第十二話 星座の神々

 フロド王子については様子見。ざっくりとではあるが、そのように方針は決まった。

 その段階になってから僕は気づく。北星祭というものが何なのか、僕は未だによく分かっていない。そして祭りの開催は明日に迫っていた。

 僕がそのこと伝えると、ララが提案した。

「では、簡単に説明しますよ。折角なので、下見も兼ねて教会に行きましょうか」


 僕らは揃って宿を出る。昼食時のピークを過ぎ、屋台に並ぶ人々は少し減っていた。

 町の中心広場を通り抜け、僕らは町の東へ向けて進んだ。やがて辿りついたのは尖塔で天を突くように聳える教会だった。周囲を麦畑に囲まれたこの町で最も背が高く、最も白く輝いている建物。

「星座の神々に一年無事で過ごせたことへの感謝を捧げ、そして次の一年の無事を祈る。それが北星祭です」

 ララの解説を聞きながら教会の内部へ足を踏み入れる。


 町の喧騒と切り離された、厳かな空気が僕らを包んだ。それは建物が持つ構造的な特徴による静けさかもしれないし、教会内に設置された祭壇や彫刻などの宗教的シンボルに感化されたのかもしれない。いずれにせよ、俗界と区別された特別な場所であることは肌で感じられた。

「祭りは一夜と一日の日程で行われます。一日目の夜、星座の神々への感謝の儀式から始まり、二日目の夜、この先一年の平穏無事を祈って終わります。でも、ほとんどの庶民が楽しみにしているのは二つの儀式の間ですね。お祭り騒ぎは日中がメインですから」


 ララが僕を先導する。

 最奥に設置された祭壇へ向けて、整然と並べられた椅子の間をゆっくりと歩みながら説明を受ける。金糸に縁どられた赤い絨毯は、僕らの足音を余さず吸い込んでいった。

「どっちの儀式も会場はここ?」

「ええ。たぶんお姉ちゃんとフロド王子も儀式には顔を出すでしょうから、私たちも当日はここへ来ましょうか」

 一夜と一日か。思っていたよりも短い期間に少しだけ驚く。それだけで王子がどんな人か見るのは難しそうだな。ルルも返事を決めかねるのではないだろうか。


 祭壇の手前まで辿りつくと、ララは立ち止まって僕の方へと振り返った。

「あれを見てください」

 ララが指す先は頭上。そこにあったのは天井画だ。

 白い点とそれらを結ぶ白線。点と線で象られたそれらは全て星座のようだ。星座の周囲にはその象徴が現す絵が付されている。数えてみると星座は全部で十三種類あった。

「北星教で信仰の対象となっている十三星座です。一年ごとに祀る星座は交代していって、今年は……あれです。とびら座ですね」

 そう言ってララが示すとびら座は、天井の北に位置していた。星に象られた図形に重ねて観音開きの大扉が閉ざされた状態で描かれている。

 僕はその中に一際目立つ星を見つけた。どの星座を構成する星も、小さな白い点として描かれているのに、それ一つだけが大きく、また輝きを強調するかのような放射状の線に囲まれている。

「あれだけ目立ってない?」

「あれは北極星ですね。とびら座は十三星座の中でも特別扱いです」

「とびら座……」

「一応聖典に書かれた話にちなんでいます。大昔、人々は強大な魔力を持った悪魔に支配されていました。しかし、星座の神々が悪魔から魔法の知識を取り上げ、地獄へ突き落しました。かくして地上は平和になり、人々は安らかに暮らすことができるようになりました」

 一度だけだが、確かに水都で剛堂さんから聞いた覚えがある。魔法の知識を奪われた悪魔の話。剛堂さんは何らかの比喩ではないかと言っていたな。

「その時に、地獄への道を開いたのがとびら座だとされています」

「なるほど。一番重要な仕事をしたから特別扱いってことかな」

「そう言われていますね」

 天にある扉が地獄に繋がってるなんて、なんか変な話だな。

 そして、ふと思ったことをララに尋ねた。

「ララ、悪魔って本当にいると思う?」

「さあ、どうでしょうね。少なくとも私は見たことありません。地獄にいるのなら、出会いようもないと思いますけど」

「じゃあさ、星座の神々はいると思う?」

「……もう少し場をわきまえて質問してほしいですね――」

 ララは辺りを少し気にするように首を回す。確かに、教会の中で言うには相応しくない言葉だったな。

 どうやら周囲に聞き耳を立てている人はいないようだ。ララはそれを確認すると、十三星座の天井画を仰ぎながら答えた。

「神様のことは分かりませんが、星座は確かに存在していて、魔法の象徴として地上に力を振りまいています。私にはそのくらいしか言えません」

 そして僕の方へと視線を移した。

「そういうノブヒロさんはどうなんですか? いると思いますか? 悪魔とか神様とか」

「どうだろ……」

 僕はとびら座へと目を向ける。

 神様についてと言われても、僕に関わりのありそうなことは元旦の初詣くらいだった。信心深いとは言い難いが、それでも神社の境内に足を踏み入れれば、厳かな空気に感化されて、そういった存在もいるのかもしれないと思うようなことはあった。

 では、この世界ではどうだろう。お天道様は見ているというが、僕が毎年初詣に行った、あの神社の神様は異世界まで見ているのだろうか。

「まあ、僕の知ってる神様はここにはいないかもね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る