第二十四話 タイムリミットまで


 翌日、僕らは支部宿舎の部屋で困り果てていた。


「どうします? そろそろ帰ることも考えないといけませんが」

「だよね。いつまでもこうしてるわけには……」


 ララが僕に選択を迫る。

 僕らが今回海都へやってきたのは、剛堂さんに誘われてのことだ。僕と同じ世界出身の人物がいるからということで付き添ってきた。剛堂さんは鐘鳴君をなんとしても連れ帰りたいようだが、鐘鳴君はマリンさんがこの街にいる限り頑として動かない。


「目下の問題だった襲撃者については、黒幕不明の気持ちの悪さはあるものの落ち着いたようです。これ以上、私たちが残る必要があるかは疑問ですね」

「マリンさんの先生のことは……?」


 ルルがおずおずと言い出すのを聞き、昨日の驚くべき出来事を思い返した。

 僕らの観光に突然割り込んできて、一方的に勝負を仕掛けてきたカイン・コーラル。それだけにとどまらず、鐘鳴君の命を奪おうとした。はっきり言ってまともな先生とは思えない。

 ルルの発言に対し、ララはきっぱりと返した。


「それこそ、マリンさんが決めること。マリンさんは専門の先生についていることが夢への近道だと考えてる。だけど、ここを離れたって勉強は続けられるの。あれほどの問題行動を見た上で残るのか、利点を捨てて去るのか、それは私たちが口出しすることじゃない」


 ララの言う通りだった。

 鐘鳴君とマリンさんを取り巻く問題は、結局のところ二人が海都を出れば解決可能だ。襲撃者の件だって、最初から魔籠技研に身を寄せればもっと簡単に安全を確保できたはず。それでもここでの解決にこだわったのは、鐘鳴君がマリンさんについてここに残ると言ったからだ。


「あえてキツい言い方をしますが、海都を出ないのはあの二人のわがまま以上の何ものでもありません。破格の条件を提示されていて、実際に脅威にさらされて、それでも危険を顧みず残るというなら、私たちには何もできないですし、するべきではないんです」

「僕らの仕事も師匠に任せっぱなしだから、仕方ないか。ちょっと心残りはあるけどね……」


 元々は水都までの旅程で組んでいたスケジュールだ。海都に来てそれもかなり延長しているし、これ以上師匠に仕事を押しつけっぱなしというわけにはいかない。

 僕の言葉にララは頷いた。


「次の列車は明日の夜ですから、滞在はそれまでにしましょうか。今日のうちに挨拶に行きましょう」


          *


「そうか。まあ、仕方のないことだ。こちらこそ付き合わせてしまって申し訳なかったね」


 僕が帰りの日程を説明すると、剛堂さんが答えた。

 協力を要請されての旅路ではあったが、同郷の鐘鳴君と顔を合わせられたことは僕にとって大きな意味があった。鐘鳴君を連れ帰るまで協力できず、心苦しい思いもある。


「僕はまだ粘るつもりだから、後のことは心配しなくてもいい。これまでの協力に感謝するよ」

「うまくいくといいですね」

「ありがとう。ああ、帰りの列車まではこれまで通りうちに滞在してかまわないからね。ゆっくりしていくと良い」

「ありがとうございます」


 話を終えると、ルルたちと共にシーガル魔法学院へと向かった。

 マリンさんは今日も学院へ行っているはずだ。昨日の出来事があった後、研究室はどうなっているのだろうか。僕だったら気まずくて、というか恐ろしくて勉強どころではないと思うけれど、マリンさんにとっては夢を追うための重要な場所だ。案外、このまま続けるつもりかもしれない。

