第十六話 フェアトラ復権会

 早朝。

 かりかりかりと、何かを削る音で目が覚めた。

 どうやらその音は寝台のすぐそばにある卓から聞こえてくるようだった。

「おはよう、ララ。朝から何してんの?」

「おはようございます。ノブヒロさん」

 ララは卓に向かったまま挨拶を返してきた。質問の答えは返ってこなかったので、僕はララの手元を覗き込んだ。

 どうやら小さな木片のようなものをナイフで削っているようだ。卓上にはすでに削り終わった部品や、細くて短い針金のようなものも転がっている。

「なにこれ」

「魔籠ですよ」

「ララが魔籠を作ってるのか」

 魔籠製作と言えばルル。僕の中ではそうなっていたので、少し意外だ。

「ええ。お姉ちゃんには遠く及びませんが、性能的にはこれで十分ですから」

 小さな卓に向かって黙々と作業をしているララ。その姿を見ていると、いつぞやのルルの姿を思い出す。僕とルルが師匠の下を旅立って間もなく、旅の宿で遅くまで魔籠に向き合っていた真剣な姿。こうして黙って卓に向かっていると、本当にあの頃のルルにそっくりだ。


「できました」

 黙って作業を見守ること数十分、ようやくこちらを向いたララの手には二つのイヤリングのようなものがあった。ララはそのうち一つを自分の右耳に付けると、もう一つを僕へと渡す。

 僕もララに倣い、右耳に魔籠のイヤリングを装着した。即席に針金で作った留め具は、仕上げが荒くて少しだけ痛い。

「これは何の魔法が使えるの?」

「盗聴です」

「盗聴器かよ!」

 なんてもの作ってるんだ、まったく。

「仕方ないじゃないですか、まさかお姉ちゃんと王子の真横まで行って話を聞くわけにはいかないでしょう。そもそも様子を見たいって言いだしたのはノブヒロさんなんですからね。嫌なら様子見なんてやめて、婚約妨害作戦に切り替えましょう」

「いや……分かったよ」

 準備も作戦も今のところララ任せだ。正直、僕が文句を言えた立場ではない。それでもあの純粋無垢なルルを盗聴しようとは、後ろめたさで涙が出そうだ。

「一応確認だけど、呪文は要らないんだよね?」

「はい」

 そう。呪文なんていらないのが、魔籠のスタンダードだ。ルルの魔籠ばかり使っていると世間の常識からどんどん離れてしまう。

「さて、そろそろ外に出ましょう。きっと朝食を終えたら出てきますよ」


          *


 ララが魔籠を作っているうちに、町にも人が出始めているようだった。屋敷は町の北端に位置している。僕らは大通りへ向かい、北へと進路をとった。

「混んできたな」

 大通りには前日よりも多くの屋台が並んでいた。朝っぱらからお酒を飲んで賑やかにしている人たちも見受けられる。屋台は飲食物ばかりでなく、工芸品を扱っているところもあるようだ。僕が覗いた屋台の一つでは、星座を模った金属細工のアクセサリが売られていた。北星祭ならではといったところか。

「ある程度混雑しているほうが後をつけるにはいいでしょう」


 大通りを進み、僕らは中央広場へ至る。

 中央広場からは東西南北に大通りが抜けている。ここから北へと向かうわけだが、僕は広場の端にいた集団に目を引かれて立ち止まった。

 集団は十数名程度だろうか。性別や年齢、背格好は様々で統一性はない。しかし集団のうち何人かは同じ旗を掲げていた。旗には紋章が描かれていた。交差する剣と杖、それを取り囲むように蛇が円を描き、自らの尾を咥えている。

「あれは、フェアトラ復権会ですね」

 僕が立ち止まったことに気づいたララが説明してくれた。

「フェアトラ……」

 僕は思わずポケットに手を当てる。そこには文庫本『ポラニア旅行記』がある。その著者はフェイス・フェアトラ。

「人が集まるところには度々現れるんです」

「どういう人たちなの?」

「フェアトラ家の名誉回復を訴えている団体です。あの旗の紋章はフェアトラ家のものなんですよ。ノブヒロさんもフェアトラ家のことは知っていましたよね?」

「少しだけ」

 かつて有名な魔法使いをたくさん輩出した名家。剛堂さんから教わった知識だ。その中でも特に優秀だったのがフェイス・フェアトラ。しかし、フェイス・フェアトラは悪魔と結んだとして教会から異端者とされ、家は没落した。

「ノブヒロさんも知っている通り、フェアトラ家は悪魔と契約した家として没落しました。財産も権利も召し上げられて、今は存在していません。それでも、過去にフェアトラ家が作り出してきた発明の多くは現代の魔法に溶け込んで欠かせないものになっていますし、その他にも偉業と称えられる功績がたくさんあるのも事実です。彼らは、そうした偉業を今一度見直して、フェアトラ家に対する異端者認定を撤回するように呼びかけをしているんですね」

「そんなことして、あの人たち自身も迫害されたりしないの?」

「今はそういう時代じゃないので。教会も表立って彼らを批判することはないです。まあ、教会の目の前で集会をされたときに、少々苦言が出る程度ですね。それに彼らもたまにああして集まる程度のことしかしていませんし」


 改めて集団へ目を向ける。

 彼らは広場の端の方に寄り、旗を掲げて立っている。時たま道行く人々に「フェアトラ家の功績を見直しましょう」などと控えめに呼びかけをしているだけだ。

「確かに、危ない人たちには見えないな」

「今は異端者だ何だと騒ぎ立てることもないですからね。ただ……」

「ただ?」

「単にそんなことだけを訴えるための集団に大勢集まってるのは少し不気味ではあります」

「勧誘活動がすごいとか、そういう話は無いの?」

「……噂ですけど、フェアトラ家が公開してこなかった秘術が伝授されるとか、特別製の魔籠が与えられるとか、だいぶ眉唾な勧誘をしている者がいるという話は聞いたことがあります」

「ただの応援団みたいな人たちが秘術なんて知ってたらおかしいじゃないか」

 それはもう秘術と言えないのではないだろうか。

「だから眉唾だと――あっ」

 途中まで取るに足らないことように説明していたララだが、何かに気が付いたように声を上げた。そして、復権会の面々を凝視しながら言った。

「思い出しました。お姉ちゃんと一緒に馬車から降りてきた人。あの人もフェアトラ復権会の会員です。しかもちょっと特殊というか……なんでも密かに続いていたフェアトラの末裔だとか名乗ってる変人ですよ」

「え? でもフェアトラ家って滅んだんじゃ」

「何もかも取り上げられましたが、最後の当主フェイス・フェアトラ個人は処刑されたわけじゃないんです。土地を追われた後の消息については真偽不明の伝説みたいなものしか残っていないので、そこに付け込んで勝手に名乗っているだけだと思いますけど」

「実は続いていたフェアトラ家ね。噂話として聞いてる分には面白いかもしれないけど……」

「はい。真偽はどうでもいいんです。そんな怪しいやつがお姉ちゃんの傍にいたということが大変気がかりです」

 探してみるが、目の前の集団にあの女性はいない。今は町のほかの場所で活動しているのだろうか。

 単なる一会員として、集会のために乗った馬車で偶然ルルと一緒だっただけならいい。しかし、そうでないなら……。

「あの人の名前は分かる?」

「フラウ・フェアトラです。自称ですけどね」

「フラウ・フェアトラ」

 念のため覚えておこう。

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