第十九話 シーサイド・ホリデー(一)
街を縦と横に貫く海都最大の大通り。その交差点に当たる時計台広場が待ち合わせ場所だ。
多くの商店が軒を連ねており、どこを見ても人が溢れて賑やかな声が途切れることはない。
僕とルルとララが時計台の下に立っていると、背後から声がかかる。
「お待たせしました」
「鐘鳴君、こんにちは」
鐘鳴君がマリンさんを伴ってやってきた。港湾の現場で見た作業着とは違う軽装は気温の高い海都でも過ごしやすそうだ。隣のマリンさんも薄い生地の服を着ていて涼しそう。
「休みとれたんだ」
「ええ。午後だけ休ませてもらいました。俺、普段はあまり休みを取らない方なんで、たまに出すと割と通るんですよね」
「そうなんだ。よかったよ」
彼は来れるか分からなかったが、ひとまず一緒に来られてよかった。だって、マリンさんだけ来られても僕がどうしていいか分からないし……。それに鐘鳴君が仕事中にマリンさんを誘って街に出るって、なんだか申し訳ない気分になりそうだから。
「ルルちゃん、ララちゃん。こんにちは! 今日は誘ってくれてありがとう!」
「マリンさん、こんにちは!」
ルルが手を挙げて元気よく挨拶し、ララが静かに会釈をした。
「それでは早速行きましょう!」
ルルが張り切って先頭を歩みだす。僕らも続こうとすると、鐘鳴君が何かを探すように辺りを見回しながら言った。
「剛堂さんは来てないんですね」
「なんか急な用事が出来たとかで来れなかったんだ。どこかに大事な手紙を出さないといけないらしくて」
僕らは剛堂さんも誘ったのだが、残念ながら断られてしまった。詳しくは聞いていないが、やはり魔籠技研ほどの大手ギルド長ともなると休暇中に仕事が飛び込んでくることもあるのかもしれない。
鐘鳴君の顔に少々不安の色が見えた気がした。前回の襲撃は剛堂さんの力で乗り切った部分が大きいということもあるだろう。
「襲撃の心配をしてるなら、たぶん大丈夫だと思うよ。こないだの相手たちは街を出たはずだし、今日は人の多い通りだから」
それに今日はララもいるしね。さすがに他力本願過ぎて言えないけど。
「そうですよね。すみません心配性で」
「慎重なのは悪くないと思うよ」
「ハル君おそーい!」
マリンさんたちがこちらへ手を振っている。話しているうちに女性陣との距離が開いてしまっていた。
僕らは慌てて駆け出すのだった。
*
「うーん……」
衣料品店。ルルが二着の服の前で唸っていた。
「おじさま。どっちがかわいいと思いますか?」
「えっ? うーん……」
申し訳ないけど、こういうのはよくわからない。
ルルが悩んでいるのは同じデザインの白黒色違いのブラウス二着だった。袖がフリルになっていたり襟に軽めのレースがあしらわれていたりと、細部が可愛らしい品だ。
涼しそうだから海都滞在中にちょうどよさそうだね。とか、予算的には問題ないよ。程度のつまらない感想しか思い浮かばず、気の利いた意見は出せそうになかった。ルルが買うならばララも同じものを揃えるだろうし、下手なこと言うと怒られそうだ。
「白かな」
迷った末に何とか答えた。理由は黒だと暑そうだから。
「そうですか? わたし黒がよかったなあー」
じゃあ黒でいいじゃん。何で聞いたんだ……。
僕が困惑していると、ララが前に進み出て白のブラウスを手に取った。
「じゃあ、私は白にしようかな……」
「!」
僕は驚愕した。色違いとはいえ、ララがルルと揃えないとは。
ルルは特に気にしていないようで「色違いだね」と笑っている。
「それじゃ、ほかの合わせにいこっ! 何がいいかなー?」
マリンさんが現れ、ルルとララの肩に手を添えるとそのまま別の売り場へと移動していった。僕よりまともに買い物の相手をしてくれそうで一安心だ。
買い物をマリンさんに任せて店を出るとベンチに腰掛けた。目の前を雑踏が通り過ぎてゆく。
苦手な場から離れてほっとしていると、横に鐘鳴君が座った。
「ごめんね。ルルとララがマリンさん連れてっちゃって」
鐘鳴君とマリンさんの仲なら、一緒に買い物したかっただろうに。
「いえいえ、俺は普段から一緒に買い物してますから、二人の相手をしてる方が新鮮で楽しいんだと思いますよ。今川さんのほうこそ、二人と一緒じゃなくて大丈夫なんですか?」
「僕がいてもちゃんと選べないし、マリンさんのほうが詳しそうだからお任せするよ」
「そうですか? ララちゃんは相手してほしそうでしたよ」
「むしろルルと買い物してるところ邪魔したら怒られそうだけど……」
でも、言われてみればみんなで買い物に行こうって提案してくれたのはララだな。ほったらかしで勝手に出てくるのは不誠実だったかも。
しばらく鐘鳴君と待っていると、三人が店から出てきた。
さっそく買った服に着替えてきたようで、三人とも新たな装いになっていた。
マリンさんがその場でくるりと回ってロングスカートがふんわり舞い上がる。そのまま一回転して鐘鳴君のほうへ気持ち斜めに向き直ると、サマージャケットのフロントをつかんでポーズを決めた。
「どう?」
「可愛い!」
「ほんと? よっし!」
鐘鳴君がサムズアップで応じ、マリンさんが両手で小さくガッツポーズをした。この二人はいつもこんな調子なのだろうか。
「ルルちゃんとララちゃんも可愛くしたもんねー?」
マリンさんがルルとララの背を押して僕らの前へと促した。
「おじさま、どうですか?」
二人は色違いでお揃いにしてきたようだ。先ほど悩んでいたブラウスは、ルルが黒でララが白。スカートもそれぞれ逆の色で合わせていた。胸元にはいつも揃いでつけている水都のペンダントが光る。
「いいね。似合ってるよ」
「よかった。似合ってるって、ララ!」
「うん」
二人とも笑っていた。その和やかな様子を見て「もともと旅行に来たんだったなあ」なんてことを僕は今更ながら実感した。ララの提案を受けてよかったと思う。
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