 マリンさんの客人として門を通してもらい、研究室の場所を知っているルルたちに導かれて進んだ。


「あ、いらっしゃい」


 マリンさんに招かれて僕らは研究室へ足を踏み入れた。身構えていたが、幸いなことにカインは不在だった。道具があふれる研究室にいたのはマリンさんだけだ。


「カイン先生は?」

「今は出かけてる。最近は海の魔物の実地調査だとかで船を出してることが多いから、すぐ帰ってくることはないと思うよ。安心して」


 問いを出したルルからスッと緊張が抜けるのが分かった。そりゃ、できるならあんなのと同席したくないよな。


「あの後はどうですか? 研究室の様子……というか、先生の様子は」


 ララが質問すると、マリンさんは小さく首を振ってから話し始めた。


「それが今までと全然変わらなくて、かえって不気味っていうか、ちょっと怖いの」

「攻撃的になるのは鐘鳴君相手だけってことか」

「そうかもしれません。これからどんな態度でいればいいのか、頭が痛くて」

「そのこれからのことなんですが、私たちは次の列車で帰ることになりました」


 ララの言葉を聞いたマリンさんは短く目を瞠った後、落ち着いた様子で話し始めた。


「そっか、そうだね。ありがとう、色々協力してくれて。なんか、全部私のことなのに、いつの間にか頼りにしちゃってたよ」

「マリンさんは、この研究室に残るんですか?」


 ルルが心配を含んだ声で問うた。マリンさんは考え込むように目を閉じる。

 あれほどの衝撃的事態に見舞われてなお、即断で答えが出てこないことに僕は内心驚きつつも、そのことからマリンさんの答えに予想がついた。

 たっぷりと間をとってから、マリンさんはそれが重大な告白ごとであるかのようにはっきりと答えた。


「うん。残る」


 ルルは驚きの表情を見せたが、ララは予想していたのか、大きな反応は見せなかった。


「昨日、いろんなことが私を後押ししてくれてるって言ったよね。その考えは今も変わってないんだ。だからこの調子で進めたいの。ルルちゃんたちに会えて本当に良かった」

「そうですか……。ちょっと心配ですけど、わたし応援してます。がんばってくださいね!」

「うん!」


          *


「――とは言うものの、やっぱりマリンさんのこと心配です」


 研究室から出た後、門への道すがらルルが言った。僕も同意見だが、こればかりはこちらで決めることではない。今回のことでマリンさんの決意の固さはよく知ることができた。


「お姉ちゃんは嫌がるかもしれないけど、実は一発で解決する手段があるよ」

「えっ? なになに?」

「お姉ちゃんが例の魔籠の起動方法を教えてあげればいい。マリンさんが研究室に残る意味は無くなる」

「ええっと、それはちょっと……」

「そう言うと思った。決めたら曲げないのはお姉ちゃんも一緒だしね。まあ、マリンさんも素直に聞いてくれるか怪しいから、成功率は微妙なところだけど」


 ララが小さくため息をつきながら、それでも微笑みを見せつつ言った。ララはマリンさんの行動をわがままだと言ったが、それでも責める気持ちはないだろう。むしろ筋の通った信念を評価しているようだ。


「でも、まだ出発までは時間があるし、ぎりぎりまで何かしてあげられないかな……?」


 ルルがララに向けて祈るような目を向ける。問題の答えを知ってなお、自分での解決を促したルルだからこそ、できる限りの手は尽くしたいのだろう。少し厳しさの混ざった優しさはルルが持つ素晴らしい美徳だ。

 最愛の姉から本気でお願いされて無下にできるララではない。少し腕組みをして考えてから答えた。


「それなら、少しカイン先生について調べてみる? どういう人なのか分かれば、カネナリさんに敵対的な理由も分かるかもしれないし」


 ララの提案に、ルルは顔をほころばせた。


「うん。ありがとう!」

「じゃあ支部に戻るのはちょっと後にして、学院内で聞き込みでもしてみようか。ノブヒロさんもそれでいいですか?」

「もちろん。僕も手伝うよ」


 門へと向いていた足を反転させ、僕らは来た道を戻り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る