ルルの魔籠収益化大作戦!(二)

 手紙を出した数日後、剛堂さんから返信があった。


「おじさま! おじさま! お手紙来ましたよ!」


 右手に手紙を掲げて、満面の笑みで居間に飛び込んできたルル。席に着く時間すら惜しんで、早々に封を切っていた。全身から期待が溢れて出ているのが見えるようだ。


「おじさまの国の文字です!」


 ルルが僕へ手紙を向ける。僕が日本語で出したから、剛堂さんも日本語で返信してきたのだろう。

 ルルは僕に手紙を押し付けるようにして迫ってきた。僕は手紙を受け取り、ルルに急かされながら席に着く。


「お手紙、なんて書いてあるんですか?」

「待って待って、今読むから」


 ルルは手紙を開いた僕にくっついて手元を覗き込んでいる。

 読めないだろうに、目を輝かせて手紙に熱視線を注ぐルルにあてられたのか、僕はなんだかワクワクしながら手紙を読み上げ始めた。


          *


 今川君、それからルルちゃんへ。手紙をありがとう。


 さて、相談された魔籠の件なんだが、前向きに検討したいと思う。しかし、残念ながら今すぐ入り用の魔籠は無いんだ。申し訳ない。

 僕としてはルルちゃんの魔籠には大変興味があるので、いずれお願いする機会もあるかもしれない。その時は発注させてもらうよ。


 ただ、この返事だけではルルちゃんをがっかりさせてしまうかもしれないね。

 そこで、代わりと言っては何だが、ひとつ興味深い儲け話を教えよう。

 今度、王国縦断鉄道の魔籠機関で使用する、動力魔籠のコンペが行われる予定だ。

 これまでは鉄道の動力源となる魔籠は学都のとある魔籠関連ギルドが独占して納めていたんだが、次回の設備更新から方針が変わることになった。王宮も、物流の要を学都に握られている状況に危機感を持ち始めたみたいだね。


 コンペには魔籠製作の認定さえあれば誰でも参加できる。もちろん、ルルちゃんもOKだ。

 魔法学院やギルドなどのチームから個人の魔籠職人まで、参加者は様々だ。そして僕たち魔籠技研のチームも参加する。

 ここで仕事を得られれば、王宮の調達先に名を連ねることになる。なかなか面白そうだと思わないか?


 詳しい資料も同封するから、参加の意思があれば教えてくれ。

 いい返事を期待しているよ。


 魔籠技術研究所 所長 剛堂仁也


          *


「公共事業のコンペか」

「こんぺ?」

「競争みたいなものかな。一番いい魔籠を採用しますよって感じ」

「参加しましょう!」

「決断が早いな」


 ルルの目が輝いている。もう職人モードに入っているな。

 きっとルルが本気を出せば、そんじょそこらの魔籠には負けないはずだ。僕はルルのちからを信じている。しかし、その魔籠を運用するのは常人だ。ルルの本気の魔籠は、きっと要件を満たせないだろう。つまり、勝てない。


「うーん……」


 僕が悩んでいると、そこに声がかかった。ララだ。


「いいじゃないですか。やりましょう」

「いいとは思うんだけどさ」

「ノブヒロさんの心配も分かりますよ。普通の人が使えない魔籠では勝ち目がないですよね」

「あ、そっか。そうだよね……」


 ルルが声のトーンを落とす。興奮のあまり気が回っていなかったのか。


「普通の人が使うのに難しそうな部分は、私が何とか使えるように置き換えて作りましょう。お姉ちゃんが全部作るよりも性能を落とすことになりますけど、それでも勝ち目はあるんじゃないかと」

「なるほど。ララと合作か」


 性能を引き下げるのが目的の合作というのもなんだか悲しい感じはするが、オーバースペックも考え物だ。そもそも使えなければ道具に価値はないのだから。ルルの才能を世に出すには、これも必要なことなのだろう。


「いいんじゃないか? 二人で作ったらどうなるのか、僕もちょっと興味がある」

「決まりですね」

「じゃあ、剛堂さんには参加ということで返事を出しておくよ」


 僕は手紙に同封されていた資料をルルとララに渡した。

 資料には、競技対象の魔籠に求められる性能や条件についての詳細が記されているらしかった。当然、僕には魔籠の技術的なことは一切分からないので、二人に任せることにする。


