第十六話 敵地潜入(一)

 翌朝。剛堂さんに連れられ、僕とルルとララは海都の一等地を進んでいた。目的地はフェアトラ復権会の集会所だ。


「まさか魔籠技研の支部と同じ区画にあるとは思いませんでした」

「復権会も結構な規模だからね。貴族の会員も多く抱えているし、支援金には困っていなかっただろう。他の都市にある集会所もそれなりに良い所に建っているよ」


 以前にララから聞いた説明では、秘儀の伝授や特別製の魔籠の配布を謳って勧誘を行っているという。そういった作戦はそれなりに効力を発揮しているのかもしれない。


 やがて辿りついたのは一等地の最奥。海都全体の中ではかなり端の方に位置するだろうか。周囲の建物は一層少なくなり、潮風がよく当たる場所にその集会所はあった。

 建物の大きさだけならば魔籠技研の支部とさほど変わらない。一等地にこれだけの土地をとれることからも、フェアトラ復権会の規模の大きさが実感された。


「人の気配がありませんね」


 ララが建物を見上げながら言った。

 外から眺める限りでは敷地に人の姿が見られないし、声も聞こえてこない。集会所というくらいだから集会の無い時には人が居なくても不思議ではないのだろうが、これほど立派な建物が無人で鎮座している様は少しばかり不気味でもある。


「集会所に御用ですか?」


 声に振り向くと、老齢の男性が立っていた。品のある身なりと落ち着きのある所作から、この一等地に住む人物と見受けられる。

 ララが「はい」と答えると、男性は一言「そうですか」と言ってから続けた。


「せっかく来ていただいたところ申し訳ありませんが、今は誰も対応できる者がおりません」


 僕らは思わず顔を見合わせる。発言の内容からほぼ明らかであったが、確認の意味を込めて僕が質問をする。


「もしかして、フェアトラ復権会の方ですか?」

「失礼、申し遅れました。私、フェアトラ復権会海都支部に所属しております。バーノンと申します」


 フェアトラ復権会会員。思わず心で身構えてしまうが、どうもこの男性からは敵意や危険な気配を感じない。もちろん真意を隠しているだけという可能性もあるが、全ての会員が敵というわけでもないのかもしれない。


「少し前……確か、北星祭の何日か後のことです。王都からお役人方が訪ねてきまして、会の無期限活動停止を命令されたのです。理由も明かされず、突然のことで私共も戸惑っておりましてね」


 北星祭の後という時期。そしてフェアトラ復権会への活動中止命令。王子襲撃事件と無関係というわけはないだろう。さすがに王宮もフェアトラ復権会を危険視して行動を起こしたということだろうか。ただ、話を聞く限りでは今のところ詳しい事情は伏せられているようだ。襲撃を受けた王子当人が非公式の訪問だったことや、強奪された魔籠がフェアトラの遺産であることも関係あるかもしれない。


「それ以後は一度も集会をしていないんですね?」

「ええ。集会が行えず、コーラル先生のお話を聞く機会も無くなってしまったので、若い会員が多く抜けていまして、困っております」


 バーノンさんの嘆きに、ララが反応を見せた。


「コーラル先生というのは、もしかしてシーガル魔法学院のカイン・コーラルさんのことですか?」

「そうですよ。彼はこの支部所属の会員でして、集会の折には簡単な魔法の講座を開いてくれていたので、それが目当ての若者も居たのです。一流学院の先生から話を聞ける貴重な機会とあって人気だったのですよ。……まあ、会の趣旨を考えれば褒められた話ではないですけどね」


 そう言ってバーノンさんはため息をついた。


「ララ、コーラル先生っていうのは?」

「昨日話した、マリンさんの先生のことですよ」


 僕の耳打ちに、ララも小さな声で答えてくれた。

 件の先生というと、鐘鳴君を敵視しているという人のことか。まさかフェアトラ復権会の会員とは。ますますマリンさんの置かれた状況が不安定なものに思えてきた。今の話を聞いている限りでは会員だからと言って必ずしも危険人物というわけではなさそうだが、注意事項の一つとして覚えておく必要はあるだろう。


 僕が考え込んでいると、次に剛堂さんが問うた。


「活動停止中とのことですが、中に入ることはできますか?」

「ええ。この集会所は資料館として一般開放もしているんですよ。あいにくの事情でご案内はできませんが、展示物などはそのまま置かれていますので。ご覧になりたければどうぞ」


