第二十話 シーサイド・ホリデー(二)

 大通りの南端、海側へと正面を向けた日当たりのよい店で食事をとることになった。

 テラス席に案内され、さっそくメニューを手に取ったルルが満面の笑みで言った。


「わあ! おじさま、コカトリスの目玉ジュレですよ! これにしませんか?」

「……やめとく」

「えー? じゃあ、わたしはこれにします」


 ルルがゲテモノ料理らしき品を頼んだ。何だ目玉ジュレって。しかも、なんの目玉だって?


「珍しいでしょ。この街は外国の物が手に入りやすいから、そういうメニューが出てる店も多いんだよ」

「コカトリスというと、真なる魔物ですね。ポラニア王国ではもうほとんど見ないはずです。魔籠が普及する前にはもう少しいたようですが」

「外国だと、まだ多いところもあるみたいだよ」


 ララのコメントに、鐘鳴君と相談しつつ注文を決めたマリンさんが答えた。

 ルルは目玉ジュレに加えて魚介のピラフを頼んだ。僕もメニューに目を通すが、さっぱり読めない。最近は少しずつ文字も覚えてきているのだが、お洒落な筆記体で書かれたメニューには手も足も出なかった。

 結局、ララが頼むものと同じにしてくれとお願いした。ララなら無難なところを選んでくれるだろう。


 しばらく話すうちに、料理が運ばれてきた。

 ルルの前に置かれたのはおいしそうなピラフの皿と、色のついた寒天が盛られた皿。その中央に鎮座している球体がコカトリスの目玉だろうか。人の目玉の倍ほどはある大きさで、白目の部分は艶やか。瞳の部分だけが濃い茶色で、これが空へと向けられていた。


「おー、これが……」


 ルルが上から瞳をのぞき込む。

 いったいどうやって食べるのだろうかと見ていると、ルルはスプーンで綺麗に目玉を掬い取り、自前のハンカチで丁寧に包んで鞄にしまった。


「食べないの?」

「はい。これで魔籠を作れると思うので!」


 冗談じゃないのは分かる。ゲテモノ料理がどんな魔籠に化けたとしても、僕は驚かないぞ。

 

 僕とララが注文した料理も運ばれてきた。思いのほかソースの飛び散りそうなパスタだったので新品の真っ白な服を着たララが心配になったが、僕よりも遥かにお上品に食べていたので杞憂であった。


「――それで、おじさまが呪文を唱えたらバーンって! わたしびっくりしました」

「へえ、じゃあイマガワさんもやっぱり、ハル君と同じなんだ」

「なんでか、すっごく魔力が強いんですよね。でも、そのおかげでわたしの魔籠を使ってもらえています。今、おじさまが使ってる魔籠は全部わたしが作ったんですよ」


 ルルは僕と出会った時のエピソードをマリンさんに語って聞かせていた。転移早々ファイヤーをキメて魔物を爆殺したくだりだ。ルルは楽しそうだが、僕はなんだか恥ずかしくなった。


「わたしの作った魔籠って、どうしてか使える人が少ないんです」

「そうなの?」

「作りがあまりにも特殊すぎて、理解の半端な人には使うのが難しいって師匠は言ってたよ。僕も全然理解はできてないけど、魔力で無理やり起動することはできるらしい」


 僕がルルの言葉を少し補足した。マリンさんは僕の言葉を聞くと「あぁ、確かに……」と一人納得して頷いた。マリンさんは魔籠に関して学があるようだし、何か心当たりがあるのかもしれない。


「でも、鐘鳴君も同じ理屈で使えるはずだよ」

「じゃあ、こないだのカッコいい雷の剣も使えたりするんですかね」

「使えると思う。他にも、口から火を噴いたり、蛇に変身したりできる。使ってみたかったら貸すよ」

「口から……?」


 鐘鳴君が怪訝な顔でこちらを見る。彼の前ではボルテージとフィジカルライズの呪文しか使ってないからな。この二つは特に使い勝手がいいから重宝している。

 ルルの魔法はカッコいいかイマイチ分からないものがある。強いことに間違いはないし作ってもらって文句を言うのはどうかと思うが、正直あまり使いたくなかったりする。特にファイヤーブレス。

