第四話 馬車を追って

 現在のポラニア王国では主要六都市が鉄道で結ばれているが、線路から離れた町や村への移動には主に街道を利用することになる。馬車はその交通手段の主たるものだ。

 複数の町に駅を設置している馬車の事業者が存在しているため、個人での交通手段を持たない者はこれを利用することが多い。

 今回ルルが乗っているのも、そういった馬車の一つ。

 当然追跡にも同じように馬車を利用するものだと思っていたのだが。


「まさか徒歩で追跡とはね……」

「仕方がないでしょう。一緒に出る馬車に乗ったんじゃ意味がないですし、次の馬車に乗ったら遅すぎるんですから。それに、水都に行った時は徒歩で移動したんでしょう?」

「あの時とは距離もペースも違いすぎるけどね」

 僕とルルで王都を目指した旅のことだ。僕らは水都で鉄道に乗るため、水都行きの船に乗った。そして僕らの町から船着き場までは徒歩移動だった。

「ほら、見失ってしまいますよ。急ぎましょう」

「うう……」


 僕らはルルが乗っている馬車の後方を、一定の距離を保って追跡中だ。あまり接近しすぎればバレるし、離れすぎて見失えば万が一の時に対応できない。

 徒歩とはいえ、馬車の最高速度がそれほどでもないことと、優秀な強化魔法のおかげで追跡に不都合はない。だが、座っているだけで移動できる乗り物と自分で足を動かさなければいけない徒歩では疲労が違う。

「そうだ。飛んだらいいんじゃないか? 僕がララを抱えていくから」

 ララが持つ変幻自在の魔籠。翼を生やして飛ぶという、なかなかカッコいい飛行魔法が使える特別な品だ。何度か使って勝手は分かっているし、その方がずいぶん楽に追跡できるのではないか。

「悪くない考えですけど、ちょっと目立つのが気になります」

「飛んでるのを見ればルルなら一発で気づくか」

「作った本人ですからね」

「仕方ない……」

 良案と思ったがダメか。

 僕らはおしゃべりを切り上げて、駆け足で馬車を追う。


 田舎とはいえ街道なのだから普段の魔物駆除や警備の見回りはされている。しかし、それも万全ではない。野盗などは警備が巡回しているのを承知でやっているわけで、当然警備の目を抜ける工夫をして挑んでくる。実際に街道で旅客馬車が襲撃を受ける事件は起きているのだから、油断はできない。


 日が落ちてきた。

 今のところ馬車は何事もなく運行中だ。ただ、中の様子が分からない点が気になる。

「もうすぐ宿駅ですから、姿が見えると思いますよ」

 ララが言った通り建物が見えてきた。

 薄暗くなってきた平原の中、街道沿いにポツンと建っている二階建ての宿だ。

 ルルを乗せた馬車は宿駅の敷地へと入っていき、乗客を降ろし始めた。降りてくる人たちの中にルルの姿を確認できた。

 乗客たちが次々に建物へと姿を消してゆき、ルルが無事に宿へ入ったのを遠目に見届けて、僕はひとまず胸をなでおろす。

「大丈夫そうだね」

「はい。私たちも休むとしましょう」

「僕らもあの宿に?」

「まさか。何のためにこんな面倒な追跡をしてると思ってるんですか。バッタリ会ったらここまでの苦労が水の泡ですよ」

「そしたら、近くの村とか? 宿駅があるなら近くに村があるでしょ」

「いいえ。野宿します」

「は?」

 ララは周囲を見渡すと、少し進んだところにある林に目をとめた。

「あの林に隠れましょう」

「え、冗談じゃなくて……?」

 僕の言葉も聞かず、ララは駆け足で林に辿りつくと早々に野営の支度を始めた。こういったことに経験があるのか、素人目にはとても手慣れているように見えた。ララの家柄を考えるとこういったこととは無縁だと思っていたが、ハンターアデプトともなれば野宿で魔物狩り程度はよくあることなのかもしれない。


「さて、私はちょっとお姉ちゃんの様子を見てみますので、ノブヒロさんは先に食事をとっていていいですよ」

 荷物を広げ終わった後、そう言って堅パンを投げてよこすララ。

 宿に行けばバレるかもしれないと言っていたのに、様子を見に行くとはどういうことだろう。そう思っていると、ララは伸縮式の立派な単眼望遠鏡を取り出した。

 ララは望遠鏡を紐で体に結わえると、林の中でも背の高い木を選んで登り始めた。

「なにしてるの」

「お姉ちゃんがこっち側に面した部屋に来ないかなと思って」

 覗きじゃないか……と突っ込みを入れる体力もなく、僕はもそもそと堅パンを食べ始めた。

 頭上からは「あっ、お姉ちゃん見えましたよ!」などと、何故か少し嬉しそうな報告が降ってきたが、食事を終えるころには疲れと眠気がどっと押し寄せてきて、僕はまどろみの中へ落ちて行った。


          *


「ノブヒロさん、起きてください」

 ララの声に僕は意識を取り戻した。

 どのくらい経ったのか、町から離れた平原のど真ん中ですっかり眠りこけていたようだ。既に周囲は真っ暗闇で、林を出れば満天の星空を拝むことができるだろう。

 街道とはいえ魔物や野盗の危険がある場所で無警戒に眠ってしまったことに少しの反省と恐怖を覚えつつ、頭を振って眠気を払った。

「どうした?」

「お姉ちゃん、寝返りばっかり打ってて、なかなか寝付けないみたいです」

 ララは相変わらず木の上に陣取って枝葉の隙間から望遠鏡を突き出してルルを見守り、もとい覗きをしていた。

「きっと私がいないから落ち着かないんですよ。お姉ちゃんってば、あんな強がり言っても私がいないとダメですね」

「お前も落ち着け」

 僕の印象では逆だと思うんだけどな。むしろララが抱きついてこない分、環境的にはいつもより寝やすいのではないだろうか。

「それで、そのどうでもいい報告のために起こしたの?」

「まさか。そろそろ見張りを交代しましょう。私も寝たいです」

「分かった。ごめん、いつの間にか寝ちゃってて」

 ララは軽々と木から滑り降りてくると、リュックから薄手の毛布を取り出して広げ始めた。

「僕もルルを見張るの?」

「いえ、私たちの周囲を見張ってください。……まさか、お姉ちゃんを覗くつもりだったんですか?」

 蔑むような視線を向けてくるララ。

 自分のことは棚に上げて、よく言うよ全く。

「やっぱりノブヒロさんを見張っておかないとだめかもしれないですね」

「いいから、さっさと寝た寝た」

 ララは毛布にくるまって横になったが、抱き着く相手がいないせいか長いこと寝返りを打ってばかりで、なんとも落ち着きがなかった。

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