第十一話 王子様を知りたい

 宿に戻った僕はララに串焼きの包みを手渡して、ラミカさんと会ったことを話した。

「へえ、ラミカに会ったんですか」

 ララは包み紙から串焼きを取り出すと、冷めて硬くなった肉を噛みちぎりながら応じた。あまり美味しくなくなっていたのか、少々眉をひそめたが文句は言われなかった。

「最初に会った時は話せなかったけど、改めて話してみたら良い人そうだって分かったよ。ルルの味方になるってのも納得した」

「そうでしょうね」

「それから、ララがあまり頼ってくれないって寂しそうにしてたぞ」

「はぁ、そんなこと言ってたんですか。私は充分頼りにしていますけど」

「それは本人に直接言ってあげたほうがいいな」

 ララはあまり弱いところを見せないから、本人が心の内では頼りにしていても相手には伝わらないのだろうなと思った。実際、一人で何でもできてしまうのは確かだし。


「あと、そうだ。ルルのことも聞いてきたよ」

 僕が話題を切り替えると、ララも表情を変えて僕を見返した。

「今年の祭りなんだけど――」

 僕はラミカさんから聞かされた、王子訪問についての話を伝えた。もちろん、訪問の目的であるルルへの求婚の件も含めてだ。

 ララは終始無言で表情も変えずに聞いていたが、僕が話を締めくくると、おもむろに立ち上がって言った。

「妨害しましょう」

「待った待った。落ち着いて」

 今にも部屋を出ていきそうなララの前に立ち、なんとか制した。

「まだルルの考えも何もわからないんだ。勝手な動きをしてルルの不利益になったら、たまったもんじゃない」

「お姉ちゃんのことです。話を受けるに決まっていますよ」

「まだそうと決まったわけじゃないし、ルルが考えて自分で決めたとしたら、横から無理矢理妨害するのもおかしな話だ」

 ララは眉間にしわを寄せて不満をあらわにしたものの、反論はしてこなかった。強引なことを言っている自覚はあったのだろう。

 代わりに、ぼそりと小さく問うた。

「……じゃあどうするんですか?」

「僕はとりあえず、その王子がどんな人なのか知りたい。王子がいい人で、話を受けても問題ない人だったら止める必要もないと思うんだ。もちろん、ルルの意志が最優先だけど」

 両親が勝手に決めた話だからか反対意見に考えが偏りがちだったが、王子がルルにふさわしい人物であればどうだろうか。ルルが王子のことを気に入りさえすれば、それもありに思えてくる。

 僕の提案に、ララはしばらく考えてから答えた。

「分かりました。では様子を見ることにしましょう」

 ララは一つ溜息をついて椅子に腰かけた。ひとまずはいきなり揉め事になることは回避できたようだ。僕も胸をなでおろして、ララと向かい合うようにベッドに腰を下ろす。

「まあ、あの人がお姉ちゃんにふさわしいとは思えないので、確認が必要なのはお姉ちゃんの意志だけですけど」

「ララは王子のこと知ってるの?」

「王立魔法学院ではよく見かけましたから。直接話したことはあまりないですが」

 ララは実家を出てくるまで王立魔法学院に在籍していた。しかし、王子と面識があるというのは初耳だ。

「へえ、王子と一緒に勉強することもあったの?」

「成績に応じたランク分けで受ける授業は結構ありましたので。そこで何度かは」

「ララと同じランクってことは、かなりの実力者ってことか」

「まさか! よく思い出してくださいよ、王立魔法学院がどういうところか。王族に低い成績がつくわけないでしょう」

「そうだったな……」

 魔法の素質が全くないルルでも実技で優良評価がついたと聞かされたことがある。王立魔法学院において家柄や金の力はそれほど重要ということだ。まあ、ルルはそれが嫌で家を離れる結果を招いたわけだが。

「あの人の魔法は、実際のところ下の下といったところです。お姉ちゃんほどではないですけど、素質は壊滅的と言って差し支えないかと」

「そうか。でも、魔法の素質だけで人は分からないからな。ルルだってそうだ」

「それには同意しますが……」

「ちなみに、その王子の名前は?」

「フロドです。フロド・ポラニア第三王子」

「フロド王子か……」

 どんな人物なんだろう。

 場合によってはルルはこの王子にもらわれて、将来は王妃になる可能性もあるのか。

 何故か僕の脳裏に、顔の見えない王子とルルが並んで立っている様子が浮かんだ。二人は花吹雪の舞う階段の途中に立って、見上げる人々に笑顔で手を振っている。王子は白いタキシードをバッチリと決め、ルルはふっくらしたドレスのスカートを風になびかせていた。

 やがて手を振り終えた二人は、揃って階段を上り始める。ううむ、どこの馬の骨かわからん王子め……。

「どうしたんですか、変な顔して」

 ララが怪訝な顔を向けてくる。

「い、いや、なんでもない」

 よくわからないメルヘンな妄想を振り払って答える。

 今のは嫉妬みたいなものだろうか。子ども相手に気持ち悪いぞ僕は。しかも、どこの馬の骨かわからんのはどう考えても僕だ。

「……とにかく、あまり話をしたことがないなら、ララにも王子の人柄はよく分からないんだろ? まずは一度見てからだな」

 そんな偉そうなことを言ってから思う。大した人物でもない僕が王子様の人柄を見極めようなんて、身の程をわきまえろって感じだな。ただのフリーター……いや、それすら続かなかったような奴が偉くなったもんだ。

 僕自身、自分の成りがどれだけしょぼいか分かっているからこそ、そう思うのかもしれない。

「今度は笑ってる……。大丈夫ですか?」

 ララが若干呆れた様子で言った。

 気づけば、僕は自嘲気味に微笑んでいた。慌てて歪んだ口元を正す。

「……なんでもない」

 とはいえ、こんな畏れ多いマネをしようとするのは、ルルの存在が僕にとってそれだけ大切になっているということだろう。

 僕はルルと約束した。ルルが僕を必要としなくなるまで一緒にいると。そして、王都での戦いの後、ルルは僕に言った。僕がルルを必要としなくなるまで、ついてくることを許すと。

 これがその時になり得るか、僕は見極める必要がある。

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