第六話 不穏な敵の影

「ままならないね」

「そうですね」


 再度会う約束を取り付けたので、今日のところは一時退散して魔籠技研の海都支部へと行くことになった。そこの宿舎を利用させてもらえるらしい。

 僕らは港湾地区から歩き遠ざかりながら、今日のことを話す。


「鐘鳴君はマリンさんと随分仲がよさそうでした」

「そうだね。歳も近いみたいだし、友達以上の何かなのかもしれない。そうすると説得するのは難しそうだ。理屈じゃないだろうからね、そういうのは」


 そう言って、剛堂さんは肩をすくめた。僕は何となく相槌を打ったが、僕には男女のそう言う経験が一切ないので、実は何も分からない。変なボロを出しては恥ずかしいので、何も言わないことにする。

 そうして話が途切れたタイミングで、ルルが言葉を発した。


「あの、さっきマリンさんが見せてくれた魔籠なんですけど。わたし、あれと同じものを見たかもしれません」


 僕も含め、皆がルルに注目した。同じ物を見たとは、いったいどういうことだろう。

 急に視線を集めたルルは、一瞬たじろいだ様子を見せて話始めた。


「この前の北星祭の時に、フロドさんが見せてくれた魔籠がそんな感じでした。まったく同じではないんですけど、北星魔法の魔籠だったのは間違いないです」

「フロドさんというのは?」


 剛堂さんが問う。


「ポラニア王国第三王子の、フロド・ポラニア殿下です」

「これは驚いた。すごい人と知り合いなんだね。ルルちゃんは」


 剛堂さんが感心したように言う。知り合いどころか求婚されてる間柄だったりするのだが、そこは今の主題ではないので、あえて語ったりはしない。


「しかし、王子がそんなものを持っているとは、なんだか不穏だね」

「あっ、ええっと、フロドさん個人の持ち物じゃなくて、宝物庫から勝手に持ってきたって言ってました!」

「それは尚更悪い気がするが……。その魔籠もフェアトラの遺産だとか言われてるのかな?」

「そこまでは聞いてないです。ただ、その魔籠、奪われちゃって」


 穏やかでない話題だ。マリンさんも魔籠を狙う者から襲撃を受けているわけだし。


「奪ったのはフラウという人でした」

「あいつか」


 僕は思わず呟いた。

 その名前は知っている。北星祭の時に、麦畑で僕と対峙した魔法使いの女だ。フェアトラ復権会のメンバーであり、伝説の魔法使いフェイス・フェアトラの末裔を名乗っている。

 そういえば、フラウは僕が見ている目の前で、フロド王子から小箱のようなものを奪っていった。あれが魔籠だったということだろうか。


「お姉ちゃん、なんでそう言うこと早く言わないの!」

「う……ごめんね。勝手に持ち出したフロドさんが怒られちゃうかと思って」


 怒られるで済めばいいというレベルの失態であるが、この事実はマリンさんを襲撃した者の正体について一つの手がかりとなるかもしれない。


「おじさま、フラウさんのこと知ってるんですか?」

「僕もララから聞いただけだけどね。なんでもフェイス・フェアトラの末裔を名乗ってる人らしいよ」


 ただし、実際に対峙した感想としては、あながちフェイス・フェアトラの末裔というのも嘘ではないかもしれないと思う。あの時に受けた身を貫くような威圧感はいまでも忘れられない。それまでにも強敵と対峙したことはあったが、本能が警句を発するという経験を身を持って感じたのはあれが初めてのことだった。

 フラウ・フェアトラ。少なくとも偉人の子孫を自称するだけの変人ではないのは明らかだ。


「ララ、もしかしてマリンさんを襲ったのもフェアトラ復権会じゃないか?」

「ええ、私もそう思いました」


 フロド王子を襲撃したフェアトラ復権会のフラウ・フェアトラ。一般に浸透するよりも遥か昔に作られていたという魔籠、フェアトラの遺産。その魔籠を狙ってきた正体不明の人物。関係ないというのが無理な話だ。何より正当な後継者を名乗るなら、遺産を求めてくるのも筋が通る。


「フェアトラ復権会か。そんなに危険な団体には思えなかったが……」

「けど、お姉ちゃんと王子は実際に襲われましたからね。あの時の相手も捕縛されていますし、王国や教会も把握はしているはずですが」

「言われてみれば、最近は街で活動している様子を見ていないな。君たちがそう言うのであれば、少し調べる価値もあるかもしれない」

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