第五話 ルル、悩む
部屋の鍵をかけると同時、ルルは体から緊張が一気に抜け出るのを感じた。
馬車での移動中、ルルは信弘に言われた通り荷物はしっかりと抱えて油断無いように気を張っていた。実際に強盗に遭った経験があった上に、今回は一人旅であることが一層警戒を高めさせていた。
ルルは備え付けのベッドに腰を下ろした。
「なんか疲れちゃった」
思わず疲れが口に出た。
ただ座っていただけだが、ずっと気を張り詰めていたことと、馬車の硬い椅子が絶えず伝えてくる振動に参ってしまったようだ。乗り合わせた人たちに悪そうな人はいなかったので、ここからはもう少しリラックスしていこうと思いなおす。
明日の出発も早い。早々に眠ろうと、持ってきた寝間着に着替えて横になるが、なんだか落ち着かない。
「やっぱり、何とかお願いしてついてきてもらえばよかったな……」
ララとは長く離れて暮らしてきたが、王都の一件以来ずっと一緒にいる。学都にも行くといったらついてきてくれた。信弘も同じだ。森で出会ってからはずっと一緒にいる。
こうして寂しさを感じるということは、一緒にいるのが当然のこととして馴染んだ証だ。そう思えば悪いことではない。
当然ララの心配も理解している。ルルにしても王都で一度手酷く扱われたことを忘れてはいない。だからこそ今回はそれなりの覚悟を持って挑むつもりであり、その思いを汲み取ってほしかった。
感情的にならず、もっとじっくりと説明をすればララも分かってくれただろうか。信弘にすぐ頼ろうとしたのはズルかっただろうか。しかし、ルルの歳ならば一人旅などできるほうが稀なのだ。慣れているララのほうが普通ではないのであって、大人を頼ろうとするのはなにも間違っていないと思いなおす。
今更な考えが次々にわいてきて渦を巻く。
ルルはうつぶせになると、枕にぼふんと顔を押し付けた。少し埃っぽい枕は、師匠宅で使っているララとお揃いの物よりもごわごわしていた。
――どうしてわたしだけ呼んだんだろう。
これも懸念事項の一つだ。
今回の訪問は両親の要請によるものだ。ルルとしては親子関係の改善を求めるものであることを願っているが、そう甘くはないだろう。ルル一人が呼ばれていることから見て、姉妹揃って仲直りというわけにはいきそうにない。
加えて、両親の性格やこれまでのルルの扱いからしてもそれは考えにくい。あまり考えたくないことではあるが、何らかの打算的な理由があると見るのが自然だ。
絶対に裏があるというララの言葉がよみがえる。
裏。では、ルルだけが呼ばれて両親にとって得となることとは?
「なんだろう。わかんないや……」
ルルはごろごろと寝返りを打ちながら考えをめぐらせていたが、見当もつかない。全てが明らかになるのは到着してからだ。
――でも、おとうさんとおかあさんに会えるチャンスなんだ。
向こうが何を考えているにせよ、貴重な機会であることに変わりはない。
そうと決まれば早く眠らなければ。
ルルは部屋の灯りを消して、今度こそ眠りに向かう。
いつも抱きついてくるララがいないので、少し寂しいが寝易かった。
*
翌朝、ルルとその他乗客たちが馬車へと乗り込む。
馬車の内部は四人掛けの座席が向かい合わせて二つ設置されており、定員は八名だ。ルルが乗車した時には満員であったが、先ほどの宿駅で降りた者がいたようで六名に減っていた。
「あら、可愛い子が乗っているわね」
隣で発せられた言葉に、ルルは思わず顔を上げる。
ルルを見下ろしていたのは長身の若い女性だった。
クリーム色の長髪には金の髪留め。薄黄色のドレスに、細やかな刺繍が施されたショール、膝には羽根飾りのついた帽子を置いていた。いずれも高価であることが見受けられ、このような馬車に押し込められて旅する者には見えない。
突然話しかけられて少し警戒し、ルルは膝に乗せた鞄を少し強く抱えた。そして、こんな人物は乗っていただろうかと訝しむ。初めてルルを見たような発言をしていたので、先ほどの宿駅で誰かと入れ替わりに乗ったのだろうか。
「ああ、そんなに緊張しないで。あなた、もしかして一人旅?」
「はい」
言ってからルルは後悔した。自分から子供一人だと白状するなど、迂闊が過ぎた。もっとも、少し様子を見ていれば同じ馬車に保護者が乗っていないことは明らかなので、大した差はなかったかもしれない。
「まあ! この歳で、大変ね。目的地はどこかしら?」
言っていいものか迷ったが、それは正直に答えた。
「オークマレット領にある、麦畑の町です。北星祭を見に行きます」
「これは奇遇ね! 私も同じよ。お祭りに絡んでちょっとした仕事があってね。目的地が同じなら、良いお話相手ができたわ」
「そ、そうですか」
妙な相手に絡まれてしまったとルルは思った。しかも目的地が一緒とあっては逃れようもない。しかし、楽しそうに話す様子から邪な様子は感じられなかったので、突き放すのも失礼だと考えて相槌を打つことにする。
「いけない、そういえばまだ名前を言っていなかったわね。私の名前はフラウ。あなたは?」
「ルルです」
「ルルちゃん! 可愛い名前ね」
未だ若干の緊張を解けないルルには構わず、フラウは話を続けた。
「そういえば、オークマレット卿には娘さんがいるそうね。ちょうどルルちゃんくらいの歳らしいんだけど」
「あ、それ、わ――」
わたしです。そう続けようとして思いとどまる。以前、水都へ向かう船の中で、不用意にも人前で宝石を取り出して信弘に注意された出来事が脳裏によみがえる。
子供の一人旅ですと言った後で、貴族の娘ですと言うなど、攫ってくれと言うようなものだ。少し前までのルルであったら何の疑いもなく喋っていただろうが、経験が待ったをかけた。
「ん?」
「いえ、なんでもないです……」
ルルはフラウから顔を逸らして答えた。
「ふぅん……。そう」
不審に思われただろうか。ルルは目だけで馬車の中を窺うが、こちらに注視している者はいないようだった。いつぞやのように、乗り物を降りてから襲われるのはごめんである。
「ところで、オークマレット領の北星祭にフロド第三王子殿下がいらっしゃると聞いたわ。ルルちゃんは知ってる?」
「え? いえ。初耳です」
王子が町に来るとは。
普段は王都や聖都にしか居ない王族や北星教の高僧が全国各地の町や村を訪ねるのも北星祭が持つ特徴の一つだ。今回はちょうどその町に当たったということだろう。
――ということは……。
ルルにはなんとなく今回の呼び出しの意図が見えた気がした。北星祭の来賓として王子が町へ来るのに、その領主の娘が行方をくらましていては体面が悪いのだろう。王宮にすり寄りたい両親が許容できる状況ではない。
ララが激烈的な家出をしてしまったので、まだ実家に焦がれているであろうルルのほうを呼び出したというわけか。なるほど、両親の狙いは正しい。ルルはまんまと呼び寄せられた。
覚悟していたとはいえ、実際に打算的な影が見えてしまうと、ルルは少し悲しい気分になった。
「そういえば、フロド王子殿下もルルちゃんと同じくらいの歳よね」
フラウはその後も話を続けたが、ルルはあまり聞いていなかった。
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