第十七話 敵地潜入(二)

 階段には電灯が設けられていた。オレンジ色の明かりが狭い空間を照らしている。

 さほど長い階段ではない。途中で折れることのないまっすぐの階段は底が見えており、鉄色の扉に行き当たっている。

 剛堂さんを先頭に、ララ、ルルと続き、僕は念のために後ろを警戒して最後尾だ。ララは杖を手にしているが、剛堂さんは特に身構えることもなく軽やかに歩みを進めてゆく。

 すぐに扉までたどり着いた。覗き窓などは無く、内部の様子はうかがい知れない。

 剛堂さんが扉に手をかけて無言でこちらを振り返る。微妙な緊張感の中、僕らが頷いて準備良しの意思を伝えると、一気に扉を押し開けた。


 地上の大きな建物と比べれば、地下室はそれほど広くなかった。十二畳ほどある空間。壁際には棚、中央には正方形の卓がそれぞれ置かれ、六人の若い男女が取り囲んでいる。

 六人の顔が一斉にこちらを向いて硬直する。突然の対面に困惑を隠しきれない表情を見せていたが、我に返ると一斉に動き始めた。全員が懐に手を入れる。僕も遅れて剣に手をかけるが、先に動いたのは先頭を守っていた剛堂さんだった。

 怒涛の踏み込み。剛堂さんは瞬く間に敵に詰め寄ると、敵が手にした魔籠を一撃で叩き落とした。その素早さたるや部屋の中を暴風が吹き荒れるほどで、卓は真っ二つに破損して椅子はバラバラに分解して、床にヒビ割れを起こした。騒々しさは一瞬で収まり、天井で揺れる電灯だけが一方的な蹂躙の名残を表していた。

 剛堂さんは部屋の中央に立ち、倒れ伏した敵を見下ろす。


「お前は、昨日の……!」

「これは驚いたね。手がかりどころか当人たちに直接会えるとは」


 若い男性だ。声の感じからして、昨日の襲撃で剛堂さんと直接やりあった相手とみえた。今はフードもかぶっておらず、焦りに歪んだ顔が明らかになっている。


「くそっ、こんなの聞いてないぞ。なんなんだ」

「聞いてないとは? どういうことかな」


 男が俯いて口をつぐむと、対する剛堂さんは再び床を踏み鳴らした。部屋が大きく揺れて敵から小さな悲鳴が漏れる。

 味方ながら背筋が寒くなるような光景だ。今回の件に対する剛堂さんの本気度が伺える。


「改めて聞こう。どうして僕らを襲ったんだ」

「……魔籠だよ。フェアトラの遺産とかいう特別な魔籠を、シーガルの学生から取り戻すためだ」

「しばらく前からその学生を立て続けに襲撃していたのも君たちか?」

「そうだ。邪魔をする者がいたら、それも排除するようにという命令だった。学生に付いてるのは若い労働者の男が一人だけだから簡単な仕事だって言われてたんだ。そしたらその男も意外と戦える奴だったし、おまけにあんたらみたいな手練れがいきなり現れるし、こっちも驚いてこれからのことを話し合いしてたところだよ」

「誰の命令かな」


 男は再び口をつぐむ。倒れている男女はお互いに顔を見合わせると眉尻を下げていた。不安や迷いが滲み出ているのが見て取れる。まあ、こういう場合はそう簡単に言えない事情もあるのだろうが、こちらもそれでは困る。

 剛堂さんが拳をゆっくりと胸のあたりまで持ち上げると、男は慌てた様子で弁解した。


「た、頼む! 言ったら何をされるかわからない! 本当だ! この通りだから、どうか助けてくれ!」

「こっちも殺されかけたんだがね」

「俺たちだって好きでやってるんじゃない。フェアトラ復権会は部外者を傷つけないのがルールだ。ただ、フェアトラの遺産を手に入れるために避けられない場合だけは例外だって言われて……こっちだって困ってるんだ。信じてくれよ!」


 身振りを交えて大声を上げる男の様子は、とても演技に見えなかった。今、背後にいる影の脅威と目の前の脅威に板挟みされながら、どうにもならないどん詰まりで絞り出されたような悲鳴だ。

 それにしても、部外者を傷つけないのがルールとされながら、言ったら何をされるかわからないとはとんでもないことだ。身内をどうにかすることに関してはノールールなのだろうか。

 僕にとってあまり見慣れない剛堂さんの脅迫的な振る舞いに、少しだけ不安を覚えた。


「剛堂さん」

「……わかっているよ」


 僕の呼びかけに対して剛堂さんはこちらを振り向かずに答え、拳を下ろしてから話をつづけた。


「君の言うことを信じよう。ただし、話せる限りのことは教えてもらおうか」


 そこからの聞き取り、もとい尋問によっていくつかのことが分かった。

 フェアトラ復権会はフェアトラ家に関する啓蒙活動のほかにも家にまつわる品物を集める活動も行っているそうだ。基本的には譲渡を依頼するなり買取するなりの手を使うが、場合によっては非合法な手段を用いることがあるということ。そういった非合法活動を行う会員は一部に限られており、存在を知らない一般会員も多いということ。

 品物を強奪するにあたっても、部外者を傷つけるような行為は避けるのがルールであること。ただし、フェアトラの遺産という特別の魔籠に関してはこの限りではないということ。

 今回襲撃してきた彼らも盗みや詐欺による品物の収集は行ってきていたが、フェアトラの遺産絡みの命令を受けたのは初めてで、一般人を攻撃するのは本意ではないとのことだった。


「なるほど、大体わかった。最後に確認だが、この街での襲撃の実行部隊は君たちだけなんだね?」

「俺たちが知る限りでは、ここにいるので全員だ」

「そうか。では速やかにこの街を出ていくことだ。二度と僕らに関わるんじゃない」

「……」

「いいね?」

「わ、わかった。約束する」


 僕らが道を開けると、彼らは身を縮めて地上へと出て行った。約束が守られるならば、もう彼らに会うことはないだろう。


「これでひとまずのところ襲撃は収まるだろう。彼らの知らない部隊がいなければだが。あとは、命令していた上のやつが直接出てくる可能性もあるか……。念のためまだ警戒は怠らないようにしよう」

「よかったですね。マリンさんと鐘鳴君にもあとで教えてあげましょう」


 僕がそう言うと、剛堂さんは小さく溜息をついた。


「君も甘いね、今川君」

「えっ」

「君の考えを全否定するつもりはないが、それは命取りになりかねない。敵に情けをかけることができる者は限られる。圧倒的な強さを持つ者か、そういう者の庇護を受けている者か、もしくはやられる覚悟のある者だ。ただし、やられるのが自分とは限らないことも付け加えておこう」


 そう言って、剛堂さんはルルのほうをちらと見た。


「自分がどこに属するのか、一度考えておくのがいいと思うよ」

「そう、ですね……」


 剛堂さんは自分だけでなく、僕と鐘鳴君を守ろうとしている。そのために膨大な時間も経費も労力も、そして危険も冒してきた。今回の件に対する剛堂さんの入れ込みようからもそれは察せられる。この異世界という環境で僕らが今日まで生き残っているのが奇跡のようなことだと、一番身をもって知っているのが剛堂さんだ。


 帰るために階段を上っていると、ルルが僕の服の裾をちょいと引っ張った。

 立ち止まってルルに顔を向けると、ルルは小さな声で言った。


「あの、わたしは、おじさまは間違ってないと思いますよ」

「……うん、ありがとうね。ルル」


 僕はいろいろと知らなすぎる。剛堂さんが今日までどうやって生き残ってきたのかも、何を思って僕らを守ってくれているのかも。

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