第四話 劇的遭遇

 駅舎を離れた僕らは、色彩豊かな海都の街並みを歩いていた。建物も明るいが、白を基調とした石畳も陽光を照り返して非常に明るい。気温も高く、すれ違う人たちは多くが軽装だった。剛堂さんのラフなスタイルは街によく溶け込んでいる。


「ところで、その異世界の方は具体的にどんな人なんですか?」

「おや、ララちゃんは中々乗り気だね」

「私も興味ありますから」

「はい、はい! わたしも興味あります!」

「いいね。じゃあ説明しようか」


 そう言うと、剛堂さんはポケットからメモを取り出した。横から覗いてみたが、ポラニア語で書かれていたため僕には読めなかった。


「報告によれば、その人物は十七歳の男性だそうだ。報告時点では港湾ギルドで働いていることが分かっている。名前はカネナリタダハルというらしい」


 どんな人なんだろう。港湾でどんな仕事をしているのか分からないが、現地の仕事で生活できるほどにはこの世界に馴染んでいるわけだ。

 彼がどうやって海都の仕事に就いたのかは分からない。僕はこちらで能動的に自分の仕事を見つけたわけではないので、異世界で自立できているその少年には素直に感心する。


「それから、シーガル魔法学院の女子学生と接触があるらしいことも分かっている。どうも、その学生の家に寝泊まりしているようだね」


 女子学生の家に寝泊まり……。

 十七の若者が異世界に来て現地魔法学院の女の子と暮らしてるなんて、楽しそうじゃないか……とは軽々しく言えないな。異世界転移は理不尽だ。元の生活から突然切り離され、ワケの分からない環境に放り込まれる。剛堂さんの話にもあったように、命にもかかわることだ。

 それはともかく、初めて聞く学院の名前が出てきた。


「シーガル魔法学院というのは?」

「あれだよ」


 僕の質問に、剛堂さんは立ち止まって街の一画を指し示した。

 遥か先に見えたのは、海沿いに建つ巨大な建造物だ。周囲の建物と比べて圧倒的に背が高く、幅も大きいため、よく目立っている。

 大きな建屋を中心として、広く囲われた一帯が学院の敷地だろうか。街の低い位置にあるので、ここから全体を広く見渡せる。さすがに学院内は海都全体のように色彩豊かというわけではなく、建屋類は白系統の色で統一されているようだった。


「ここらでは一番大きくて、一番優秀な魔法学院だ」

「その学生の名前も分かっているんですか?」

「いや、そこまでは分かっていない。ここまでの情報は港湾ギルドの職員から聞き取りしたものらしいが、職員にも話していないみたいだったからね。そういうわけで、まずは港湾ギルドに行って話をしたい。本人に直接会えたら一番いいんだが」


 僕らは港湾ギルドを目指して海都の道を進んだ。坂を下って海へ近づくにつれ、潮の香りと波の音が強くなってくる。

 やがて観光地から完全に外れたのか、周囲の建物の様相に変化があった。洒落た食事処や店舗は見かけなくなり、外観や彩りをあまり意識していない武骨な倉庫群が目立つようになる。食事処はあるが、現場の従業員を対象にしている広めの食堂ばかりだ。力仕事で鍛えられているのであろう、体格の良い男たちが豪快に飯をかきこんでいた。

 細い路地から怒鳴り声が聞こえてきたり、壁にもたれかかった男たちが余所者の僕らへ睨みをきかせたりするのが分かった。なるほど、治安が良くないというのは確かに肌で感じられる。

 慣れない空気に僕は落ち着かない。ルルもなんとなくそわそわしているようだ。しかし、ララと剛堂さんは平然としていた。場慣れとはこういうことをいうのだろうか。


「あそこが港湾ギルドの事務所だ。早速行こうか」


 剛堂さんの示した先には立派な事務所が構えられていた。忙しなく人々が出入りしており、観光地とは異なった活気を見せていた。


 事務所で問い合わせをしたところ、カネナリという名の人物は船便の荷下ろし作業に従事しているとのことだった。今日は幸い出勤日とのこと。

 事務所で教えられた現場へ向かうと、停泊した大型船から続々と荷物が運び出されているところだった。男たちが木箱を抱えて行き交う。

 現場で指示を飛ばしている責任者らしき人物を見つけ、剛堂さんが少年の所在について尋ねた。しかし、返事は思いもよらないものだった。


「すまねえが、詳しいことは話せねえんだ。カネナリのやつに念押しされてな。自分のことを嗅ぎまわってるやつがいるみたいだから、尋ねてくるやつがいても勝手に色々と教えてくれるなってよ」


