第十四話 白昼堂々
「いや、すごいね。僕より遥かに大人だよ」
鐘鳴君の話を聞いた僕は、大変情けなくも正直な言葉で感想を述べた。
「俺がしてもらったことを考えたら、当然のことですよ」
「なるほど。確かにすごい。しかし、今川君だって負けてはいないのではないかな?」
僕の後ろで話を聞いていた剛堂さんが言う。
確かに、僕は自分のことを出来る人間だと思っていないけれど、この世界で頑張っていこうと決意したことと、実際に成し遂げてきたことについては謙遜したくない。それは一緒に頑張ってくれた、そして頼ってくれたルルとララの評価まで下げてしまうことだと思うから。
「そうですね。僕もかなり頑張りました」
「今川さんの話も聞いていいですか?」
長い身の上話の後だからか、これまでよりも少し打ち解けた様子で尋ねてくれた。
僕は頷いて、この世界に来たところからルルやララとの出会いについて話した。
「いやいや、俺より数倍すごくないですか? すごいっていうか、強いっていうか……」
「すごいのはお互い様だよ。それに僕だけの力じゃないからね」
そう言いながら、僕は剛堂さんの言葉を思い出していた。
この世界で生きて出会えたのは、僕が初めて。
お互い苦労はしたが、僕も鐘鳴君も本当に運がよかった。現地で助けてくれる人に出会えたのが一番の要因なのは間違いないだろう。その恩を返したいという思いは、きっと僕も鐘鳴君も同じはずだ。
*
「長話しちゃってゴメンね。まだ仕事でしょ?」
「いえ、今日はこのまま上がりなんで、学院までマリンを迎えに行きます。毎日は難しいですけど、出来る限り近くに居るようにしてるんです。このところ危ないですから」
鐘鳴君が鞄を肩にかけて歩き出したので、僕と剛堂さんも続く。
揃って港湾地区を抜け街路へ入ると、聞こえてくる喧騒の音が変わり始める。
「襲撃があってからは、なるべく人通りの多い道を選ぶようにはしてるんですけど、道中どうしても寂しい道はありますし、マリンの家もちょっと奥まったところに建ってるので心細いんですよね。今日は二人がついてきてくれて安心してます」
建物の合間に見える学舎が近づいてくる。魔法学院への道のりは半ばといったところまで進んだ頃、鐘鳴君が言った通りの寂しい道に差し掛かった。
道幅はゆったりとしているが、両側に三階建ての建物が連なっており日光が遮られて少々薄暗い。古い民家ばかりの生活道路のようで、商店もなく人通りは見受けられなかった。
枝分かれした細い路地の奥から罵声のようなものが小さく響いてくる。喧嘩だろうか。港湾地区でも似たような雰囲気はあったし、海都は治安が良くないという話を思い出す。
いくつかの死地を潜ってきた身として、そこらのゴロツキに負けない自信はあるが、やはり人間と対峙するというのは慣れないものだ。
しばらく進むと、進行方向から足音が聞こえてきた。
場所の雰囲気に流されて少し身構えるが、見えた人影は意外な人物だった。
「マリン!」
「あっ、ハル君! 来てくれたんだ」
「来てくれたんだじゃないだろ。学院で待っててくれないと困る」
「ごめんね。ちょっと早く終わったから」
「まったく……何のために迎えにきたんだか」
駆け寄ってきたマリンさんは嬉しそうな表情をしていた。楽しげな二人の様子。先ほどの鐘鳴君の話を聞いた後だと、二人の関係はこれまでと違って見える。僕と同じく苦難を乗り越えた後にあるものだと思うと、とても親近感がわいた。
「イマガワさんにゴウドウさんも一緒だったんですね。こんにちは」
「こんにちは。そっちにルルとララもお邪魔してたと思うけど」
「はい、来ましたよ。もう、びっくりましたよ! あんなすごい子たちだったら先に言ってくれたらよかったじゃないですか。地面に大穴あいちゃいましたし」
「ははは……?」
一体何をやらかしたんだ。
とにかく、無事に合流は出来た。このままマリンさんの家までついていくべきか迷っていると、背後から剛堂さんに肩を叩かれた。
「今川君」
小さくも真剣さを含んだ声。何事かと周囲に目を配ると、その理由が分かった。
家屋の上、細い路地の奥、物陰からこちらを窺う人影がいくつか見受けられる。日陰に溶け込む黒い外套。すっぽりと頭を覆うフードにより顔は見えない。件の襲撃者か。
僕はそっと腰の剣に手をかけ、小声で呪文を唱える。
「フィジカルライズ」
身体に力が満ちた。街中で戦いのために魔籠を使うのは久しぶりだ。緊張感が肌に張り付いて鼓動が少し速くなる。
先に動いたのは敵だった。
僕らの進行方向側、マリンさんの遥か後ろで人影が杖を抜く。閃光が迸り、薄暗い周囲を一瞬照らした。
「ボルテージ!」
魔籠の刃を紫電が包み込む。
強化された脚力で即座にマリンさんの背後に回り、剣で魔法を受ける。敵の魔法は光の粒子となって粉々に散った。
その段階になってマリンさんと鐘鳴君も気づいたか。鐘鳴君が慌てて構えをとる。マリンさんはあたふたと鐘鳴君の背中に回って肩を縮めた。
