リナ・マジック&ララ・マジック(三)

 驚くべきことに、依頼主のヴァンランド卿より、王都まで迎えの車が来た。馬車ではない。魔籠式の自動車だ。

 一回りも二回りも技術が進歩している学都ではありふれている自動車であるが、学都周辺地域以外で見るのは珍しい。学都は先端技術を都市外に出すことについて極めて慎重だからだ。しかし、あるところにはある。ヴァンランド卿の力の一端が感じられる出来事であった。

 リナはララと共に学都へ行ったこともあるので、自動車の旅も初めてではない。しかし隣に座るゼルはそわそわし続けていた。


 馬車とは比べ物にならない早さで、リナたちは皮革の町に到着した。

 大森林に囲まれ、町の中を川が横切る。材木と皮と水の資源に恵まれた町だ。道行く人々に猟師らしき出で立ちの者を多く見かける。張られた皮が店舗の外にいくつも並んでいるのも皮革の町ならではの特徴であろうか。

 車は開けた大通りをゆっくりと進み、やがて町の最奥にある豪邸の敷地へと進入してゆく。この屋敷こそが、領主ヴァンランド卿の住まいである。


          *


「よく来てくれた。王立魔法学院の魔法使いたち」


 リナとゼルは通された部屋でヴァンランド卿と向かい合う。勧められたソファはもちろん革張りだ。


「しかし、今回はララ嬢ではないのだな」

「ララちゃんは、学院を辞めまして」

「なんと。そうだったのか……」


 ヴァンランド卿が、顎をさすりながら言う。彼の熊のように立派な体躯に圧倒されたのか、自分よりも強い権威に怖気づいたのか、隣のゼルはしどろもどろしっぱなしだったので、応答はリナが行った。


「残念なことだ。ララ嬢はまさしく鬼神のような魔法使いであったからな。人形のように整った慎ましい体に、信じられないほど強大な力を秘めていた。王国広しと言えど、ララ嬢に敵う魔法使いはそうそうおるまい」

「私もそう思います」


 ララの魔法を実際に見た人間なら、誰でもそう思うだろう。魔物の討伐を依頼するならば、ララ以上に信用のおける者はなかなかいないはずだ。


「しかし、君たちも栄えある王立魔法学院の魔法使い。その実力を疑いはしないよ」

「ははは……」


 どうやらヴァンランド卿は王立魔法学院の実態をよく知らないようだ。あるいは、本当に誇ることのできた昔の姿を思い描いているのかもしれない。


「それで、依頼の内容なんだが、ある程度は聞いているかな?」

「はい。森で大繁殖した魔物の駆除だとか」

「そうだ。増えている魔物は、ジルコンヴァインと呼ばれる、植物の魔物だ」

「聞いたことがありませんね」

「だろうな。今のところ、ここらにしかいない魔物らしい。五年ほど前に学都の学者集団が森に入って以後、姿を現した。間違いなく奴らの置き土産だ」


――なるほど。


 リナはララがこの仕事を受けていたわけが分かった。ララは学術研究のために周囲の被害に頓着しない学都のことをとても嫌っていたからだ。


「あちこち蔓を伸ばして森に潜んでいる。核になっている魔籠を壊さないと際限なく成長して、森の獣にも襲い掛かるんだ。倒したらさっさと枯れるから、素材にも食料にもならん。倒すために魔籠も壊さざるを得んから、魔籠を売る手も使えん。本当に腹の立つ魔物だよ」

「わかりました。私たちが請け負います」

「ああ、頼んだよ」


          *


 リナとゼルは町を離れ、大森林へと踏み込んだ。

 大繁殖したジルコンヴァインの駆除。特に繁殖の規模が大きい森林の中央部を重点的に行うことになっている。全滅を狙うことは不可能なので、あくまで数を減らすことに注力せよとのヴァンランド卿の指示だ。

 川沿いに森を進んでいると、繁みの奥から蔓が伸びてきてリナの腕に絡まった。


「っ!」


 即座に腕を振って引き千切る。植物の魔物だけあって、とても脆い。身体強化の魔法をかけていればなんとかなる。しかし一体の広がりが大きく、魔籠を砕かないと倒せないのは厄介だ。

 リナは千切った蔓が伸びてきている方向に当たりをつけ、魔力を探る。そして木々の向こうに光る石を見つけた。日光を受けて微かに煌めく宝石、魔籠だ。

 リナの杖から白い光線が迸り、的確に魔籠を貫いた。瞬間、リナに襲いかかろうとしていた他の蔓が一斉に枯れて地に落ちた。


「ふぅ……」


 一体ずつなら苦労はなさそうだ。しかし急がなければ、深い森の中で夜になっては困る。リナは砕いた魔籠を拾い集めると再び歩き出した。


「ちょっ、おい! 待てよ、おい!」


 騒がしい声に振り返れば、ゼルが足に絡みついた蔓に四苦八苦していた。必死に足を振っているが、無駄なことだ。いくら細くて脆い植物の蔓とはいえ、魔法で強化されている。まともに強化魔法もかけられないゼルでは振り払うなど不可能である。与えられている高価な魔籠は宝の持ち腐れだ。


「何でもいいから、魔法を当てれば千切れるよ」

「くそっ!」


 ゼルの放った魔法は明後日の方向に飛び、無関係な木の枝を一本折るだけだった。そうしているうちにも他の蔓が伸びてきてゼルに絡みついてゆく。


「助けろ。助けろって!」


 リナは一つ溜息をつくと、杖を振った。光弾が複数飛んで蔓をすべて切断する。視線で蔓を辿り、根元に光る魔籠を発見、破壊した。


「助けるのが遅えよ!」

「……」


 うんざりだ。これならリナ一人の方が効率がいいのではないだろうか。ちょっとした嫌がらせと思ってゼルの名を出したが、愚かだったようだ。

 ララを手伝っていた時は違った。もっと楽しかったし、ララの魔法からたくさん学んだ。


「ララちゃんがいたらな……」


 ぽつりと呟く。

 枯れた蔓を振り払って追いついてきたゼルが、それを聞いて言う。


「どうかな、あいつもお前のこと足手まといに思ってたかもしれねーぞ」


 リナの心に冷たいものが刺さった。

 そんなこと考えてもみなかった。しかし、ゼルの言ったことはそれほど間違っていないのではないだろうか。ララとリナの実力差は、リナとゼルのそれとは比べ物にならない。


 実際のところ、リナがいなくてもララは余裕で魔物を倒せる。むしろリナに気を配らなければならない分、効率は下がっていたのではないだろうか。それは、今リナがゼルに思ったことと同じだ。


「で、でも、ララちゃんの方から私を連れてってくれたし……」

「お前が構ってほしそうな態度とってたんじゃないのか?」


 そうだろうか。

 言われてみれば、そういうところもあったように思えてくる。

 たくさんの学生の中から、ララに声をかけてもらった数少ない学生の一人がリナだ。それで特別扱いされたような気分にならなかったかというと、嘘になる。

 あの有名なララと友人。しかも凡俗の自分が。嬉しかった。


 王都に現れた、ララの双子の姉を思い出す。あの冷静沈着なララを、たった一度会っただけであれほど動揺させた人物。

 凄まじい魔力を持った男性を思い出す。誰も敵わなかったララを、ボロボロになりながらも苦戦させた人物。

 本気のララを前に一歩も退かなかった二人。負けないと啖呵を切った二人。そして、ララは王都を去った。ララの方から声をかけてくれた弱い自分ではなく、戦いを挑んできた強い二人について。


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