リナ・マジック&ララ・マジック(四)
川沿いに進み続け、リナとゼルは大森林の中央付近に到着した。魔物の繁殖が最も激しいとされている場所である。
そこは森の中にできた広場のような場所だ。密集していた木々は退き、柔らかな草地が広がる。降り注ぐ陽光も増えて明るくなった。
そして広場の中央には、巨木が鎮座していた。
背丈、太さ、どちらも広場を囲む森の木々より圧倒的に大きい。しかし、その葉は萎れて色褪せ、散り散りとなっている。立ち枯れているのだ。
リナは枯れた巨木を観察する。立ち枯れの原因は明らかである。巨木に絡まり、広場のあちらこちらへと蠢き伸びる蔓。植物の魔物、ジルコンヴァインだ。
張り巡らされたそれらは広場を囲む森の木々まで伸びて絡まっている。しかもその蔓はこれまでに見たものよりも太く頑丈に見えた。特別に強い個体だろうか。
木から木へと伝う蔓の群れに覆いつくされた広場は、まるで緑の蜘蛛の巣に絡めとられてしまったかのようだ。
「見て。あの真ん中の木に絡んでるやつ、特に大きい」
「ああ……」
ゼルはリナの背後にぴったりと付いてきょろきょろするばかりだ。戦闘ではあてにならないだろう。かといって放置もできない。自分が下手に名前を出したから、ゼルはここにいる。
ララはこんなに大変なことをずっとやっていたのか。
ゼルを守りながら、勝たなければ。自分にできるだろうか。
「う、うわっ!」
背後でゼルの声。
見れば、忍び寄ってきた蔓の一本がゼルの首に絡みつこうとしていた。
咄嗟に魔法を撃ちこみ、蔓を断ち切る。そして、それが開戦の合図となった。
攻撃を受けたことで敵も一斉にこちらを標的としたようだ。森の騒めきが大きくなり、周囲で蔓が不気味に蠢きはじめた。
四方八方から蔓が襲い来る。リナは必死に魔法で撃ち落とすが、これではジリ貧である。元を断たない限り意味が無い。
焦りながらも目についたジルコンヴァインの魔籠を撃ち抜いてゆく。しかし、襲いかかってくる蔓を落としつつ、しかもゼルを守りながら出せる攻め手には限度がある。これでもリナとしては自分史上最高のファインプレーをしている状態であった。
――ララちゃんだったら……。
ララだったら、こんな時どうするのだろうか。いや、どうしていたのだろうか。
背後に弱いリナを連れたまま、一体どうやって戦っていたのだろうか。
いくら考えてもダメだった。ララとリナでは元々できることに違いがありすぎる。どんな魔法もその場で組み上げて自由自在に戦うララ。
対してリナはごく平凡だ。学院から与えられた標準的な杖が一本。使える魔法は限られている。魔力だって、ララのように強くはない。
ゼルさえいなければ。
そう思いかけたところで、ゼルの言葉がフラッシュバックする。
――あいつもお前のこと足手まといに思ってたかもしれねーぞ。
足手まといなんて思ってはいけない。リナは頭に浮かんだ考えを無理矢理追い出す。
そう思ってしまったら、ララにとって自分が同じような存在だったと認めてしまうような気がしたから。
迷いが行動を鈍らせたか、リナの防御をすり抜けた蔓の一本が、逃げ惑うゼルの腕に巻きついた。
「うああああぁっ! うああっ!」
ゼルが杖を滅茶苦茶に振りながら魔法を放つ。複数の魔法が込められた高価な杖から、火球に氷塊、光弾が無秩序にばら撒かれる。
「ちょっと、落ち着いて! 危ないから――」
言葉の途中、放たれた光弾の一つがリナの腕に命中した。
「痛っ!」
杖をとり落とすリナ。すぐに拾おうとするが、足元に伸びた草に埋もれてすぐに見つからなかった。
抵抗手段を無くしたリナを魔物は見逃さない。ここぞとばかりに殺到した蔓に足をとられ、視界が逆転する。逆さ吊りにされてしまったのだ。
魔籠なしでは手も足も出ない。しかも、自分を縛っているのは中央の巨木から伸びた強靭な蔓だった。強化魔法のかかった腕力でも引き千切れそうもない。
「ゼル! 助けて!」
一縷の望みをかけて呼びかけるが、すぐに無駄だと分かった。視界の端でゼルも吊り上げられていたから。
無様に吊られたまま、リナは巨木へと引き寄せられていく。
一巻の終わりだ。足に続いて、腕にも胴にも太い蔓が伸びてくる。四肢をもがれるのも時間の問題だろう。それとも絞め殺されるのだろうか。もしかしたら絡みつかれたまま養分にされるのかもしれない。どれも酷く苦しそうだ。
ぎゅっと目を閉じる。
瞼の裏で光を感じる。強い光だ。
はっとして目を開く。
閃光の豪雨が降り注ぎ、蔓という蔓を焼き切っていく。輝きが魔籠を穿ち、森を捉えていた魔物の群れが見る見るうちに枯れ果ててゆく。
こんな芸当ができる魔法使いを、リナは一人しか知らない。
リナを縛めていた蔓も焼き切られ、久しぶりに地面に降り立つ。
突如として現れた難敵に狙いを変更したか、生き残ったジルコンヴァインたちが一点に向けて蔓を束ねて襲い掛かる。その先には、懐かしい姿。
外套が翻り、金糸のような髪が揺らめく。光が不思議な模様を宙に描くと、不可視の力が蔓の束を糸くずのように易々と断ち切った。
次いで、流れるような反撃。地を揺るがすほどの猛攻に、ジルコンヴァインは止めどなくその数を減らしていった。
「ララちゃん……」
ララはリナの方へ顔を向けると少しだけ微笑み、何かを投げてよこした。リナが慌てて受け取ると、それは先ほど取り落とした魔籠の杖だった。
ララは広場の中央へと視線を向け、リナもそれに続いた。
猛攻の中をたった一体だけ生き残った。否、生き残らされた大物。巨木に絡みついたジルコンヴァインの親玉だ。一瞬にして孤立したそれは、焦りのせいか怒りのせいか、強靭な蔓をしきりに蠢かせていた。
リナは杖を握りしめる。
ここからは自分の仕事だ。
リナは杖先から光弾を放つ。狙いは巨木、蔓が特に密集している辺りだ。敵は弱点の魔籠を守っているに違いない。
攻撃を仕掛けたリナに対し、ジルコンヴァインは即座に応戦を始める。
蔓の連撃。鞭のように打ち付けてくるそれらを跳び跳び回避しながら、少しずつ敵の守りを削ってゆく。敵が一体ならばなんとか立ち回れそうだ。
攻撃を避け、撃ち落とし、隙を見て反撃。
何度目かの攻撃を浴びせたとき、枯れた巨木に半ば埋まるようにして鎮座する魔籠が姿を現した。陽光を受けて強く輝く巨大な宝石。
敵も残った蔓を殺到させてリナを仕留めにかかる。
ぎりぎりまで敵の攻撃をひきつけ、寸でのところで跳躍。蔓束は誰もいない地面を穿った。敵の守りはがら空きだ。
「はあぁっ!」
一撃に渾身の魔力を乗せる。
鋭い閃光が宝石を貫いた。
煌めく欠片を散らしながら、ジルコンヴァインの親玉はその身を枯らしていった。
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