第七話 南国リゾートな支部

 剛堂さん先導の下、僕らは海都の一区画に辿りついた。

 街の中でも低い位置。すなわち海岸沿いに造られているその区画は、他の多くの区画と比べて全体的な雰囲気が異なっていた。

 派手な色彩や人々の喧騒は遠くなり、整った色調と波のさざめきが僕らを出迎える。建物同士の間隔も広くなっており海を臨みやすい。景観ばかりでなく、周囲を歩く人の出で立ちも落ち着いたように思える。


「なんだか雰囲気が変わりましたね」


 周囲を眺めつつ僕は言った。


「ここらは海都の中でもちょっと特別な区画でね。貴族の別邸や、大手ギルドの支部や拠点、それから高級宿が多く並んでいる。有体に言えば、一等地といったところかな。やはり治安の面から、お金に余裕のある人たちはこういったところに固まって居を構えることが多い」

「魔籠技研の支部もここに?」

「そうだ。すごいだろう?」


 得意気に言う剛堂さん。

 さすがは大手魔籠ギルドだ。異世界転移の成功者に感心しつつ、僕らは一等地へと進み出た。


 案内されたのは三階建ての立派な建屋。ここが魔籠技研の海都支部というわけだ。

 建屋は高台に位置しており、正面に広がるのは清々しいオーシャンビュー。白く塗られた壁面が陽光に輝いている。各所に南国風の植物が植えられており、見た目に爽やかな支部だ。


「なんというか、リゾートホテルみたいですね」

「はっはっは。これは嬉しい誉め言葉だね。まあ、滞在中は南国リゾート気分を満喫するといいよ」


 僕らに割り当てられたのは、来客向けに設えられた三階の大部屋だった。走り回れそうなほどの空間。並べられた三つの大きなベッド。海に面した窓はバルコニーへと通じており、開放感は抜群。スーパースイートだ。

 ちなみに剛堂さんは別室を使用するらしい。

 ルルは荷物を置くが早いか、広いバルコニーへと繰り出すと、手すりから身を乗り出して海を臨んだ。


「すごーい! おじさま、海がよく見えますよ!」


 ごみごみとした海都の中心部と違い、海都支部の前に建物は無い。はるか遠く水平線まで、すべてを一望できる贅沢な部屋だ。吹き付ける潮風が白いカーテンを揺らす。


「お姉ちゃん、落っこちないでね」

「だいじょうぶー!」

「まったく、お姉ちゃんったら」


 大はしゃぎのルルと違って、ララは落ち着いたものだ。ララの性格的にこういうものだと分かってはいるけれど、もう少し年相応な仕草を見せてくれてもいいのにと思う。


「折角の旅行だし、ララももうちょっと羽目を外していいんじゃない?」

「謎の襲撃者の話が出てる時点で、すでに普通の旅行じゃない気がしますけど」

「そうだけどさ、今は張り詰めててもしょうがないでしょ」


 どこへ行くのも仕事と戦いばかりだったララには慣れないことかもしれない。でも、今は違う。ここでは誰もララを縛らないし、今回だって元々観光目的の旅だったのだから。


「……私のことがどう見えているのか分かりませんけど、これでも羽目を外しているほうですよ」

「あれ、そうなの?」

「はい。私ひとりで警戒しなくてもいいかなと思えるくらいにはなったので」

「何が?」

「分かりませんか? 信用してますよってことです」


 ララはそれだけ言うと、バルコニーへ出てルルと話し始めた。

 今のって僕のことか? どうしよう。なんか、なんかちょっと嬉しいぞ。思わず顔がほころぶが、ララに見られたらまた何か言われそうなので、努力して引き締めた。


          *


 夕刻。

 僕らは支部の二階にある食堂に集まって夕食をとることになった。海側が全面ガラス張りの特等席だ。オレンジ色にきらめく海を、大きな蒸気船が行き交う。

 

「部屋は気に入ってもらえたかな?」

「ええ。でもよかったんですか? あんなすごい部屋使っちゃって」


 来客用の部屋だということだが、今回のことは魔籠技研としての仕事ではない。宿賃も無しに大部屋を借りてよかったのだろうか。

 今だって、目の前には豪勢なコース料理が続々と運ばれてきている。食堂とは言うが、料理も内装も高級レストランだ。隣ではルルが普段なかなか食べられない柔らかい肉の塊に、遠慮なく顔をほころばせている。


