リナ・マジック&ララ・マジック(五)

「やった……」


 リナは膝から崩れ落ちた。興奮で全身が震えて収まらない。

 中央の巨木から力なく垂れさがる太い蔓が色褪せ、そして剥がれ落ちてゆく。未だ現実感が無いが、確かにリナの魔法が大物の敵を打ち破ったのだ。


「やるじゃない。感心した」


 声に顔を上げれば、そこには見知った姿があった。

 木漏れ日が金の長髪に当たって光が散らばる。澄んだ青い目も、強さに似合わぬ小さな身体も、王都で会っていた頃のままだ。

 ララが手を差し伸べてきたので、リナはそれにつかまる。そのまま助け起こされるも、まだ膝が震えてしっかり立てない。


「だけど、ほとんどララちゃんが」

「そんなの気にすることないから。ずっと見てたけど、かなり上手にやってた方よ。それに、あいつを見捨てなかったのも偉い」


 ララの視線の先には、仰向けに横たわるゼルの姿。枯れた蔓が絡まったまま気を失っているようだった。


「助けてくれたのはララちゃんだよ。それに私、ゼルのこと見捨てそうだった」

「でも、見捨ててないじゃない」

「だけど――」

「細かいこと気にしないの。助けられた方にとっては、助かったっていう結果が全てなんだから」

「うん……」


 これ以上どうしようもない話をしても意味はないので、リナはとりあえず納得した。ララの言うことは間違ってはいない。それでも、一つだけ聞いておかなければいけないことがあった。


「ララちゃんは、私のこと足手まといだって思ったことある?」

「どうしたの急に」

「私、さっきゼルのこと足手まといだって思ったの。それで、ララちゃんも私と戦ってるとき同じように思ってたのかなって」


 ララは顎に指を添えて「うーん」と考える。

 リナは俯いて答えを待つ。聞かなければよかっただろうか。

 少しして、ララは答えた。


「ある」


 心臓が止まりそうになる。


――あいつもお前のこと足手まといに思ってたかもしれねーぞ。


 ゼルの言葉が思い出される。その言葉通りだったのだ。勝手に認められた気になっていた自分はなんと愚かだったのかと、恥や後悔が湧きはじめる。リナが顔を上げられないでいると、ララは話をつづけた。


「足手まといってのはちょっと言い方が悪いと思うけどね……。実力が違う人が組めば多かれ少なかれ、そんな感じになるものでしょ」

「私、迷惑に――」

「それは違う」


 リナが言いかけた言葉を、ララが即座に遮った。


「私は、必要だと思った時にしかリナを呼んでないよ。迷惑なんて思ったことない」

「じゃあどうして」


 リナが顔を上げると、ララは表情を柔らかくして続ける。


「だって、ずっと一人で戦うのは寂しいでしょ」


 普段のララからは想像できない言葉だった。少なくとも、リナはララが弱音を吐くのを見たことが無い。誰も届かない高みで戦う、孤高の存在だと思っていた。


「実はね、今日もを一人連れてきてるの。まあ、リナの大活躍で出番が無くなっちゃったみたいだけど」


 そう言って背後の繁みに少し視線を向ける。あの奥に誰かいるのだろうか。リナも顔を向けるが、姿は見えなかった。


「迷惑かけてたのは、むしろ私の方。危ないところにリナを連れまわしてたんだから。どう? 私のこと迷惑に思った?」

「ぜんぜん、全然そんなことない!」

「そっか。じゃあ良かった」


 ララはそう言うと、話は終わったとばかりに広場を歩いて砕いた魔籠を集めて回り始めた。リナも慌てて続く。

 回収作業を続けながら、ちらとララの様子を盗み見る。横顔からどことなく優しさのようなものを感じるのは気のせいだろうか。学院に命じられた仕事をこなしているとき、ララが柔らかい表情を見せることは稀だったように思う。

 やはり、王都を出てからララは何かが変わったようだ。


          *


「じゃあ、私は先に戻るから。そこで伸びてるやつが目を覚ましたら、一緒に戻ってしっかり報告しておくこと」

「ララちゃんはいいの? 報酬とか」


 リナの手には集め終わった大量の魔籠の残骸が収まった袋があった。親玉の巨大な魔籠に加え、取り巻きのジルコンヴァインの群れが持っていた大量の魔籠でずっしりと重い。


「私は勝手に来ただけで仕事を依頼されたわけじゃないから。時期的に、そろそろ増えて困ってるころかなって思ってね。親玉がいたのは驚いたけど」

「そうだったんだ」

「うん。それじゃあ、また」

「またね、ララちゃん」



 ララの背中が茂みに消えて見えなくなったあと、ゼルが目を覚ました。


「やっと起きた。早く戻るよ」


 ゼルは絡まった蔓を引きはがしながら立ち上がり、信じられないものを見るような目で巨木を見つめる。太く強靭に絡みついていた大物の魔物が無残に朽ち果てていた。


「これ、お前がやったのか……」


 最後に大物を仕留めたのは確かにリナだが、ララのアシストあってのことだ。どう答えたものか迷っているうちに、ゼルは歩き始めてしまった。


          *


 二人で森を抜けて、皮革の町へ戻る。

 ヴァンランド卿の屋敷へ向けて大通りを歩いていると、通りに面した食事処から声が聞こえてきた。


「あっ、おじさま! ララ! 二人とも、だいじょうぶでしたか? けがはないですか?」

「うん。っていうか、そもそも出番が無かったよ」

「そうなんですか?」

「リナが倒しちゃいましたからね」

「リナさん……?」

「ララの友達だよ」

「ええ。友達です」

「ええっ! そんなぁ、わたしも行けばよかったです。ララのお友達とお話したかったなあ」

「無茶言うなよ。危ないんだから」

「お姉ちゃんもちょっとだけ会ったことあるよ。ほら、王都に来た時――」


 賑やかに話す三人組の姿。

 王都で見かけた、あの二人だった。ララと対立して死闘を繰り広げたあの二人が、今は和やかな雰囲気の中で三人、談笑している。


「友達……」


 前を歩くゼルが突然立ち止まる。よそ見をしていたリナは、ゼルの背中に顔をぶつけた。

 リナが一体どうしたのかと訝しんでいると、ゼルがこちらに背を向けたまま言った。


「……ごめん。お前がいなかったら死んでたよ。ほんとに強いんだな」


 あの威張り散らしてばかりのゼルがこんなことを言うとは。リナが唖然としていると、ゼルは照れているのか「それだけだ。早く行くぞ」と小さく呟いて歩き出した。

 なんだか悪い気分ではない。リナも思わず口元が緩んだ。


 もう学院にララはいない。

 きっと、新しいを見つけて、リナのことも必要としなくなっただろう。

 それでも、なんとかやっていけそうな気がした。

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