第三話 海の都へ

「急で本当に申し訳なかったね。でも、今川君には是非とも来てもらいたかったんだ。もともとこちらから誘いの手紙を出していたんだけど、すれ違ってしまったようだ」


 鉄道の一等車。広々とした個室で剛堂さんが言う。

 僕らが向かっているのは海都。ポラニア王国の南端に位置する港湾都市だ。王国六大都市のひとつにして、王国縦断鉄道の終点駅でもある。

 もともと泊まりではあったが、旅程がずいぶんと延長されるようなので、師匠には帰りが遅くなる旨の手紙を出しておいた。剛堂さんが出した手紙と合わせて、事情は伝わるだろう。


「わたしは楽しみです!」


 ルルはとても楽しそうだ。どうやら海都に行くのは初めてらしい。

 ララは、表情だけ見てもよく分からない。少なくとも学都へ行った時のように険悪な感じではないので、特に嫌いな街ではないのだろう。


「ララは行ったことあるの?」

「ええ」

「どんなところ?」


 僕の質問に、ララは少し考えてから言った。


「表通りを離れない限り、特に危険はないと思います。沖に出ると海の魔物が居ますが、街を回るだけなら問題は無いでしょう」

「なんか思ってた返答と違うな……。街の見どころとか特色とか、そういうの期待してた」


 ララの各都市訪問は毎回危険まみれだったに違いない。魔物討伐依頼での移動が主だったみたいだし、そういう着眼点になってしまうのも仕方がないのかもしれないが、夢が無い。


「確かに、ララちゃんの言う通りかもね。大通りや観光名所から外れた路地や港湾施設の周辺は治安があまり良くないんだ」

「だとしても、僕らは観光に行くんだから、特に問題ないですね」

「ふむ……」

「え?」


 なんだか曖昧な剛堂さんの返事に不安を覚える。


「本当に観光なんですか?」


 問うたのはララだ。僕は観光だと思ったからついてきたんだけど……。


「実はね、海都に僕らと同じ異世界人がいるらしいという情報を手に入れたんだ。今回はその人物に会いに行こうと思っている」

「本当ですか!」


 僕は思わず身を乗り出した。僕に是非とも来てほしいと言っていたのは、そういう事情があったのか。


「うん。魔籠技研には各地に支部がいくつかあってね、本業の傍ら、僕らのような異常な魔力を示す人を見かけたら情報を伝えてもらうよう、一部の部下にお願いしているんだ」

「へえ……ってことは僕を除けば初めての成果ですよね」


 学都には南桃花という日本人がいたがギュルレト魔法アカデミーに秘匿されていたから、いかに魔籠技研といえど、発見できていなくても無理はない。

 剛堂さんはポラニア王国にきてから僕が最初に出会った同郷の人だと言っていた。こちらの世界に暮らして長い剛堂さんでもそれ程なのだから、これがいかに貴重な機会か分かる。


「はは、まあそんなとこかな……」


 そう言うと、剛堂さんは少し目を逸らした。

 なんだか曖昧な返事が気になったが、突っ込んで聞くのはよしておく。事情があるのかもしれない。


          *


 翌日の昼頃、ついに列車は海都に辿りつこうとしていた。

 窓を開けると、吹き込む風に乗って潮の香りがした。早速窓から身を乗り出し、進行方向を見る。まず目についたのは建物の群れだ。水都や学都のような高層建築群は見られない。かわりに目立つのは、その色の多様さだ。

 多くの建物に各々異なった鮮やかな彩色がされており、昼の陽光も伴って非常に明るく感じられる。景観だけでも、街全体から陽気なムードが漂ってくるようだ。

 さらに列車が進むと、建物の合間から徐々に煌めく群青が姿を現した。


「海だ」


 この世界の海は初めて見る。

 日光を返してランダムに輝く水面が目に眩しい。この世界でも海は大きいな。


 列車は駅に到着した。ここが鉄道の終点となる。

 駅舎から出ると、列車内からの景色とは違った街の見え方がした。

 海都は海岸沿いの斜面広範に作られていた。陸側から海側へと長い坂道を下るように作られた街は、建物の色彩と相まって壮観だ。駅舎は街の高い位置にあるから見下ろす形になっているが、海上の低い位置から見上げたらもっとすごいに違いない。

 南へ目を向ければ、海にせり出した半島状の平地が遠くに見える。そこには倉庫と思しき大きな建物がずらりと並び、周囲に船が多く停泊していた。港湾施設はあの辺りのことだろうか。


「わあ、きれいな街ですねー!」


 ルルが歓声をあげて走り出し、ララがそれを追った。僕もそれに続こうとした時、剛堂さんに後ろから話しかけられる。


「今川君。今回会いに行く人物についてなんだがね、僕は可能ならば魔籠技研で保護したいと思っているんだ」

「保護、ですか」

「僕は言ったね、こちらに暮らして十二年、君が初めて出会った同じ世界の人間だと」

「はい」


 よく覚えている。水都で初めて会った時の剛堂さんからは、久しぶりに同郷の人間に出会えた喜びがとても強く感じられた。そのおかげで色々と世話を焼いてもらえたからこそ今の僕があると言ってもいい。


「実はね、それより前にも今回のような情報は何度か入っているんだ。その都度、僕も確認に出ている」

「えっ、でも僕が初めてだって」

「そうだ。生きた状態で出会えたのは、今川君が初めてだね」


 僕は返事に詰まる。生きた状態で出会えたのは? では、剛堂さんが今までの確認で出会ってきた人達は……。


「彼らがなぜ亡くなったのか。仕方ない事情もあったと思う。この世界には凶暴な魔物もいるし、治安だってよくない」


 思い出してみれば僕も危なかった。何の準備もなく転移した場所は魔物が潜む森の中で、しかも転移の瞬間からエメラルドグリズリーに襲撃されたじゃないか。たまたま魔籠を持ったルルが傍にいたからよかったものの、そうでなければ間違いなく死んでいただろう。

 剛堂さんは真剣な眼差しを僕に向けて続ける。


「君も、そして僕も同じだよ。幸いにして僕らは比較的強固な生活基盤を作ることができたが、今後どうなるかは分からない。僕らは集まって暮らしたほうがいいと思うんだ。元の世界へと戻れる、その日までね」

「戻る、ですか……」


 そうだった。剛堂さんはずっとその方法を追求して生きてきたのだから。


「無理にとは言わないが、考えておいてほしい」


 剛堂さんは僕の肩をポンと叩くと、歩き始めた。

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