第八話 別行動

 翌日、僕と剛堂さんは支部のロビーで今日の予定をどうするか話し合っていた。


「昨日の様子だと、鐘鳴君を動かすには、まずマリンさんからかな」

「そうですね。でも、マリンさんにも事情があるみたいでした。それに、襲撃者のことも気になります」

「その件についても、水都に移り住んでもらえれば守りも固めやすいし色々と都合がいいんだが……。当人らにその気がないなら仕方がない。落ち着いて話をするためにも、まずは襲撃者の正体を調べるところから始めようか」

「それなんですが、鐘鳴君とはもっと詳しく話がしたいですね。昨日はほとんど話が出来なかったですけど、実際に襲撃者と戦ったそうですし」

「ああ。必要な手掛かりになるかもしれないな」


 謎の襲撃者。

 昨日のマリンさんの話によれば、敵の狙いはフェアトラの遺産なる特別製の魔籠らしい。北星祭でも同様の魔籠が狙われたというルルの話からして、今回の敵もフェアトラ復権会ではないかと僕は睨んでいる。仮に敵がフェアトラ復権会で、またフラウ・フェアトラが出てきた場合、やはり戦うことになるのだろうか。

 北星祭の日、麦畑で対峙したフラウを思い出して、背筋がすっと冷える。何をされたわけでもないのに本能的に身がすくんでしまった僕。果たして再度まみえたとして、僕はフラウとまともに戦うことができるのだろうか。


「おはようございます!」


 元気な声に振り向けば、ルルとララが立っていた。今起きたようだ。ララの方はまだ少し眠そうな顔をしている。ルルに起こされたのだろうか。


「おはよう。二人とも」

「おはようございます。ノブヒロさん、起こしてくれてもよかったじゃないですか」

「すごく気持ちよさそうに寝てたから。それに、僕らは一応旅行で来てるわけだし」

「もっとゆっくりしていてもいいよ。まだ行き先も決まってないからね」


 剛堂さんも同意してくれた。

 特にララに関してはなるべく仕事のことを忘れてほしいところだ。ララがあちこち訪れたことがあるのは知っているが、どれも過酷な仕事ばかりだったはずだから。

 

「その行き先についてなんですけど、私たちはシーガル魔法学院に行こうと思っています」

「魔法学院に?」

「はいはい! マリンさんに会いに行くんです!」


 僕の問いに、ルルは手を挙げて元気よくララの続きを補足した。

 なんだか、ずいぶん乗り気だな。昨日まではそんな素振りなかったのに。それに、どちらかといえば、異世界人である鐘鳴君のほうが興味の対象になりそうなものだ。


「ルル、そんなにマリンさんが気になった?」

「えっと、まあ」


 ルルは急に笑みを崩すと、視線を泳がせ始めた。僕が訝しんで質問を続けようとすると、その答えはララの口から発せられた。


「はぁ……。お姉ちゃんは魔法学院の見学がしたいそうです」

「ちょっと、ララ!」

「正直に言えばいいのに」


 なんだ、そういうことか。昨日の剛堂さんの口ぶりからして、シーガル魔法学院というのはそれなりに高いレベルを持つ魔法学院らしい。ルルが興味を抱くのは無理もないだろう。


「だって、おじさまたちが今回のこと真剣に考えてるのに、わたしだけ観光してたら申し訳ないと思って」

「嘘ついて行くのは申し訳なくない?」

「うう、それは……」


 ララの無慈悲な正論にぐうの音も出ず、ルルはうつむいてしまった。


「いいじゃないか。そもそも旅行中の君たちをこんなところまで連れ出してしまったのは僕なんだ。遠慮せず、ゆっくり見ておいで」


 剛堂さんが助け舟を出す。僕も異論はない。というか、そこを否定してしまってはルルが可哀そうすぎる。


「ほら、許してくれたじゃない」

「そ、そうですか。ありがとうございます!」


 ルルの顔から緊張が抜け、温かな笑顔が戻った。


「じゃあ、僕もついて行ったほうがいいかな」

「学院周辺ならそんなに危険はないでしょうし、私も行ったことがあるので二人で大丈夫ですよ。別に調べごとがあるのなら、そちらを当たってもらっても問題ないです」


 僕の提案にララが答える。あまり治安のよくない街とはいえ、ララがついていれば危険はないだろう。むしろ絡んでくる暴漢のほうが心配になるくらいだ。


「そういうことなら、僕は鐘鳴君と話をしに行きたい。襲撃者のこともあるけど、それ抜きにしたって、同じ世界の出身としてどういう人か興味はあるし」


 珍しい同郷人の出会いだ。機会は大切にしたい。比べ物にならないだろうが、少しは剛堂さんの気持ちも分かってきたかもしれないな。


「よし。それじゃ、行き先は決まったね。僕と今川君で港湾ギルドへもう一度顔を出してみることにしよう。ルルちゃんとララちゃんは、学院を見学しておいで」

「はい! あ、もしマリンさんに会えたらお話もしてきますからね」


 ルルとララは早々に支度を整えて、支部を出発していった。遠足を待ちきれなかった子どもようで、見ていて微笑ましい。


「あの様子だと昨日の夜から楽しみで仕方なかったみたいですね」

「素晴らしいことじゃないか。年相応に楽しめるというのは。以前に会った時よりも格段に良くなっているんだろう?」

「はい。良くなりましたよ。本当に。ただ、両親とはまだ上手くいかないままですけれど」


 前にルルと剛堂さんのもとを訪れたときは、王都へ向かう途中だった。あの時のルルは大きな問題を抱えていたし、隣にララもいなかった。両親との関係は今も改善の兆しがないままではあるが、ララはこちらに来てくれた。


「そうか。まったく。あんな良い子を捨て置く親の気が知れないよ。僕は会いたくても叶わないというのにね」


 言葉の後半は少し小さな声だった。なんとしても元の世界へ帰りたいという執念の一端が漏れ聞こえてきたようだ。


「剛堂さんにもお子さんが?」

「ルルちゃんくらいの娘が一人ね。それも、僕がこちらに来た頃の話。今となってはとっくに成人しているはずだ。いきなりいなくなった僕は、一体どう思われているんだろうね」


 そう言うと、剛堂さんは自嘲気味に少し笑った。

 考えてみても僕には想像の及ばないことで、答えあぐねてしまう。もっとも、剛堂さんも答えを期待したわけでもない、独り言のようなものなのだろうけど。


「すまない。少し弱音が出た。さあ、僕らも支度をしよう。鐘鳴君も、話を聞いてくれるといいね」

「ええ。そうですね」


 剛堂さんは僕らにも同じ思いをさせまいと奮闘してくれているのだろうか。剛堂さんの具体的で積極的な行動と、その奥底で長年燃え続ける望郷の熱意。なんとなく流されるまま今の環境を享受している自分と比べてしまって、僕は少し恥ずかしくなった。

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