第二十五話 その先生に問題あり

「あの人、実習でマリンさんの相手をしていた人ですね」

「あ、ほんとだ」


 ララが示した先にいたのは男女入り交じった数人の学生グループ。休憩時間中なのか、ベンチに腰掛けて歓談しているようだった。どうやらルルとララは、あの中の誰かがマリンさんと同じ授業に出ているのを見ていたらしい。

 とにかく関わりがあるならそこから当たろうということで、僕らは学生グループへと話しかけることにした。


「ごめん、ちょっといいかな」


 学生たちは会話を止めて僕らを見た。さて、なんと説明したものか迷ったが、せっかくルルとララがいるのだから会話のだしに使わせてもらうことにした。


「今、学院内を見学させてもらってるんだ。この子たちシーガルに入ろうか検討しててさ、ちょっと話を聞かせてもらえないかな。優秀なハンターアデプトの人がやってる研究室が開かれてるって聞いて、興味があるんだけど」


 ルルとララの肩に手を置き、それらしい理由を説明する。

 近づいたときは怪訝な目でこちらを見た学生たちも、ルルとララへ目をやって納得したのか、質問に応じてくれた。


「えーっと、カイン・コーラル先生のところかな」


 一発で名前が出てきた。他にハンターアデプトが在籍していたらどうしようかとも思ったが、杞憂だったようだ。


「あそこは、止めといた方がいいっすよ」

「確かにおすすめできないかも。特に女の子はちょっと、危ないって言うか……。ね?」

「ああ、シーナも学院辞めちゃったしな」


 顔を見合わせながら、若干声を潜めるようにして出てきたのは不穏な話題。早々に手がかりへたどり着けそうな気配に、期待が高まる。


「そうなの? 実は知り合いがそこで勉強しててさ。良い所みたいだから他の人の話も聞いてみようと思ったんだけど」

「あー……もしかして、知り合いってマリンっすか? そしたら、あなたからも抜けた方がいいって言ってやってください」


 言われるまでもなく僕らも思っていることではあるが、そこは知らないふりをして話を続けた。


「どういうこと? 優秀な先生だって聞いてるよ」

「確かにすごい先生だし、マリンもあそこ入ってから実力は上がったと思うけど……」

「あの先生、研究室に囲い込んだ学生に手出してるって話で」

「マリンも知ってるはずなんだけどね」


 女子学生同士が眉をひそめて頷きあいながら言った。嫌悪感の滲み出る呟き。悪い話は有名なようだ。


「あの彼氏さんも危ないかもね……」

「シーナの時もヤバかったろ」

「でも、今回は学外の人だし、そんなに手出しできないんじゃないか?」


 鐘鳴君のことだろうか。それにしても先ほどから出てくる別の名前も気になる。鐘鳴君については実際に危ない目にはすでに遭っているので、関連があるなら知っておくべきだろう。僕はその件について聞いてみることにした。


「そのシーナさんっていうのは?」

「マリンの前に研究室にいた女の子です。マリンの時と同じで、入ったばかりの時はすごく楽しそうにしてたし、実力もぐんぐん上がってたんですけど、だんだんプライベートな誘いが多くなってきたって悩み始めて」

「そんで、その子と付き合ってた奴が先生に文句を言いに行ったんですよ。そしたら、恫喝っていうか難癖っていうか、攻撃されるようになっていきました」

「結局、それに耐えられなくなったのか、二人とも学院を辞めちゃいました」


 カインの鐘鳴君に対する態度と同じようだ。マリンさんがカインにとって今の標的になっているのは間違いない。ただ、マリンさんはそれでも辞める様子はない。鐘鳴君はシーガルの学生ではないから、前例と比べてカインに会うことが少ない点は大きいだろう。


「前の学院ではもっとひどかったって聞いてるけどね」

「ああ、俺も聞いたことあるけど、さすがに話盛ってるだろ」

「前の学院ってのは?」


 一段落したタイミングで現れた気になる話題。前の学院とはどういうことだろうか。


「あの先生、二年くらい前は別の学院にいたらしいんですけど、そこでも似たようなことやって辞めさせられたって話です」

「ただ、そっちのはちょっとヤバめっす。なんか文句を付けに言った学生が後になって事故で大怪我したり死んだりしてて、実は先生の仕業なんじゃないかって。まあ噂っすけどね」