 問いに快く答えてくれたバーノンさんは、やはり悪人に思えない。


「では、お邪魔させてもらいますね」

「ごゆっくりどうぞ」


 剛堂さんは早々に話を切り上げると、集会所へ向けて歩き始めた。バーノンさんの視線を背に受けながら、僕らも急いでそれに続く。

 足早に進みながら僕は意見を口にした。


「今の人は悪い人じゃなさそうでしたね」

「どうかな。悪者っていうのは襲撃してくる連中のことだけを言うわけじゃないよ」

「そうですよね……」

「しかし、そんなことを言っていたら誰も信用できない。ひとまず彼の言葉を信じるとするなら、すでにここは王宮によって家探しを受けた後だろうね。他の都市も同じと考えていいだろう」


 僕らは集会所の中へと足を踏み入れた。

 南向きの大きな窓からの日差しで屋内は明るい。一階の広い空間にはガラスケースに収められた美術品や、色あせて額縁に収められた絵画や手紙のようなもの。フェアトラ家の紋章が描かれた旗などが多く飾られていた。先ほどバーノンさんが言っていた資料館ということだろう。


「王宮や教会から返還されたフェアトラ家の備品ですね」


 難しくて読めない手紙を眺めていた僕に、ララが話しかけてくる。


「それはフェイス・フェアトラ異端審問のやり直しを求める嘆願の手紙です。領地民が連名で書いています」

「それだけ慕われてたってことか」

「そうですね。やはり功績は確かですし、異端とされるまでの評判も良かったようですよ。まあ、こうして嘆願をした人たちも悪魔に与するものとして多くが処刑されてしまったので、その後はほとんどの人が意見を翻してしまったとありますが」


 手紙の横に貼られた説明書きを読みながら、ララが解説をしてくれる。


「そりゃ酷いな……」


 今の教会や王宮はフェイス・フェアトラについてどう考えているのだろう。時代の移ろいで取り締まりは緩くなったとのことだが、それで見解が変わったわけではないだろう。だからこそ復権会なんてものが活動しているわけだし。


「ところで、何か怪しいものとかはある?」

「ざっと見た感じでは無さそうですけど……。王宮も入ったなら一通り見ているはずでしょうし、目ぼしい手掛かりがあればすでに押収されているかも」


「いや」


 ララの言葉を遮ったのは剛堂さんだった。僕らから少し離れたところで、一つのガラスケースに目を落としている。

 近寄ってみると、ケースに収められているのは一つのティーカップだった。僕の拙いポラニア語力で説明書きを読む限りでは、フェアトラ家の屋敷で使用されていた茶器だとのこと。その程度のものでもわざわざ展示してあるとは丁寧なことだ。

 言葉を聞いて寄ってきたルルもケースをのぞき込み、言った。


「これ、魔籠ですね」

「巧妙に偽装してあるし、普通は分からないだろう。ルルちゃんはやっぱりすごいね」


 剛堂さんの誉め言葉に、少しこそばゆそうにするルル。一方のララは苦虫を嚙み潰したような顔で呟いた。


「私、分からなかった……」

「無理もないね。かなりハイレベルな偽装だ。この様子では王宮も素通りしただろう」


 剛堂さんがガラスケースを調べるも、鍵がかかっているようだった。


「仕方ない」


 そう言うと、剛堂さんはおもむろに手刀でガラスケースを粉砕した。

 あまりにも唐突な行動に僕だけでなく、ルルとララも目を剥いている。


「ちょっ……大丈夫なんですか?」

「構わないさ。王宮も見つけたらやっていただろう」


 王宮なら命令して鍵を開けさせたのではないかと思うが、ほかに案もない上に唯一の手掛かりのようなのでこれ以上の口出しはしないことにする。

 剛堂さんは堂々と賄賂を多用したり備品を破壊したりと、穏やかな話し方からは想像もつかない大胆な行動をする。異世界で成功する秘訣はこの思い切りの良さにあるのかもしれない。

 僕らが驚いている間に剛堂さんはさっさと作業を進めてゆく。カップを手にしてあちこちを撫でまわした後「よし」と呟くと、部屋の中にカコンという小さな物音が響く。

 皆で音のした方をみると、そこには壁に掛けられた巨大な肖像画。

 剛堂さんが何代目だかわからないフェアトラ家の主が描かれたそれに近寄り、額縁をゆっくりと押した。


「回転扉だ。手が込んでいるね」


 絵画がかけられた壁ごとぐるりと回って、奥に見えるのは地下への階段。

 ここまで来たら進まないわけにはいかないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る