第十八話 星の禁忌
「ララ」
「はい」
「あの王子……良いやつだぞ!」
「何がですか、余計なことをべらべらと……。大体、私とフロド王子はそんなに仲良くありません。あの王子に私の何が分かるっていうんですか」
「自分では気づいてないかもしれないけど、傍から見てれば誰でもわかると思うぞ」
ララは感情が行動に出やすいほうだ。学都で散々それに振り回された僕にはわかる。ララの態度の急変に困惑する学友たちの様子が容易に想像できるほどに。
「あの王子はルルのこともララのことも見ている。なんだか婚約がうまくいくべきじゃないかと思えてきた」
「そんな単純な……まだ本題にも入って――」
ララは途中で言葉を詰まらせると、急に表情を硬くした。そして注意深く周囲に視線を巡らせはじめる。
突然変わった空気に若干戸惑ったが、とにかく理由を聞いてみる。
「どうした?」
「護衛の姿がありません」
「護衛って、王子の?」
「はい」
つられて僕も周囲を見渡すが、ララと違ってもともと護衛の位置など把握していないので意味のないことだった。
「単に見失っただけじゃ」
「いえ、ついさっきまではっきりとしていました。これは……」
ララはルルたちの方を一度見やった後、言った。
「少し見てきます。お姉ちゃんたちから目を離さないように」
「分かった。なんだか知らないけど、気をつけてな」
ララは一つ頷くと、雑踏の中へと消えていった。
嫌な予感がする。いつもは凶悪な魔物を前にしても余裕をみせるララだ。あれほど真剣な表情は中々見ない。一体この穏やかな町に何があるというのか。
途中まで考え、僕は余計な思考を追い出す。余計なことは考えるべきじゃない。ララで分からないなら僕の力が及ぶところではない。とにかく言われた通りルルを見ておこう。
今のところルルも王子もベンチにかけて談笑している。先ほどまでよりも打ち解けた様子で、大きな問題は見当たらない。このままララが戻ってくるまで動かないでいてくれたらいいが。
その時、ルルたちと僕の間に割って入る集団があった。
「フェアトラ家の功績を見直しましょう! フェアトラ家の功績を見直しましょう!」
「なっ……! くそ、こんな時になんなんだ」
旗を掲げたフェアトラ復権会の一団だった。活動場所の移動だろうか。集団で標語を唱和しながら広場を移動し始め、ルルと王子の姿を完全に隠してしまった。分厚い人の波に阻まれたせいか、盗聴魔法も効果が切れている。
一団が通り過ぎるのを待つ。ゆっくりとした速度がじれったい。
そして一団がようやく通り過ぎたとき、ルルと王子の姿はベンチから掻き消えていた。
*
「ちょっとこれは、移動しようか」
「そうですね」
談笑していたルルとフロドであったが、間近をフェアトラ復権会が行列をなして通ってゆくところだった。ベンチが丸ごと集団に飲み込まれそうだったので、二人一緒に席を立つ。
集団から追われるようにして広場を後にし、そのまま西方面の大通りへと抜けた。
西の大通りも混雑していたが、少しだけ脇にそれた路地のベンチに空きがあったので再び二人そろって腰かけた。人の波から離れ、周囲が少し静かになる。
「ふぅ、災難だったね」
「びっくりしました」
「彼らのことは知っていたけど、王都ではあまり見ないから。僕も驚いたよ」
フェアトラ家が持つ歴史的な背景から、いくら人が多いとはいえ王都や聖都での活動は控えめな傾向がある。本来であれば最も主張を伝えたい場所であるが、やはり王宮や教会にも面子というものがある。王都から滅多に出ないフロドが見慣れないのも当然と言えた。
「ここなら彼らの邪魔にはならないだろう」
建物に挟まれた細い路地。行き交う人は少ないうえに大通りよりも日影が多く、少しひんやりとしている。
「でも、こんな細いところにきて大丈夫でしょうか? 護衛の方は困らないかな」
「僕らの邪魔にならないように言いつけてあるからね。どこかに隠れて見ているよ。彼らは腕がいいんだ。僕らには見つけられない」
「それならいいんですけど……」
路地に人影はない。大通りを行き交う人影だけが、遠く建物の狭間から見える。護衛は本当に隠れているだけだろうか。
「さあ、そんなことよりも、ルルさんに見せたいものがあるんだ」
そう言って、フロドは懐から金属製の小箱を取り出した。特に装飾もない、片手に収まるくらいの箱。
「ルルさんは魔籠についてとても博識と聞いてね。こんなものを持ってきた」
「これは?」
