第二十一話 伝説の造形
食事を終えた僕らは、次はどうしようかと話しながら店を出た。
まだまだ食事時の真っ盛り。近くの食事処は軒並み満席で、僕らが空けた席もすぐに埋まった。通りは人にあふれており、解散には早い。
せっかく地元に詳しいマリンさんたちがいるので、観光名所へと連れて行ってもらうことになった。
マリンさんに導かれて、海都の坂を大通りに沿って上ってゆく。
海沿いから街の頂上まで移動するとのことなので、徒歩での移動はかなりの距離になる。汗をにじませながら、みんなも疲れていないかと周りを見るが、どうやら一番疲れているのは僕のようだった。ルルもララも足取りは軽やか。鐘鳴君たちと比べても僕の方が倍近く歳食ってるし、仕方が無い。でもここで魔法を使ったら負けな気がする。
そうしてたどり着いた街の最上地点。案内されたのは、眺めのよい広場だった。大通りにあった時計台広場よりは小さいが、こちらも多くの人で賑わっている。
海都全体の俯瞰は駅舎からもできたが、ここはさらに見晴らしがいい。今まさに上ってきた通りが、海へ向かって一直線に遠く細くなってゆく。斜面に沿って吹き上げてくる潮風は暖かく、大都市を眼前で真っ二つに割ったかのような光景は見ていて大変気持ちがよかった。
「良い景色だね」
「景色も良いですけど、見せたかったのはこっちですよ」
マリンさんの言葉を受けて広場の中央へ目を向ける。そこには特徴的な像が置かれていた。
長大な体をくねらせて、頭をもたげた海竜。全身を覆う鱗の一枚一枚から、開いた大きな顎の中に並んだ鋭い牙、そして渦巻く時化の海原と波に翻弄される帆船まで、細部が作り込まれた立派なものだ。推測するに、件の魔籠が関係している海竜だろう。
海竜はその長く太い胴で獲物を締め上げている。よく見れば、それは巨大なイカであった。帆船とのサイズ差から、イカもかなりの大きさと見て取れるが、海竜はその比ではない。イカも触手を海竜に絡ませているが、全く歯が立たないであろうことは明白。
文字通り手も足も出ないイカの上から、今まさに捕食しようと大口を開けて迫る海竜。像はそんな一瞬の場面を大胆に切り抜いた傑作だった。
その隣にも別の像があった。そちらは人物の像で、二人の人物が並んで立っている様子だ。背丈は同じくらいで、二人とも外套を羽織っている。片方はしっかりとフードをかぶっているため顔を見ることができないが、もう一人は顔立ちや体つきから女性と分かった。二人は横並びで互いの手を握り合い、凜々しく空へと顔を向けている。
この二人は一体何者だろうか。
「これってマリンさんの教えてくれた伝説ですか?」
像を指さしながら問うたのはルルだ。
「そうそう。フェイス・フェアトラが呼び出したって言う星座の神。まさにその場面だね。クラーケン退治の功績を讃えて作られた作品で、その後フェアトラ家に異端の嫌疑がかけられて大急ぎで撤去されてからはいろんな持ち主を転々として行方不明になってたんだけど、最近になって港湾地区の古ーい倉庫から出てきたんだよ。それで再び日の目を見たってところ。だから、ここはちょっとした新名所かな」
言われてみれば像は劣化が少なく見える。潮風が常に吹き付けるこの場所で綺麗な姿を保っているのは、最近までしまい込まれていたからか。
「伝説って?」
僕が聞くと、マリンさんが海都に伝わる海竜伝説を教えてくれた。異端とされる前のフェイス・フェアトラが悪魔と一緒に海の魔物を退治したという話。
すでにルルとララは学院へお邪魔したときに聞いていたそうだ。
「じゃあ、この二人が?」
「そう。女の人がフェイス・フェアトラで、もう一人のほうがお供の悪魔。この像だと顔は隠れちゃってるけど、見た目は男の人だったみたい」
フェイス・フェアトラって女の人だったんだ。今更知った情報に衝撃を受ける。
言われてから像の顔立ちをよく見るとフラウ・フェアトラと似て……いるのかは、よく分からない。まあ、何代も前の人物だろうし、像の顔が正確かと言ったら怪しいから参考にはならないだろうけど。
次に、僕はフードを被った人物の像へと目を向ける。フェイス・フェアトラのお供だったという悪魔。
僕は、剛堂さんからフェアトラ家と悪魔について話を聞いたときのことを思い出した。
剛堂さんは悪魔というのが何らかの比喩である可能性を示してくれたが、同時に魔法という技術の存在から、悪魔の存在を完全に否定もしなかった。
北星教の説明によれば悪魔は星座の神によって魔法の知識をすべて取り上げられた上、地獄に追いやられたという話だったはずだ。悪魔が本物だとしたら、こいつは一体どうしてこの地上にいたのか。悪魔が何らかの比喩だとしたら、こいつは一体何者なのか……。
いろいろと考え事をしながら像を見ていると、ふと気づいた。
「この首にかかってるのって、マリンさんのペンダントと同じじゃない?」
僕は像の胸元を指さす。
像の出来が細部までしっかりしいるからこそ気づいた。フードの人物が首から提げているペンダントが、マリンさんの持つ物と酷似している。
「えっ、ホントだ。そう言われると似てるかも」
マリンさんも像を見上げてペンダント部分を凝視する。
マリンさんと初めて会ったときは眉唾物の魔籠だと言っていたが、こんなところに海竜との関連を示す手がかりがあった。もっとも、魔籠が本物であることについては、すでにルルの太鼓判を得ているので今更ではあるが。
それでも、マリンさんには一つの励みになったようだ。
「何だか、いろんなことが私を後押ししてくれてる気がする。カイン先生の研究室に入れたことも、ルルちゃんたちに出会えたことも、こうやって小さな道しるべを見つけたことも、ハル君が私のところにきたことも」
マリンさんは像から目を離すと、僕らの方を振り返った。湧き出た笑顔が、高まる期待を如実に表していた。
「きっと良いことは続くんだね。この調子なら私の夢が叶う日は近いかも」
だが、そう言い終わったマリンさんの顔が突然凍り付いた。
マリンさんの顔は鐘鳴君の方へと向いていたが、目はさらに遠くを見ているようだった。僕らはそれにつられるまま振り返り、マリンさんの視線を追った。
そこには一人の若い男性がおり、マリンさんの方を凝視している。
清潔な丈長の白い外套が潮風に揺れ、金縁の眼鏡と銀髪が南国の太陽に煌めく。容姿からは爽やかな印象を受けるものの、その全身から発せられる異様な気配は外見とは全く違った威圧感を持っていた。
突如として場にまき散らされた理不尽な緊張感に、燦々と輝く太陽の下であっても背筋が薄ら寒くなる。何か関わるべきでないものに出会ってしまった感覚。
一体彼は誰だろうか。僕が内心抱いた疑問に対する答えは、誰から問われることもなくマリンさんがすぐに呟いた。
「カイン先生……」
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