第十九話 尽くす者たち

 ルルもフロド王子も見当たらない。

 目の前で手品のように掻き消えてしまった二人を探して、僕は広場の真ん中できょろきょろと首を回して焦っていた。

 フェアトラ復権会の集団に阻まれて、あの時の二人の行動は見えなかった。集団に巻き込まれたのか。それとも自らどこかへ移動したのか。だとしたらどの方面へ? この広場は東西南北に大通りが貫き、大通りからはさらに路地が分岐している。どこを探せばいい?


「ノブヒロさん!」

「ララ!」

「どうしたんですか! 二人は?」

 戻ってきたララの声には明らかな焦りが滲んでいた。表情にも動揺が見てとれる。その不安は一瞬にして僕にも伝播した。何か尋常ではないことが起こっている。

「ごめん、見失った」

 ララは舌打ちして、一層表情を強張らせる。

「早く二人を見つけないと」

「そっちはどうした。護衛の人は?」

「気を失っています。三人とも。なんらかの魔法で襲撃を受けたようです」

「襲撃……」

「察知できなかった。ずっと補足していたのにっ……!」

 ララが歯噛みする。

 王族付きの護衛を三人も、しかもララほどの魔法使いに補足された対象を気取られず無力化する技量。明らかに尋常な者の行いではないだろう。

 そしてその者は明確な敵である可能性がある。人を無差別に狙う魔物とは違う恐ろしさ。姿も目的も見えない正体不明の敵。


「私は両親に祭りの中止を進言してきます。ノブヒロさんは二人を探してください」

「分かった」

 早口で指示を告げると、ララは屋敷の方へ向けて走り去った。その背中を見送りながら、僕も考える。

 敵はおそらく凄腕の魔法使い。もしかしたらララに匹敵するかもしれないくらいだ。早く見つけなければ二人が危ない。しかし、どこを探せばいいのか。当てずっぽうに探すにはこの町は大きすぎる。

 僕はポケットからスマホを取り出して久しぶりに電源を入れた。学都で充電してもらってからはほとんど起動していないので、バッテリーはまだなんとか残っている。写真データからルルを写したものを呼び出し、画面に表示した。

 僕は広場を行く人に話しかけ、スマホを見せて尋ねる。

「すみません、この女の子を探しているんですけど。どこかで見ていませんか?」

「え、なんだい? これは」

「お願いします。時間が無いんです、この子を知りませんか?」

 こんな方法しかない。しかし、立ち止まっているわけにもいかなかった。


          *


「即刻祭りを中止してください」

 麦畑の町北端、屋敷の門にて睨みあっているのはララとその父、オークマレット卿だ。

 突然現れたララに驚きを隠せないミルトとラミカを背に、オークマレット卿は続ける。

「いきなり飛び込んできたかと思えば、ワケの分からないことを抜かす」

「王子の護衛が襲撃を受けているんです。王子が狙われているんですよ! 王子の身に何かあれば、あなたにも立つ瀬がないでしょう」

「私を脅しているのか?」

 空気がひりつくような睨み合い。

 ララは焦っていた。こんなところで呑気に立ち話をしている場合ではない。王子どころかルルにも危険が迫っている可能性があった。協力が得られないのであれば、すぐにでも信弘に続いて捜索に加わらなければならない。

「北星祭は単なるお祭り騒ぎではない。領地の安全と繁栄のため、王国と教会によって課せられている義務だ。当然、お前も知っているだろう」

「はい……」

「今回の第三王子の訪問は第三王子殿下個人の決定によるものだ。訪問に係わる責任の所在は第三王子殿下個人にあると確認の上で受け入れをしている。よって、第三王子殿下個人のために北星祭の実施を妨げることは、王国と教会に対する義務不履行となるわけだ。言っていることが分かるか? 私には北星祭をどうこうする権限など無いということだ。どうしても中止したいのであれば王宮と教会にかけあうことだな」

