第十七話 見栄っ張りの王子様
「食欲がないのかな?」
「え? いえ、そんなことは。はは……」
ルルは少々の苦笑いと共にパンを頬張った。緊張であまり味がよくわからないし、なんだか口の中に張り付いて食べづらかった。
「それならよかった」
フロドはルルの返事に満足したようで、自分もパンを頬張る。
今、ルルはポラニア王国の第三王子であるフロドと並んで朝食をとっている。
一国の王子と並んで食事というだけでも随分緊張する状況であるが、それよりもルルを悩ませるのはテーブルの向かいにいる両親である。
表面上は和やかにフロドとの朝食を楽しんでいるようであるが、時折ルルの一挙一動を監視するかのような鋭い視線を向けてくる。朝食一つとっても、下手を打つことは許されない。
加えてルルを困らせる要素が一つ。一体、王子はいつ本題を切り出してくるのか、ということである。昨日に少し話した時にはゆっくり聞かせてほしいと言っていたが、いつ来るかいつ来るかと身構えてばかりで気が休まらない。
パンを流し込むため、ルルは空気と一緒に水を飲んだ。
「ふぅ……」
すぐさまラミカが傍に来て、グラスに水を注ぐ。そしてルルへ優しく目配せをしてから下がっていった。
「ありがとう」
味方の存在はルルの気を落ち着けた。悪い方向に考えてはいけない。これは関係改善のチャンスであるし、もとよりルルはそのつもりでやってきたのだ。
「ところでルルさん。僕は食事の後、早速町に出たいと思っている。どうかな?」
「はい。ご一緒します」
「うん。それでは、僕は一足先に支度を」
そう言うと、フロドは席を立って出て行ってしまった。王子を待たせるわけにはいかない。ルルも食事を切り上げると、両親の念を押すかのような視線を背に感じながら後に続いた。
ルルが玄関から出ると、先に支度を済ませたフロドが待っていた。
お忍びで来ているからであろうか、服の品質は高いが全体的にカジュアルに整えられていた。
ルルも同じだ。前夜、儀式向けに着た白一色の清楚なドレスからは打って変わって、明るい水色のブラウスと紺のスカートを合わせていた。要所に飾りリボンやフリルが施された品が使われており、全体的に華やかな印象となっているのは仕立てたミルトの趣味か。
「お待たせしました」
「やあ。ごめんね、なんだか急かすような真似をして」
「いえ……」
「余計なお世話だったかもしれないけど、なんだか居心地が悪そうだったからさ。やっぱりご両親とのことで?」
フロドはどこまで知っているのだろうかと、ルルは考える。
事前に聞いた話では、今回の訪問は信弘とララの一戦を見たことがきっかけになっているという。それならば、そこに至る経緯についても知っているのかもしれない。正直に話すべきだろうか。しかし、それでフロドの一家に対する印象が悪くなってしまっては後でどうなるか……。
ルルが返答に迷っていると、フロドが続けた。
「いや、話したくないならいいんだ。変なことを聞いてすまない。僕が無神経だった」
「あ、いえ。そういうわけでは……」
「暗い話はやめにして、町に出よう。もう賑わっているみたいだよ」
フロドは自然にルルの手を引くと、町の大通りへ向けて歩き始めた。
少々強引ではあるが、ルルのことを気遣っているのは確かなようだった。本題についても、ゆっくり聞かせてくれという昨日の言葉はそのままの意味なのだろうか。それ以上勘ぐっても仕方のないことと思い、ルルはひとまずフロドに従うことにした。
「護衛とか、つけなくても大丈夫なんですか?」
「ついているよ。上手に隠れているから分からないと思うけどね」
ルルは辺りを見回すが、それらしい人影は判別できなかった。さすがは王族付きの護衛といったところだろうか。
「そんなことよりも、今日の服はとても綺麗だ。ララさんと同じで、よく似合っている。お揃いかな?」
「お揃いというか、ララの服です。今は借りてて。あの、ララと会ったことあるんですか?」
「もちろん。彼女とは常に切磋琢磨する間柄だったからね。僕と唯一渡り合える学生だったと言っていい。学院を去ってしまったのが悔やまれるよ」
「ララと渡り合えるなんて、フロドさんってすごいんですね」
ルルは素直に感心した。やっぱり王族はすごい。
「まあね。模擬戦の授業では今のところ七勝三敗ってところさ。もう僕を倒せる相手がいないと思うと、授業が退屈になってしまうよ」
フロドはやれやれと呟き、悩まし気に前髪をかき上げた。
*
「……」
「ノブヒロさん」
「何?」
「やっぱり妨害作戦に変更しましょう。私なら護衛に察知されることなく、あの嘘吐き王子を三秒で五回は殺せます。死体も残しません」
「頼むからやめてくれ」
実際できる腕があるのがホントに怖い。
現在、僕らは雑踏に紛れて、ルルとフロド王子の後を追跡中だ。
