第五話 ハルとマリン
「班長には了解をもらってきました」
少年は現場に仕事を抜ける旨を説明したうえで、来客だからと港湾ギルド事務所の応接室を貸してもらえるようにお願いしてくれた。よくできていて感心してしまう。
「すまないね、仕事中に」
「構いません」
応接室には件の少年と少女、そして僕ら一行が詰めている。来客として僕らまで入れてもらえたのは、魔籠技研所長の肩書が大きいだろう。何から何まで剛堂さん様様だ。
「改めて確認だが、君がカネナリ君で合っているかな?」
「はい。俺は
「わ、私は、マリンといいます。シーガル魔法学院に通っています」
鐘鳴君の目配せを受け、少女も名乗った。
「その、今回は私のせいで、すみませんでした……」
「いや、謝るのはこちらのほうだ。怖い思いをさせて申し訳なかった」
頭を下げるマリンさんと剛堂さん。互いに謝り合った後、マリンさんが説明を始めた。
「今日は学院が午前で終わったので、ハル君にお弁当を作って来たんです。そしたら見慣れない人たちがハル君のことを訪ねてきてるのを見かけて」
ハル君とな。それに手作り弁当とは。
マリンさんの危機に駆け付けた鐘鳴君の鬼気迫る様子といい、二人は随分仲が良いようだ。
「最近、港湾ギルドにハル君のことを調べに来た人がいるって聞いてたのと、少し前に夜道で襲われたこともあって、もしかしたらまた危ない人たちが来たんじゃないかと思って逃げてしまったんです」
「……たぶん、港湾ギルドにきたのは、魔籠技研の人間だろう。気になるのは、マリンさんが襲われたという件だが、どういうことかな?」
「実は、半年くらい前から私のことをつけてる人がいるんです。黒いローブで顔まですっぽり覆った人で、ふと気づくとどこかの物陰から覗き込んでいたり、人混みに紛れてついてきていたり。体格の違う人も見ているので、一人ではなかったのかもしれません。でも、黒いローブの人なんていくらでもいるし、きっと全部偶然か私の考えすぎだと思ってたんです。そしたら、二か月くらい前に同じ格好の人に襲われました。ハル君が助けてくれなかったら、どうなっていたか……」
僕がこれまでこの国で過ごしてきた印象から言うと、黒いローブ姿の人は確かに少なからずいる。しかし、フードで顔まですっぽり覆って歩きまわっている人は稀だ。謎の襲撃者と同一人物、もしくは仲間と考えて問題ないかもしれない。
それに、僕にも心当たりがある。北星祭の日、フロド王子とルルを襲撃した者たちの格好もそれだった。
「その日を境に、今日までにさらに三回も襲われています。どれも状況は同じような感じですが、その都度、運よく近くにいたハル君に助けてもらって、何とかなってる感じです」
「そりゃ警戒もするな……」
僕は思わずつぶやいた。さっきの勘違いも、鐘鳴君の即時臨戦態勢も、今の状況では当然というわけだ。
「狙われる原因に心当たりは?」
剛堂さんの質問に対しマリンさんは少し迷った様子を見せたが、鐘鳴君の視線に後押しされて話してくれた。
「たぶんですけど」
そう言って、マリンさんは制服の胸元からペンダントを抜き出した。複雑な加工の金細工に、大きな水色の宝石が埋め込まれている。
「これが原因ではないかと思います。私を襲ってきた人が、フェアトラの遺産を返せと言っていたので」
そう言って、マリンさんはペンダントの飾りを裏返す。
金細工の裏側には、細かく彫られた星座のような模様があった。
「これ、北星魔法の魔籠らしいんです」
一瞬の空気が張り詰めたのを感じる。
鐘鳴君はいまいち事態を呑み込めないのか、少し戸惑った様子が伝わってきた。正直なところ僕にもあまり深刻さがピンとこないが、皆の様子が変わった理由は分かる。北星魔法は教会の重要秘密なのだとララから聞かされていたからだ。
「かいりゅう座ですね」
魔籠の星座を見たララが言った。
「これをどこで?」
「……かなり眉唾物の話になるんですけど、これ、昔から家に代々伝わる魔籠らしいんです」
その話がおかしいことにはすぐに気づいたので、僕は疑問を述べた。
