第十四話 フロド・ポラニア
北星祭当日。
ルルは自室の鏡に向かって難しい顔をしていた。
「なんか、慣れないなあ」
「ルルちゃんかわいいよ!」
ミルトがほめているのはルルの衣装のことだ。領主の娘として、北星祭の儀式に参列しないわけにはいかない。当然、相応の身だしなみを整えていくことになる。
鏡の前でいろいろと角度を変えて全身を確認する。身体をひねるたびにスカートが右へ左へと揺れた。
ルルが着せられたのは白を主体としたワンピースタイプの清楚なドレスだった。宗教的儀式への参列ということで、あまり華美な装飾の無い物が選ばれた。あくまで控えめに、そして上品にルル自身の魅力を影ながら引き立てるようにデザインされていた。もっとも、この衣装もララのために作られたものであったが。
「すみません。何から何までララお嬢様のおさがりで」
「いいよいいよ、どうせお祭りの間だけだし」
謝るラミカにルルが言う。祭りは今だけなのだ。今だけ着れたらそれでいい。
すると、ミルトが間に入ってきた。
「えー? でも、ここに帰ってくるなら、これからずっと要る物だよ?」
「あ……」
ルルは自分の発言に唖然とする。自分がここに居るのは一時的なことだと、つまり実家に戻らないという前提の話をしていたのだ。
答えはまだ決まっていないはずだった。昨日も夜通し悩んだし、つい先ほど着替えている間も、王子にどうやって返事をしようか困っていたところだ。しかし、自分でも意識していない答えがすでにあったのだろうか。自然と口に出た言葉こそが本心なのだろうか。
「わたし、どうしたいんだろう……」
「ルルお嬢様を困らせてどうするんです!」
「ええっ、わたし何かやった? ルルちゃんゴメン!」
ラミカがミルトを叱りつけ、よく分かっていないミルトが慌てて謝罪してきた。
結局、心の決まらないまま約束の時が来た。王子が屋敷へ到着したのだ。
*
ルルは応接室のソファに掛け、王子の到着を待った。
今はラミカとミルトが門のところまで王子を迎えに出ている。
静まり返った室内で、コチコチと時計の音だけが響く。あと数十秒だか数分だか後には一国の王子と相対することになるのだと思うと、ルルの全身は自然と強張った。
扉が開く。
ルルはバネのように立ち上がり、扉へと身体を向けた。
そこにいたのは一人の少年だ。整えられた濃い茶色の頭髪、髪色に揃えた色合いのジャケットとスラックスに身を包んでいる。背丈はルルよりも少し高いくらいであることから、同年代の男子と比べて低めと思われた。体つきも全体的にほっそりとしている。
しかし、その表情、その佇まいからは小さな身体に似合わぬ自信が溢れ出ていた。これが王族の威光であろうか、それとも王子個人の資質によるものか。
王子の背後にはここまで案内役をしたであろうラミカとミルトが立っていたが、王子を部屋に通すと深々とお辞儀をして退室してしまった。ここからはルルがなんとかしなければならない。
「おっ、お初にお目にかかかかります! 王子殿下! わ、わ、わたくし、わたくし」
がちがちに緊張したルルがみっともない挨拶をした。
もともと人付き合いでは物怖じしない方であるルルだが、事情が事情である。前日からいろいろと深く考えすぎたせいか、全身が臨戦態勢のようになってしまっていた。
「落ち着いて、もっと楽に。君がルルさんですね?」
「は、はい。ルルです。殿下」
ルルの返事を待ち、今度は王子が名乗った。
「初めまして。僕はフロド・ポラニア。ポラニア王国の第三王子です。どうぞよろしく」
胸に手を当て、上品に腰を折る。ルルも慌ててスカートの端を少しつまみ、ぎこちなくお辞儀をした。
「よ、よろしくおねがいします。殿下」
「僕のことは、フロドと呼んでほしい。以後、お互い堅苦しいのはやめよう。僕は貴女ともっと近い関係になりたいんだ」
「近い関係、ですか……」
ずいと前に出てくる王子に、思わず一歩後ずさる。
ルルは思った。おじさまの時には初対面でも一瞬で打ち解けられたのに、と。しかし、あの時は一種の興奮状態であったし、よく考えてみればあの時のルルの強引さは今の王子に引けを取らないだろう。これは因果応報か。
ルルは若干の自省と共に、王子のことを呼びなおした。
「では、フロド……様」
王子、改めフロドは顎に手を当ててウームと唸る。気に食わなかっただろうかと呼びなおす。
「フロド……さん?」
「うん。まあ、それでいいや」
納得してもらえたようで、ルルもひとまず安心する。だが、話はここからだ。返事は決まっていないが、まずはフロドの真意を聞かなければならない。
無意識のうちに手に力が入り、指に巻き込まれたスカートに皺が寄った。
「あの、フロドさんは、その……今日は、わたしに――」
その時、外から響いてきた鐘の音が会話を遮った。北星祭の予鈴だ。儀式に参列する関係者は集まる時間だ。
「おっと、これはいけない。そろそろ集合の時刻だ」
「あ、あの」
「お話はまた後で。僕は今回非公式の訪問なので残念ながら一緒に参列できないけれど、祭りは明日まであるのだから、ゆっくりと聞かせてほしい」
フロドはそれだけ言うと、呆気にとられるルルを置いてスタスタと部屋の出口へ向かい、自分で扉を開いた。
「では、後で会いましょう」
笑顔と一礼を残し、フロドは去った。
再び静かになった応接室に、一人立ち尽くす。
最初から最後までずっとフロドのペースで進んでしまった。まだ祭りは始まってもいないのに、早速気が滅入るルルであった。
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