ララの作った盗聴器(魔籠)は術者を中心として半径約二十メートル程度の範囲内から、任意の音を選択して拾うことができる優れものだった。対象の音源と術者の間に障害物があるとうまく音を拾えなくなる欠点はあるが、大急ぎで作った割には出来が良い。
そうして聞き耳を立てていたが、今のところ婚約に関する話題は聞こえていない。虚言というか、だいぶ見栄を張っている部分はあるが、取り立てて重大な問題にも思えなかった。
「見栄っ張りなところはともかくとして、ちゃんとルルに気遣いしてくれてた。王族の権力で強引に迫ってきたってわけではなさそうだね」
ラミカさんから事前に聞いていた通りだ。
「とにかく、本題が出るまでは様子を見よう。ルルの答えも聞きたい」
ララは表情から不満を隠そうともせず追跡に戻った。
*
ルルとフロドは屋台で菓子を買い、広場のベンチにかけた。
朝から屋台を巡って食べ歩き、雑貨を見てまわりとしているうちに正午を過ぎていた。本題には今のところ入っていない。普通に祭りを楽しんでいる状況と言えた。
今、二人の手にあるのは表面を埋め尽くすほどの砂糖をまぶした棒状のパンだ。しかも中心をくり抜いた穴には溢れるほどの蜂蜜が詰まっている恐ろしく甘い一品である。
「うん。たまにはこうして市井の菓子を好きなだけ食べるのもいいな。王宮ではあまり買ってもらえない」
フロドは祭りならではの食べ歩きにご満悦であったが、ルルは菓子パンを手にしたまま口をつけていなかった。
「ルルさんはこういうの、あまり好きじゃなかったかな」
「いえ、そうではなく。……あの、学院でのララの話、もっと教えてくれませんか?」
「ララさんの?」
「はい。わたし、あの子が学院でどうしていたか、よく知らないんです。たまに聞くんですけど、あまり教えてくれなくって」
「うーん。ララさんのね……」
過去に王立魔法学院を去って以降、ララにかかる責任が増えて大変な思いをさせたことをルルは知っている。ルルはその時の話をララに何度か聞こうとしているが、ほとんどはぐらかされてしまっている。どうやらルルに気を使ってのことらしいことは分かったが、ルルとしてはララの苦労は知っておきたい思いがあった。
「学院の授業ではどんな感じだったんですか? お友達はたくさんいましたか? 先生たちからはどんな風に思われていたとか――」
「ちょ、ちょっと待って」
「あっ、ごめんなさい。わたし……」
ルルは身を乗り出していることに気づき、一度引き下がった。
「随分ララさんのことを気にかけているね」
「はい。わたしのせいでララにはとっても迷惑をかけたんです。フロドさんは、わたしが短い間、王立魔法学院に在籍していたこと知ってますか?」
「知っているよ」
「わたしのわがままで他の学院に移ることになって、そこも辞めることになって。それがララにはとっても負担になったそうです。でも、ララはわたしに気を使ってるみたいで」
ルルの押しに負けたのか、フロドはしばらく悩んだ末に話し始めた。
「友人は少なかったようだ。もっとも、これはルルさんのせいではなく、単に彼女が忙しかったからだと思っていい。王都周辺の魔物退治が多く舞い込んでいたし、他の都市にもよく出張していたから」
「やっぱり……」
学都へ旅に出たときのことを思い出せば、予想できたことだ。ララは高い正義感と、それに伴う実力から仕事を抱えやすい状態にあった。
「でも、一部の近しい者たちには常々言っていたよ。大事な約束をした人が他所で頑張っているから、自分も怠けるわけにはいかないってね。姉妹がいることは周囲に伏せていたけれど、たぶんルルさんのことだろう。ただ――」
「ただ?」
「ある時期から、そういうことを言わなくなった。よりストイックになったというか、訓練への打ち込み具合が鬼気迫るものになって、仕事も前に増して受けるようになった。時期的には、ルルさんが移籍先の学院を辞めたあたりと重なると思う」
「やっぱり、わたしのせいで……」
「確かにそうかもしれない。でも全部終わったことだ。ララさんがこのことをルルさんに話さなかったのは正しい。なぜなら、もう聞く必要のないことだから。今の貴女たちの関係はその時とは違う」
フロドが見せたのは今日一番真剣な顔だった。身を乗り出してルルに迫る様子だったが、昨晩のような若干軽さの混じった態度とは違ったものだ。
「だからもう少し前向きな話をしたい。ララさんもそう思っているはずだし、僕はそのために来たんだから」
「……はい。そうですよね。変なこと聞いてごめんなさい。わたし、今はララととっても仲良しです!」
「ようやく普通に笑ってくれたね」
ルルの返事に、フロドも表情を崩して言った。
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