 北星祭の実施は領地を守る者の義務。今、各地の主要な教会で同じように行事が催されている。北星祭による儀式魔法の行使は健全な国土を維持するために不可欠だからだ。

 いくら王子の身といえど、王国と教会の権限を上回るものではない。どちらが優先されるかとなれば決まっている。

「だが、私の領地で殿下の御身にもしものことがあれば……それは好ましくない。町の衛士には捜索を命じておく」

 それだけ言い残すと、踵を返して屋敷へと歩き始めた。


「旦那様!」


 そこに立ちはだかったのはミルトであった。

「そのお役目、わたしにも命じてください」

「ミルト……」

 ラミカが目を剥き、ララも思わず立ち尽くす。王都では命令に従ってルルを追い出し、家出しようというララの前に立ちはだかったミルトが、今は主君に楯突いている。

「だ、旦那様は先ほどから王子様のことしか言わないですけど、もしかしたらルルちゃんも危ないかもしれないんですよ! ご自分で探しに行こうとは思われないんですか?」

 ミルトの声は若干震えていたが、その眼差しにぶれはない。冷徹に見下ろす主君に対して一歩も引かない心が見えた。

「……僭越ながら、その任、私にも仰せ付け頂きたく」

 場の視線がラミカへと移る。

 ラミカはただ頭を垂れて答えを待つ。

「ルルお嬢様の危機とあらば……」

 沈黙。遠く雑踏だけが風に乗って吹き抜けてくる。重苦しい空気の中、放たれた指示は果たして――

「好きにしろ」

 硬直したままのミルトをすり抜け、今度こそ屋敷へと姿を消した。


「ふぃー……」

 情けない声を出しながら、ミルトがその場にへたり込んだ。

「やっちゃったよお。お給料下がるかなぁ……」

「座り込んでいる時間はありませんよ」

 ラミカに手を引かれ、ミルトは立ち上がる。その時には、すっかり顔は引き締まっていた。

「ララお嬢様。微力ながら私たちも協力いたします」

 凄まじい覚悟を見せた頼もしいメイド二人の姿、ララは急いでいることも忘れて見入ってしまった。

「さあ、何なりと申し付けください」


          *


 僕は町の西方面を捜索していた。

 ルルの写真をもとに広場で聞き込みを続けた結果、一つの手がかりが得られたからだ。


――ああ、この子ね。西大通りの方へ歩いて行ったよ。同い年くらいの男の子と一緒だったかな。とても身なりがいい子たちだったから、よく覚えてるよ。


 手がかりをくれたのは、ルルとフロド王子が食べていた菓子パン屋台のおじさんだった。

 彼は移動してきたフェアトラ復権会に追われるようにして西へと進むルルたちのことを覚えていた。


 西の大通りでも同じように聞き込みを続けて消息をたどったが、途中の細い路地へ入ったところで目撃情報は途切れてしまった。僕も同じ路地へ潜ってみたものの、その路地は人通りがほとんどなく聞き込み作業は頓挫してしまった。その後は細い路地をしらみつぶしに見て回ったが、成果はない。

「くそ……」

 走り疲れた僕は路地の壁にもたれて後悔に苛まれた。

 どうして広場で見張っていた時に、もっと気を付けられなかったんだ。ララには目を離すなと言われたのに、そんなことすら出来ないのか。それ以前に、ルルが一人で旅立つと言った時にどうして止めなかったのか。どうして付いて行かなかったのか。僕はバカだ。

 顔を上げてみれば、すでに空は夕日に照らされている。今にもルルに魔手がかかろうとしているかもしれないのに。


「ノブヒロさん!」

「ララ!」

 途方に暮れて大通りへと戻った僕に、ララの声が届いた。僕と同じく、時間に焦りを募らせているのが伝わってくる。

「どうでしたか?」

「西方面へ来たらしいことは分かったけど、そこまでで」

 僕は聞き込みで得た目撃情報と、その追跡過程を説明した。

「そうですか。こちらも、祭りの中止は無理でした。ただ、捜索の人員はもらえたので、今は手分けしているところです」

「そうか。こっちの路地はあらかた探したと思うけど、入り組んだ細いところは全部網羅できているか分からない」

「わかりました。ひとまず西方面の裏路地や空き家を重点的に探すようにしましょう。あと探していないところはどこか……」

 ララの視線は大通りの先、夕日に揺れる麦穂の群れへと向けられていた。

「外か」

「可能性はなくないかと。大通りから出れば目立つかもしれませんが、細い路地を辿って出たのであれば……」

「わかった。先に僕が行ってくる。ひとまず町の西側を探すから、ララ達は町の中を探し終えたら来てくれ」

「気を付けてくださいね。相手は魔法使いです」

 そうだ。今回の相手は魔物じゃない。町中で、しかもララの目を掻い潜って王族付きの護衛を三人も倒すことができる魔法使いだ。だが、だったらなんだ。そんな危険極まりないやつにルルが狙われているなら、尚更何とかしなければならないだろう。

「行ってくる。あとで会おう」

 ララが頷くのを確認し、僕は町の外へと駆けだした。

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