          *


 早速、その日からルルの魔籠作りが始まった。

 ルルが自分の役目として始めたいと言い出した魔籠作りだ。基本的にはルルが主体で作業を進めてゆき、一般向けにスペックダウンが必要だと思われるところでララが口出しをするという形に落ち着いたらしい。


 机に噛り付いて紙面とにらめっこするルルを見ているのもとても楽しいが、真剣な表情のルルからは普段と別種の魅力を感じる。

 食事中にも考えているのか、目の前の料理を透かして魔籠を見ているかのようだった。ボトボトとスープをこぼして師匠に怒られる光景もしばしばあり、熱中の度合いが素人の僕にもしっかり伝わってきた。

 夜遅くにルルの部屋から明かりが漏れていたのでこっそりと覗いてみたが、こちらに気づきもせず手元で作業を進めるルルの表情は、なんだかとても楽しそうだった。


 製作を始めて二週間ほどが過ぎた。

 作業中のルルとララに差し入れのお菓子を届けに行くと、部屋の真ん中で不思議な装置が動いていた。

 木から削り出された円盤。その中央には何らかの宝石らしきものが埋め込まれており、これが魔籠であることは察せられた。この円盤が、机に突き立てられた細い棒の先端に水平に置かれ、空中で高速回転していた。


「あ、おじさま」

「おやつ持ってきたよ。調子はどう?」

「いい感じですね」


 ルルが答えて、魔籠へと目を向ける。真剣な表情で魔籠に手をかざしているのはララだ。動作テストといったところだろうか。


「これは何をしてるの?」

「頂いた資料をもとに簡単なモックアップを作ったので、テストをしてます」


 魔籠に手をかざしたまま、ララが答える。

 円盤は回転が速くなったり遅くなったりと、ララの操作によっていろいろな動きを見せていた。細い棒の上にあっても、ブレを全く感じさせない繊細な動きだ。そういえば、魔籠は鉄道の動力源になるといっていたな。これで何かの機関を回すのだろうか。


「まあ、こんなところでいいでしょう」


 ララがそう言うと、装置は動きをとめた。


「完成?」

「完成です。これなら鉄道の人たちでも運用できるでしょう」

「すごいじゃないか。やったね、ルル」

「はい! やりました!」


 あとはこの魔籠がどれほどの成果を出すかだ。ルルの顔は自信に満ちている。それなら、僕も大丈夫だろうと思う。

 ただ、ララだけが少し表情を曇らせていた。


「なんか問題があったの?」

「いえ……まあ、性能的には問題ないので。これでいいと思います」


 現物を見ても僕にはさっぱり分からないが、二人が良いと言うなら問題ない。あとはこれを送って結果を待つだけだ。


「結果が楽しみですね」


 ルルのわくわくした顔が眩しくてたまらない。


          *


 翌週、そこには机に突っ伏して落ち込むルルの姿があった。机の隅には落選を知らせる手紙が置かれている。

 手紙を読む直前までルルから発散されていた元気なオーラはどこへいったのか。このところ職人モードのルルを長く見てきたせいか、より激しく落ち込んでいるように見える。

 とても話しかけられる雰囲気ではないので、僕はララに尋ねることにした。


「一体何が起きたの?」

「性能的には、問題なかったんです……。むしろ完璧でした」


 ララは手紙に同封されていた資料を指し示しながら、説明してくれた。


「他の参加者の試験結果も送られてきたので見ましたが、スペックダウンしてもなお、お姉ちゃんの魔籠が優れています」

「じゃあなんで採用されない?」

「一つだけ、どうしても要求を逸脱してしまうところがあってですね。これはもう、お姉ちゃんが作った以上仕方がないっていうか」

「どういうこと?」

「起動に呪文が要るんです」

「……」

「ダメだと言ったんですが、どうしても譲れないと……」


 魔籠の起動条件に関する要求で弾かれたようだ。ルルらしいと言えばそれまでだが、まあ現実を思い知るうえでもよかったのかもしれない。魔籠を使う人みんなが、僕やララみたいに文句を言わず使ってくれるわけじゃないからね。


「まあ、きっと次があるよ」


 ちなみに、見事採用を勝ち取ったのは魔籠技研のチームだったそうだ。


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