「いいんだよ。こういう時くらいしか使いどころが無いんだから。そもそも支部なんてのは建前で、ここは僕が個人的に贅沢したいがために作ったんだ。実際のところ海都に来る機会はそんなに多くないから、ほとんど空きっぱなしになってしまってね。もったいないから職務以外の用途でも従業員に開放してるんだ。うちの福利厚生はレベルが高いよ」

「確かにだいぶ贅沢っていうか、所長の裁量ってすごいんですね」


 魔籠技研って儲かってるんだなと改めて思う。さすがは魔法の革新技術。今後、ポラニア王国で長く暮らしていくつもりならコネを全力活用して魔籠技研に入れてもらうことも真剣に考えるべきかもしれない。


「私物化してるって言いたいかい?」

「あ、いや、そういうわけでは」

「いいんだよ。事実なんだから。でも、わけも分からず異世界に飛ばされた時点で、僕らは大きなマイナスを背負っているんだ。このくらいの贅沢じゃ取り返せないくらいにね。今川君もどうかな? 僕はいつでも歓迎するよ。同じ世界出身の特権として、高待遇で迎えようじゃないか。ここはそれが許される場所なんだ」

「あはは……考えときます」


 心を読んだかのような発言にドキリとする。

 僕の曖昧な返事に、剛堂さんは小さくため息をついて続けた。


「今川君。チャンスは目の前に転がっているうちに拾うべきだよ。さもないと、それは二度と手の届かないところに行ってしまうかもしれない」

「すみません、優柔不断で」

「そうですよ。コネでもなきゃノブヒロさんじゃ絶対に入れないところなんですから」


 ララが丁寧に肉を切りながら辛辣なことを言う。事実なので仕方がない。

 剛堂さんはこちらの世界に飛ばされてきたことを大きなマイナスだと言ったが、僕の環境はこちらに来てからの方がかなり良くなっていると思う。それは仕事の面でも言えることではあるが、それよりもルルやララの存在が大きい。この二人に関わって、僕自身が大きく変わったことだ。


「僕は今の仕事だって結構気に入ってるよ。ララと一緒に地元の見回りして、魔物退治してさ。そりゃ、こんな贅沢はできないけど。ララは違う?」

「……そうですか。まあ、私はお姉ちゃんと一緒ならどこでもいいですけど」


 ララにとってはルルが一番だからな。僕も二人がまた離れ離れになるのは見たくないし、それでいいと思っている。


「なるほどね。今川君を口説くには、まずルルちゃんとララちゃんからということか。どうかな、ルルちゃんは。前はフラれてしまったが、今度こそ来る気はないかい?」

「えっ、わたしですか? わたしは……まず、どこかの魔法学院に入りたいです。これからどうするにしても、最初はそこからかなって」


 突然話を振られたルルが、食事の手を止めて答えた。ルルは諸事情あって、魔法学院を中退している。それはルルに非の無い理由であることは知っているし、心残りであっただろうことも分かる。僕としてもルルが魔法学院に入りたいというなら、それを応援したい。


「なるほどね。ララちゃんは?」

「お姉ちゃんについて行きます」

「即答だね。では、今川君。ルルちゃんの学費を賄おうと思ったら、うちに来るのが最善手だと思うが、どうかな?」

「うっ、いきなりそう言われると」

「ははっ、ごめんよ。急かすようなことを言って。でも、気が変わったらいつでも声をかけてくれ」

「はい。ありがとうございます」


 僕には何の実績もない。それをここまで熱心に勧誘してくれるということは、剛堂さんの同郷者保護の精神は本当に真剣なものなのだろう。

 思えば、剛堂さんには初めて出会った時から助けてもらいっぱなしだ。初対面にも関わらず、惜しみない支援を頂いた。そのおかげで今のルルとララ、そして僕がある。

 鐘鳴君に関してもそうだ。僕がルル共々助けてもらったように、剛堂さんは必要であればマリンさんも助けようとしている。

 本当に、剛堂さんには頭が上がらない。

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