リナ・マジック&ララ・マジック(二)

 ある日の終業後、リナが教室で片づけをしていると、そこに一人の男性教員が現れた。


「リナという生徒はいるか?」

「私ですけど」


 リナの返事を聞いた教員は自分に付いてくるように指示すると、足早に歩き始めた。リナも慌てて後を追う。

 そうして辿りついたのは、なんと学院長室であった。


「し、失礼します……」


 わけもわからぬまま学院長の前に出るリナ。引率の教員は退室し、部屋には二人だけになってしまった。


「突然呼び出してすまないね。まあ、楽にしてくれ」

「はい」

「実はね、君に一つ頼みたいことがあって呼んだんだ」

「頼みたいことですか」

「ああ。君はヴァンランド卿を知っているかな?」

「ええっと、確か皮革の町を治めている領主様ですよね」

「そうだ」


 皮革の町。王都をずっとずっと西へと進んだところにある、高品質な皮革の一大産地だ。大森林を領内に有し、そこに棲む動物から得られた皮革が主産業である。革製品の加工技術も随一で、著名な職人の多くは皮革の町を拠点にしている。


「そのヴァンランド卿から魔物討伐の依頼が入っている。君には皮革の町へ赴き、依頼をこなしてもらいたい」

「えっ、ちょっと待ってください。私、魔物退治なんて……」

「君はララ君の付き添いとして、同じような依頼を何度かこなしたことがあるだろう」

「そうですけど、あれはほとんどララちゃんがやっていました」


 あちこちを飛び回って魔物の討伐依頼を受けていたララは、補佐としてリナを連れていくことがたまにあった。といっても、ララが受けていた依頼全体と比べたら微々たるものであるし、そもそも付き添ったとしても、実際に働くのはほとんどララだった。


「それに、皮革の町にもヴァンランド卿の兵隊がいるじゃないですか。それで手が追えないなら普通は王国軍に依頼するんじゃないんですか?」

「あの一帯の魔物は、たまにヴァンランド卿の私兵では対処できないくらい大繁殖することがあるのだが、その度にうちが討伐を請け負うのが慣例になっていてね。今まではララ君が対応していたんだ」

「ララちゃんはもう居ませんけど……」

「そんなことは分かっている。だが、引き受けないわけにはいかんのだ」

「どうしてですか? できる人が居なくなったら、断ると思うんですけど」


 学院長は少し唸って黙る。理由はなんとなく察せられる。ヴァンランド卿はとても力のある地方領主だ。王立魔法学院に対して、なんらかの貸しがあるか弱みを握っているのだろう。


「とにかく、引き受けてくれ」


 結局、強引に押し進めることにしたようだ。いまはお願いという立場をとっているものの、学院側にはいくらでもリナを動かす手立てがある。学院の籍が惜しいのならば断ることなど不可能だと、さすがにリナも悟った。しかし、ただ危険地帯に送り込まれるだけというのは癪である。そこで一つ付け加えることにした。


「……それなら、せめてもっと腕の立つ人を送ってください。私はその補佐としてついて行きますから」

「我々は学生の経験と成績をもとに、君が適任と判断した。君は素晴らしい魔法の技能を持っている。君一人でも問題ないと思っている」

「素晴らしい魔法の技能? 実技の成績なら、私よりも立派な人が大勢いますけど、どうしてその人たちには頼まないんですか?」


 そんなことは分かりきっている。リナより上位にいる大勢の者たちは、実際のところ成績と技能が伴っていないからだ。金で技は買えない。

 言葉に力が入る。普段から溜め込まれた不満が飛び出ようとしているのか。リナは無意識に拳を握りながら問い続ける。


「しかしだね……それは困るよ。適切な人材が――」

「どうして困るんですか? 私の成績は下から数えたほうが早いくらいですよ。この学院は私より優秀な生徒ばっかりです。適切な人材で溢れかえってるじゃないですか」


 成績上位の学生というのは、即ち高い地位を持つ学生だということ。うかつに危険地帯に送り込むようなことがあれば、親である上級貴族から学院に苦情が入るのは必至。しかし、リナも折れるわけにはいかなかった。


「そうですね、優秀な人がたくさんいすぎて迷うと思うので、私の方から指名します」

「それは、誰かね」

「ゼルです。ゼルグランド・ファーメイスを指名します」


          *


 リナが魔物の討伐依頼を受けた翌日、早速ゼルの様子がおかしくなった。

 実技の練習中なのにそわそわと落ち着かないし、いつものように周囲に威張り散らすこともない。口数は少なく、ただでさえ安定していない魔法のコントロールは壊滅レベルに落ちていた。

 明らかにいつもと違うゼルの様子に、彼の取り巻きも困惑しているようだ。


「なんかゼルのやつおかしくない? いや、いつもおかしいんだけどさ」


 デイジーがひっそりとリナに話しかけてきた。

 二人でゼルの方を見ていると、視線に気が付いたのか、ゼルがこちらへ向かってきた。


「おい、お前」

「何?」

「どういうつもりだよ」

「何のこと?」

「とぼけんなよ! ヴァンランド卿の依頼のことだよ」

「ああ、あれね」


 やはりゼルにも魔物の討伐依頼がとんだようだ。そして断ることができなかったらしい。

 リナとしては言うだけ言ってみただけだったが、こんなに簡単に要求が通るとは思っていなかったので、内心驚く。ゼルの家はそこそこの名家のはずなのに、どうして討伐に出されるようなことになったのだろう。


「嫌なら断ればよかったのに。お父様にお願いしてさ」

「言ったよ。そしたら、父上に行けって言われたんだよ! 武勲を立てるチャンスだとか喜び始めて、くそっ。何なんだよ!」


 リナは合点がいく。ゼルの実際の実力を、その御父上は存じ上げないのだろう。成績通りの実力があるなら、確かに依頼はこなせるかもしれない。寄付金と忖度でついた成績を見るうちに力が付いたと勘違いでもしたのだろうか。


 うろたえるゼルを見ていると少しだけ気分がすっとしたが、リナ自身にも不安はある。果たして無事に依頼をこなせるかということだ。

 ララの付き添いとは違う。ゼルはあてにならないだろうから、ほとんど自分で何とかする必要があるだろう。

 自分で招いた部分もあるとはいえ、先が思いやられるリナであった。

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