 そう言って僕ら一同へジロリと睨みを利かす。


「魔籠技研ってのはこんなガキんちょ連れて仕事するのか? 事情はよく分からんが、あいつが話すなって言うなら話さねえ、悪いが帰ってくれ」


 取り付く島もなく、僕らは追い返されてしまった。責任者があの調子ならば、現場の人たちは皆同じだろう。

 剛堂さんが頭を掻きながら呟く。


「参ったね。まさか警戒されてるとは」

「でも、職場の人が味方に付いてるってのは、なんだか安心しました」


 僕は率直に思ったことを言った。職場に頼れる味方がいるのは良いことだ。この街に根付いた生活基盤が出来ていることを意味している。


「そうだね。前向きに考えないと。ひとまず、魔籠技研の海都支部へ行こうか。滞在中の拠点も支部の宿舎を使えば……」


 唐突に言葉を途切れさせた剛堂さん。見れば、僕の背後へ視線を向けている。

 僕らが振り返って視線を追うと、そこには一人の少女が立っていた。年齢は十代の後半頃だろうか。綺麗な長い銀髪を束ねてサイドテールにして、白い生地に青いラインが引かれたセーラー風なデザインのワンピースに身を包んでいた。手には巾着袋のような物を持っているようだ。


「シーガルの制服ですね」


 ララが言った。

 僕は剛堂さんから聞かされた情報を思い出す。件のカネナリ少年はシーガル魔法学院の女子学生と関わりを持っているらしいとのこと。

 現場の男たちばかりがひしめく港湾地区に、明らかに場違いな制服姿の女子学生。関連付けて考えるのは自然だろう。


「君、ちょっといいかな」


 剛堂さんが話しかけると、少女は脱兎のごとく走り出した。


「待ってくれ!」


 剛堂さんが走り出し、僕らも追う。

 少女は高く積まれた荷物や倉庫の合間を縫って器用に逃げてゆく。


「なんで逃げるんでしょう」

「わからない。けど、さっきの現場で警戒されてたことと関係あるかもね」


 ルルがついてこれなくなりそうだったので、僕が強化魔法をかけて負ぶった。こんなにうまく逃げ続けるということは、相手も魔籠を使っているのかもしれない。魔法学院の学生なら、ある意味当然ともいえた。


 やがて倉庫の間に入り込み、とうとう道は行き止まりになった。追い込まれた少女が、怯えた様子で剛堂さんに視線を向ける。


「どうみても僕ら悪者ですよね、これ」

「ちょっと良くなかったね……とにかく、これから誤解を解こう」


 そう言って剛堂さんが一歩踏みだした時、巨大な水の壁が行く手を阻んだ。

 虚空から湧き出るように出現した水は、不自然にも壁の形を保ったまま剛堂さんと少女の間に立ちはだかっている。考えるまでもなく、何らかの魔法によるものだろう。


「動くな!」


 背後から声。

 僕らが振り返ると、そこには一人の少年がいた。短く切られた黒髪に港湾ギルドの作業着姿。青く輝く腕輪を掲げ、僕らを睨みつけている。水の魔法の術者はこちらの少年だろうか。しかし、尋ね人はおそらく見つかった。彼の風貌からして想像がつく。

 剛堂さんが少年へ向かって歩きながら話しかけ始めた。


「もしや君がカネナリ君かな? 突然で申し訳ない、僕は――」

「動くな」


 少年が再度告げ、剛堂さんは足を止める。

 新たな水の塊が複数出現し、少年の前に浮遊した。それらは鋭い槍の形状をとって、油断なくこちらへとその穂先を向けている。これは相当警戒されているな。状況からして無理もないけど……。


 ララが杖を構えようとするが、僕は手で制した。ララは少し不満そうな顔をしたが、おとなしく従ってくれた。ここで交戦したら誤解は永遠に解けないだろう。


「あんたら、何者だ。彼女に何をするつもりだった? どうして俺のことを知ってる」

「僕の名前は、剛堂仁也。君と同じ世界の人間だよ」


 少年の表情に驚きが広がる。しかし、魔法の構えを解くことはなかった。剛堂さんは説明を続ける。


「こちらは今川君」

「どうも、今川信弘といいます」

「それから、この子たちはルルちゃんと、ララちゃん。こちらの世界の子だよ」


 ルルが「は、はじめまして」と恐る恐る挨拶し、ララは小さくお辞儀をした。


「僕らと同じ世界から来たらしい人物がいるという情報を聞いてね、君に会いに来たんだ。決して、君たちに害を与えるつもりはない」


 そう言って剛堂さんは、無抵抗の証に両手をあげる。

 少年は未だ構えたままだが、少し表情を和らげて言った。


「じゃあ、こないだ襲ってきた奴とは違うんだな?」


 襲ってきた? 何があったのだろうか。剛堂さんは僕に向けて少し首を傾げた。僕も首を振って何も知らないことを示す。


「違う。その件について、僕らは何も知らない」


 しばらく考える様子を見せた後、少年はようやく魔法を解いた。青い腕輪が輝きを失い、制御から逃れた水が地に落ちて水たまりを作る。


「わかりました。あなたたちを信じます。でも、この状況は何なのか説明してください」


 なんとか荒事は避けられたようだ。

 一触即発の事態に、ものすごく疲労がたまった気がする。見れば、苦笑いをする剛堂さんの顔にも明らかに疲れが見てとれた。



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