「離れないで」
僕は一言だけ言って敵へ向き直る。
敵は複数。直前に攻撃してきた前方の人物のほか、分かれ道の陰と屋根の上。見えていないだけで他にもいるかもしれない。しかし、相手は考える時間など作ってはくれない。今度は上方の敵がこちらに手を突き出し、その掌の先に火球を生み出した。人の頭ほどもあろうかという猛火が渦を巻き、鐘鳴君へと迫る。
「くっ!」
鐘鳴君が水の魔法で対処する。手慣れているとは言い難いが、対処しきれないほどではないようだ。そして、すぐに別の物陰から魔法が飛んでくる。これも鐘鳴君を狙うものだが、僕が割り込んで剣で叩き落す。
こちらが反撃するより先に、敵は路地の奥へと引っ込んで身を隠してしまう。敵ながら戦い方がうまい。
敵の消えた路地奥へ注意を向けていると、別の路地から攻撃が飛んでくる。それを防ぐとまた別の路地やら屋根の上から顔を出す。物陰から一撃繰り出しては引っ込むというヒットアンドアウェイに徹しているようだ。同じ敵が裏で移動しているのか、大勢いるのかは分からないが、後ろを守って動けないこちらからすると厄介だ。攻撃のほとんどが鐘鳴君を狙ってきているのも、初動を見てそちらの方が易いと判断したのかもしれない。
「参ったな」
このままでは防戦一方だ。こちらからも手を打ちたいが、この状況で深追いは禁物。無理に前に出て後ろを狙われたらたまらない。
「僕が行こう。二人はマリンさんを頼んだよ」
剛堂さんはそう言ってゆったりと僕の前へ出た。何の構えもなく、ただ路地を散歩しているかのような歩み。そういえば、剛堂さんが戦うのを見たことはなかったな。
無防備な剛堂さんを狙って、敵が顔を出す。だが、剛堂さんのほうが早かった。
一度地を踏み鳴らす。その次の瞬間、岩を割るような轟音と共に剛堂さんは敵の眼前まで迫っていた。ワープしたのかと思ったが、どうやらちがう。地面には剛堂さんが瞬間的に移動したと思われる軌跡がヒビとなって残されていた。目にも止まらない速さで踏み込んだのか。
「何っ」
敵が焦って退こうとするが、既にその胸倉を剛堂さんによって抑えられていた。
空気を裂く鋭い音を響かせ、剛堂さんは腕一本で敵を地面に組み伏せた。背で石畳を砕くほどの衝撃に、敵は言葉にならない呻き声を漏らす。
「何故僕らを襲う? 誰かの命令かな?」
「ぐっ! 何者だ、お前らは」
「それはこっちの台詞だね」
いつもの口調で言う剛堂さんが少し怖い。
剛堂さんがさらに詰問を続けようとした時、他の物陰から一斉に敵が姿を現した。屋根に路地にと、その頭数は五人にもなる。全員が剛堂さんへ向けて攻撃の構えを見せていた。
「剛堂さん!」
僕の呼びかけとほぼ同時、一斉に放たれた多数の魔法が剛堂さんのもとへ殺到した。魔法の炸裂音と地を打ち砕く音。目くらましも同時に放ったのか、濃い煙に視界を塞がれる。
「大丈夫ですか」
「ああ。大丈夫だよ」
煙が薄れたとき、敵の姿はすっかり消え失せていた。残されていたのは砕かれ焼け焦げた石畳ばかりだ。襲撃者を逃したのは惜しいが、ひとまず剛堂さんに怪我がないようで安心する。
「逃げられてしまったね」
「はい」
「しかし、敵がフェアトラ復権会だという説はより濃厚になったよ」
「どういうことですか?」
剛堂さんが僕の方へ手を差し出した。そこにはチェーンの引き千切られた一つの首飾りが置かれている。
「今の男がつけていたものだ。見覚えはないかな?」
「たしかフェアトラ家の」
「そうだ。フェアトラ家没落以後は、復権会がシンボルとして使っている」
交差する剣と杖、そしてそれを取り囲む蛇。初めて見たのは北星祭の時だ。広場で活動していた復権会のメンバーがこの紋章旗を振っていた。
「ここまで手がかりがあったら、こちらから出向いてみるのもいいかもしれないね」
僕と剛堂さんが話していると、鐘鳴君とマリンさんが歩み寄ってきた。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
「私からもありがとうございます。それから、ごめんなさい。危ない目に巻き込んでしまって」
マリンさんは恐縮した様子で目を伏せる。
「気にすることはないよ。むしろ一緒にいる時で良かった。ね、今川君」
「そうですね。それにしても、あんなの今までよく鐘鳴君一人で防いでこれたね」
はっきり言って甘い相手ではなかった。一人相手ならともかく、連携した多人数での攻撃にはヒヤリとさせられた。同じフェアトラ復権会でも北星祭で戦った連中はフラウを除けば僕でも容易く倒せた。敵にも練度の違いはあるのだろうが、今回は剛堂さんがいなかったら危なかっただろう。
「いえ、こんなに大勢で襲ってきたのは初めてです」
「敵さんも本腰を入れてきたということかな。何にしても、用心しないとね」
その後、僕らはマリンさんたちを家に送り届けた。
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