「ふふ。これはね、王宮秘蔵の魔籠だよ」
人差し指をピンと立てて、誇らしげに語るフロド。
「秘蔵? 一体どんな魔籠なんですか?」
「……さあ、実はこっそり持ってきたから詳しくは知らなくて。宝物庫の奥にあったから、そういうものだと思う」
「勝手に持ってきて大丈夫だったんですか?」
「あ、いや……。喜んでもらえるかなと」
答えになっていないことを呟きながらどぎまぎし始めるフロドに、ルルも若干呆れた表情を見せる。このくらいに砕けた態度をとれる程度には、二人は仲良くなりつつあった。
フロドの行いに呆れはしたものの、やはりルル。王宮秘蔵の魔籠とまで言われたら興味が湧かないわけもない。正直に言えば小箱の中身を早く見たくて仕方がなかった。
「持ってきてしまったものは仕方ないので、見てみましょうか。せっかくですからね」
「本当? よかった!」
フロドは胸をなでおろし、小箱の蓋を開けた。
小箱に収まっていたのは一枚の金貨であった。金貨の形にくり抜かれた窪みにしっかりと嵌められている。
金貨の形状は正円。直径はルルの親指の爪二つ分ほどあり、王国通貨の金貨と比べて少し大きい。金貨表面には縁に沿って周方向に緻密な極小の文字が何行も綴られて表面を埋め尽くしている。取り出して裏返すと、宝石の欠片を埋め込んで星々に見立てた星座が描かれていた。どうやら北星教十三星座のひとつ、かんおけ座のようだ。
「十三星座の魔籠なんて……」
許されない。
星座の力を借りる北星魔法は例外なく北星教会門外不出の秘儀だ。当然、それらの魔籠化は許可されていないし、そもそも魔法の仕組みが分からないのだから魔籠化しようがない。もっとも、ルルも学都でスターゲイザーという禁忌を一つ見てしまってはいたので、本気を出せば模倣することは可能であると知ってはいたが。
ルルがフロドへ視線を投げかけると、フロドは焦ったように話し始めた。
「いや、僕も裏面を見たのは今が初めてで、まさかこんなものが入ってるなんて……」
言葉は尻すぼみに消えていった。焦りようからして本当のことを言っているようだ。
ルルは金貨状の魔籠に目を戻し、より注意深く解析を試みる。北星魔法の詳細は分からないが、部分的にでも読み取れることがあるはずだ。
「……これは」
ルルは知らず知らずのうちに目を見開いていた。自分の読み違えではないか、何度も何度も確認し、どうしても間違いに思えないと結論に至り、戦慄する。
こんな魔法、あってはならない。
「フロドさん。これ――」
そう言ってルルが顔を上げたとき、フロドの背後遠く、路地の奥に人影が見えた。
人影は真っ黒な外套を着こみ、建物の陰から半身を出してこちらを窺っているようだ。目深にかぶったフードによって顔を見ることは叶わない。
「あの人、護衛の方ですか?」
フロドが振り返って確認する。
「いや、違う。ルルさんのお知り合い……でもないようだね」
「はい」
ルルは金貨を小箱に納めると、フロドに返した。
「大通りに出ましょう。急いで」
ルルは立ち上がって、路地のもう一方の出口を向くが――
「っ!」
果たして、そこにも同じ姿の人影が立っていた。
フロドと共に焦りながら前を見て後ろを見て、両方の出口が塞がれていることを確認する。挟み撃ちにされていた。
二つの人影はゆっくりと二人の方に歩いてくる。静かな路地にも関わらず足音すら聞こえない、漆黒の影がじりじりと距離を詰めつつあった。
「ルルさん、こっちへ!」
二つの出口の中間、建物の間を抜けるさらに細い路地があった。ルルはフロドに手を引かれるまま唯一の道へと逃げ込む。
細い路地を二人縦に並んで駆け抜ける。後ろを確認する余裕はない。
路地を抜けると、そこにもまた黒い外套。大通り方面には出られない。仕方なく人影のいない抜け道へと突き進む。
何度逃走を繰り返しただろうか。走りながらルルは気づく。
「これ、町の外へ誘導されていませんか?」
いつしか空は薄ら橙色が混じりつつある。
太陽の方角から言って、町の西側へ誘導され続けているようだ。走った距離を考えると、もうすぐ町の外へ出てしまうだろう。
「そんなこと言ったって……!」
フロドの言う通り、どうしようもない。
そうして最後の角を曲がった。視線の先、建物の狭間から黄金色に輝く麦穂の群れが姿を現した。振り返れば、漆黒の人影。
とうとう、二人は夕日の中に飛び出した。
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