「代々って、魔籠が出来たのは割と最近のことじゃないの? だって……」
僕は剛堂さんの方を見る。こちらの世界で魔籠を作って広めたのは剛堂さんだ。もっとも、何者かが作った正体不明の魔籠『ポラニア旅行記』は剛堂さんがそれに魔籠と名付ける前から存在しているようだけど。
マリンさんは僕の問いに頷いた。
「そうです。でも、これは確かに魔籠が世に出まわるよりも前から家にありました。それは私も見ているので間違いありません。眉唾なのは、この魔籠のルーツで……。なんでも、異端とされて領地を追われたフェイス・フェアトラがこの街を訪れたときに、一宿一飯の恩に置いていったものだそうで、フェアトラの遺産っていうのは、そういうことかと」
「そりゃ確かに、眉唾だね……」
剛堂さんも困った様子で頭を掻いた。
すると鐘鳴君が立ち上がって声を上げる。
「それが本物かとか由来だとか、何か関係あるんですか? 実際にマリンは襲われてるじゃないですか!」
皆が鐘鳴君の顔を見上げる。表情は真剣そのもので、マリンさんへの心配が見てとれた。
「鐘鳴君の言う通りだ。今起きている事態に目を向けるべきだろう。そこで、僕から一つ提案がある。二人とも水都に移り住むことはできないかな?」
「水都ですか」
「ああ。海都より圧倒的に安全だと断言できる。住む場所は魔籠技研で確保するし、鐘鳴君もうちで雇うことができる。魔法学院については水都のいずれかの学院で編入試験を受ける必要があるが、シーガルでやっていけるレベルならば、さほど難しくないはずだ」
剛堂さんはもともと鐘鳴君を保護する目的で海都に来たのだと言っていた。少し回り道はしたが、本題へと入れた形になるだろう。
二人の親密な様子からして、鐘鳴君だけが簡単に水都に移住するとは思えない。実際に襲撃も起きて事態はひっ迫しているといえるし、マリンさんも一緒に誘うのは正しいだろう。
だが、マリンさんの返事は否だった。
「ごめんなさい。ありがたい申し出ですけれど、受けられません。私には、おばあちゃんとの約束があるんです。そのために、今シーガルで進めてる勉強を続けないといけないんです」
「ご家族も一緒で構わない。必要なら僕も説得に協力する。だめかな」
「おばあちゃんは半年前に亡くなっています。両親も早くに亡くしているので、これは私ひとりのこだわりなんです。せっかく親切にしてもらっているのに、すみません」
「いや、謝ることではないが……」
マリンさんが頭を下げ、剛堂さんは困ったように小さく呻く。詳細は分からないものの、故人との約束を理由にされては、あまり強く出られないだろう。
「でも、ハル君は連れて行ってあげてください。お願いします」
「何言ってんだ」
マリンさんの予想外の申し出に鐘鳴君が横から答える。声は強く、少し批難めいた響きがした。
「意味が分からない。襲われてるのはマリンなんだぞ。俺一人で行って、何の意味があるんだよ」
「ハル君、違うよ。そもそもゴウドウさんはハル君を探しに来たんだから。私のことは親切で言ってくれてるの。それに、やっと同じ世界の人に会えたんだよ。行かなきゃだめだよ」
まるで諭すように言うマリンさん。
「そんなことできるかよ。大体、俺がいなくなったら学費はどうするんだよ」
「それは、なんとかするから……」
「何とかってなんだよ。俺はマリンが心配だからこうして――」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ」
激しくなる二人の言葉の応酬に、剛堂さんが待ったをかける。
マリンさんは申し訳なさそうに顔を伏せ、鐘鳴君は出かかった言葉がのどに詰まっているかのように、顔をしかめていた。
何やら複雑な事情を感じさせる内容も聞こえてきたが、このままにしておいても話は進まないどころかもつれていくだけだろう。
「今すぐに決めなくてもいいよ。また来るから。一度よく考えておいてくれないか」
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