも、その頻度がより多く深くなるにつれておかしいと思い始めた。言い訳で殺したはずの悪い噂話が再び浮かび上がった。
本来ならば研究室に見切りを付ける機会となるはずのこと。それでも離れなかったのは、得てきた物に対する惜しさもあったかもしれない。ここを離れたらぐんぐん成長する自分も、夢への道も閉ざされるんじゃないかと思うと踏ん切りがつかなかった。
そして最後の言い訳が作られる。
何か間違いが起こったとしても自己責任だ。他人に迷惑はかけない。
しかしララの説明では、狙われているのは鐘鳴の方だというのだ。自分と、夢である魔籠が襲撃のだしに使われているかもしれない。
もう言い訳は通用しなかった。
「できたっ!」
元気な声が響き、マリンは重い泥のような思考から引き戻された。
見れば、作業机の横に立ったルルが指輪のようなものを掲げている。魔籠だろうか。
「道具使わせてもらってありがとうございます!」
「役に立ったなら良かったよ。何作ってたの?」
「これはですね、コカトリス目玉から作った魔籠です」
ルルがマリンに指輪を差し出す。そこには透明な玉の飾りがついていた。これが目玉から取り出した部分だろうか。店で出てきた料理から持ってきた素材のはずだが、本当に魔籠にしてしまったようだ。
「これは……石化の魔法?」
「の、つもりだったんですけど、やっぱり料理に使われた後だとあんまり質が良くなかったみたいで、そこまですごいのは作れませんでした。ちょっと動きを止めるのが限界かなあ」
「普通の人は調理済みの素材から魔籠なんて作れないよ」
明らかに天才の所業だった。ルルは事もなさげだが、恐らく教師陣を含めてもシーガル魔法学院にこれが出来る人間は一人もいない。
マリンは天才の成果を眺めながら言った。
「ねえ、ルルちゃん。ルルちゃんには先生っているの?」
「いますよ」
「どんな人?」
「おっきな帽子を被ってて、こーんなにヒゲを伸ばしてて、今だとあんまり見ない昔の魔法使いって感じの格好してます」
ルルが身振り手振りを交えて語る。
「とっても厳しいんですけど、わたしたちのためを思って言ってくれてること、今なら分かります。おじさまも怒られたりするんですよ」
笑いながら語られる話。ルルの目には温かな師匠像が浮かんでいるのだろう。
「魔法の技は本当にすごくって、ララもお師匠さまには絶対勝てないだろうって言ってました。びっくりですよね」
ララの技を目にしたマリンには、それを上回る実力者など想像もつかない。
「それから、わたしが魔籠作りを始めるきっかけになった人でもあります。わたしが一番辛かったときに、見つけてくれた人です」
「良い先生なんだね」
「はい」
ルルはマリンの目を見て言った。
「マリンさんの先生は、いい人ですか?」
「それは……」
カインは凄腕、それは事実だ。ではそれ以外は?
マリンはカインの指導で実力を上げた。しかし、そのほかに導いてもらったことはあっただろうか。マリンのためだと放たれた言葉はあった。しかしそれは、いずれもマリンの大切な人を蔑ろにするものばかりではなかっただろうか。
カインのすごさを語ろうとすると、その強さ以外の何も出てこないことに気づく。ルルのように朗らかに楽しく自慢できるような所は、いくら探しても思いつかなかった。
自信を持って良い先生だと言えない。
「わたしだって、いきなりお師匠さまに出会えたわけじゃないです。もう本当に困って困って、どうしようもなくなった頃に、ようやくって感じでした」
言葉に詰まるマリンへ言い聞かせるように、ルルは静かに語った。
「だからマリンさんも一度ここから離れて、もっともっと困ってみると、次の先生が見つかるかもしれませんよ。あっ、でも、あんまり無責任なこと言うとダメなので、もし良い先生が見つからなかったら……」
ルルは勢いよく手を広げ、自信に満ちた顔で宣言した。
「わたしがマリンさんの先生になります!」
一瞬、呆気ににとられたマリンだったが、いいこと言ってる感じ全開の空気から突然の転調に、思わず吹き出してしまった。
「ぷっ、なにそれ」
「ごめんなさい。調子に乗りました。お師匠さまに怒られちゃいます」
二人でひとしきり笑い合うと、沈んでいた心も大分良くなったようだった。
マリンは改めてルルに向かい合って言った。
「ありがとう。ララちゃんの作戦でどんな結果になっても、私はもう大丈夫だから」
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