 対して、鐘鳴君が使っている魔法はカッコよかったな。水流を操って槍のようにする技はスタイリッシュだった。マリンさんが作ったのかな。


「思ったんだけど、お姉ちゃんならあの魔籠の使い方分かったりしないの?」


 ララがフォークで麺をくるくると絡めとりながら言う。あの魔籠とは即ち、フェアトラの遺産のことだろう。北星十三星座のひとつ、かいりゅう座が刻まれた禁断の魔籠。


「あれさえ起動できれば、学院を変わってもいいんですよね」

「そう言われたら、そうかも」


 マリンさんがこの街を離れられないのは亡くなったお祖母さんとの約束が関係していたはず。僕は詳しく聞かされていないが、学院と件の魔籠に関連があるのだろうか。

 ルルへと視線が集まる。


「お姉ちゃん、どう?」

「うーん……」


 ルルが食事の手を止めて唸る。


「わかる」


 ルルの言葉にマリンさんが激しく反応した。椅子から腰を浮かすほど身を乗り出す。ルルに向けられた眼差しと張り詰めた表情は真剣そのもので、マリンさんが追い求めてきた夢の苦労が窺えた。

 ルルがあの魔籠を詳しく見ていた時間はそんなにないはずだが、それでも分かるのか。


「ほんとに……?」


 ルルは頷く。そして続けた。


「でも、言っちゃっていいんですか?」


 その言葉を受け、マリンさんは椅子に座り直す。考え込むように小さくうつむくマリンさんに、ルルは続けた。


「おばあさんとの約束は、あの魔籠を起動することでしたよね。もしも、マリンさんがそれを言葉通りに捉えていて、どんな方法でもとにかく起動さえすればいいというなら、この場で答えを教えてあげられます。でも、同じように魔籠を勉強している身として、マリンさんが持ってるロマンは少しくらい分かるつもりです。マリンさんは約束なんてなくても頑張ったんじゃないですか?」

「それは」


 マリンさんは言葉を詰まらせ、隣の鐘鳴君へと顔を向けた。助けを求めるかのような視線に、鐘鳴君は答える。


「俺は早く目的を済ませて安全な街へ移り住むべきだと思う。でも、マリンが教えてもらった答えで満足できるやつじゃないことも知ってる。どっちを選んでも、俺はそれについてくよ」

「うう……」


 僕らの目的は鐘鳴君を水都へと連れて行くことだ。しかし、鐘鳴君はマリンさんが動かない限りうんとは言わない。マリンさん自身も、自分が枷になって鐘鳴君を危険に巻き込んでいるという自覚はあるのだろう。だからこそ悩ましい。

 鐘鳴君は僕に覚悟を聞かせてくれた。自分がいかなる危険に巻き込まれようが、マリンさんから彼が離れることはないはずだ。


「ごめんね、ハル君。ルルちゃん、答えは聞けない。私の夢だもん、私がやらなきゃ」


 ルルは返事を聞いて、顔をほころばせた。


「そうだと思ってました」

「でも」

「でも?」

「ヒントだけちょうだい。ダメ?」


 ズッコケるかと思った。鐘鳴君も口元を押さえて笑いをこらえている。ルルは目をぱちくりして少々硬直したが「ヒントくらいなら」と続けた。


「本当ならものすごく難しい条件です。でも、今のマリンさんには超簡単です」

「今の私には?」

「はい。なんなら、今この場でも起動できますよ」

「えっ……どういうこと?」


 マリンさんが困惑とともに考え込む。

 僕も考えてみるが、よく分からなかった。今この場でも条件を満たしているけど、本当ならものすごく難しいこと。一体何だろうか。


「僕や鐘鳴君なら起動できないのかな?」

「それは俺も試したんですけど、ダメでした」

「そっか……」


 普通ならば魔籠に関する深い知識を要求されるルルの魔籠でも、莫大な魔力を流せば無理矢理起動できる。異世界転移してきた僕らがなぜか持っている、ある種の特権的な魔力量のおかげだ。同じように力技が効くかと思ったが、違ったようだ。


「おじさま。マリンさんの魔籠にかけられてる条件は、わたしの魔籠にかかってる呪文みたいなものなんです。おじさまの魔力があっても、呪文を唱えないと起動しないですよね」

「そういうことか」


 そう言われて納得すると同時に気づく。ルルの呪文方式は、無断使用の防止にも一役買っているのではないだろうか。もはやパスワードみたいなものだ。そう考えれば少々の扱いにくさも我慢できそうに思える。


「はい。ヒントはここまでです!」


 ルルが笑顔で宣言した。


「あああーん! ますますわかんなくなっちゃったよー!」


 頭を抱えるマリンさんを見て、場は自然と笑顔に包まれた。あまり根詰めていたら、見つかるものも見つからないだろう。僕には魔籠のことはよく分からないが、マリンさんは優秀なようだし、鐘鳴君もついている。きっと答えにたどり着くはずだ。

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