 死んだとは物騒だ。しかし、実際にそうなりかけたのを目の前で見ているので、全てを噂だと決めつけることも出来ない。あれは止めに入らなければ確実に死んでいた。


「そっか、ありがとう。参考にしてみるよ」


 とても参考になった。少なくとも、早々にマリンさんは研究室から去るべきだし、学院も変わるべきだろう。元々分かっていたことを補強するだけになったが、カインの危険さについては十分知ることが出来た。最大の問題は、マリンさんはそれを既に把握した上で研究室に所属しているという点だろうか。

 ひとまず情報は得られた。僕が話を切り上げようとしたところで、ララが口を開いた。


「最後に一ついいですか?」

「うん。何かな?」

「その先生はフェアトラ復権会に所属していると聞いたのですが、いつ頃から所属してるかご存知ですか?」


 思いがけない質問に、学生たちは顔を見合わせる。


「そうなの?」

「知らないけど」

「ごめん、分からない」


 多くが不明と回答する中、一人の男子学生から声が上がった。


「ああ、知ってるよ。この学院に来た頃とほとんど同じじゃないかな。先に入会してた友達がびっくりしてたからね。新任の先生が入会してきたって」

「なるほど、ありがとうございます」


 ララが礼を言って踵を返したので、僕とルルも慌ただしく礼を済ませて後に続いた。


「何か分かったの?」

「私の憶測が大半なので確実とは言えませんが、マリンさんを襲撃していた輩の後ろにいるのは、カイン・コーラルではないでしょうか」

「えっ……でも今の話だと、カイン先生が襲うとしたら鐘鳴君じゃないの? 襲撃者はマリンさんの魔籠を狙ってきてるんだし、違うんじゃないか」

「ノブヒロさん、私が前に言ったこと覚えてますか? みんなが襲撃を受けた日、どうしてノブヒロさんたちと合流する前の無防備なマリンさんを襲わなかったのか」


 僕は記憶をたどる。確かにララはそのような指摘をしていた。さらに僕らが海都に来る以前の襲撃でも、鐘鳴君の救援が全て間に合っていることに触れていたはずだ。確かに気になる点ではあったが、実行犯を街から追い返したことで深く考えなくなっていた。


「ずっと不思議に思っていましたが、こう考えれば簡単です。襲撃者の目的はそもそもマリンさんでも魔籠でもなく、カネナリさんを殺すことだった。

 襲撃者は言っていました。フェアトラ復権会は部外者を傷つけないのがルール。ただし、フェアトラの遺産を手に入れるために避けられない場合だけは例外だと。あくまでも、魔籠を奪うために仕方なく、マリンさんを守っているカネナリさんを殺す必要があったんですよ」

「でも、カイン先生は普通の会員かもしれないよ」


 ルルの指摘はもっともだ。だが、それに対する答えはララの最後の質問から予想はついた。


「お姉ちゃん。カインがいた前の学院での死者や怪我人の話があったでしょ。仮にその原因がカインだと考えてみると、フェアトラ復権会に入ってからの相手は恫喝して追い出しただけみたいだから、そこで制約がかかったのかなって思ったの」

「今回は大義名分の立ちそうな事情があったから襲撃することにした、と……。普通に考えたら飛躍しすぎだけどな」

「うっかり人一人を斬り殺そうとするくらいですからね。普通の人じゃないですよ」

「そうだな。ただ、僕らはどうしたらいいのか……」


 以前の学院での噂というのが本当ならば鐘鳴君の身が本当に危ない。かといって積極的にカインを攻撃しに行くのも違うだろう。ララが言ったように、今の話はほとんどが憶測ばかりだ。しかし、僕らもいつまでも海都で二人を守り続けることは出来ない。


「私にひとつ案があるので、試してみましょう。まずはマリンさんの研究室に戻りますよ」


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