第三話 追跡開始

 ルルが単独での出立を宣言してから、なんとも気まずい時間が流れ、今日はいよいよ旅立ちの朝である。

 師匠宅を出る前、最後に荷物の確認を済ませたルルが玄関に立つ。

「ルル、本当に大丈夫?」

「はい」

「貴重品は見せびらかさないようにね。暗い路地に入っちゃだめだよ。鞄はしっかり持ってね。宿では鍵がかかる部屋を選んで。それから――」

「本当にだいじょうぶですから」

 本当に心配だ。だってルルの一人旅だぞ。

 僕との旅の最中、水都と王都で計二回も強盗に遭った記憶が思い起こされる。水都に至っては殺されかけた。自衛ができるララはともかく、ルル一人であんなのに狙われたらどうなることか。道中は野盗に魔物、危険がたくさんある。

 それだけではない。無事に両親の下へたどりついたとして、そこからが本格的に心配なところだ。

 王都での再会を思い出す。ルルを叩きのめした、手酷い歓迎。どうしてもあの両親が心からルルを迎え入れるところを想像できない。ララの言う通り、何か裏があるのは間違いないだろう。

「やっぱりさ、ララと一緒に行ったほうがいいと思うんだ」

「……ララが行かないって言ってるんだから、知りません」

 ララの話を出すと、ルルはぷいと横を向いてしまった。これはダメっぽいな。ララには止められているが、やっぱり僕がついて行くべきか。

 背後をちらと確認する。戸棚の陰に隠してあるのは僕の荷物だ。ララには内緒だが、実は支度を済ませてある。ルルなら断りはしないだろう。

「あのさ――」

「ノブヒロさん」

 僕の言葉はララによって遮られた。

 もう一度振り返るとララが居た。僕の荷物を隠すような位置に立っている。残念ながら企みはばれているようだ。

「ララ、やっぱり考え直さないか? ルル一人じゃ絶対に危ない」

「そもそも行かなければ危なくありません」

「そうだけど、それ言ったら終わりだろ」

「道中のことはともかく、ノブヒロさんはお姉ちゃんが両親に会うことに賛成なんですか?」

「それは……」

 正直言うと、賛成しかねる。

 期待を持たされて裏切られたときの、あの酷さは想像を絶するからだ。あんなルルは二度と見たくない。しかし、拒絶があったとしても、今のルルなら前と同じようなことにはならないだろうとも思える。きっと今回のことだって、上手くいかない可能性をルルは承知しているはずだ。そのうえでルルが自分で決めたことなら、その意見は尊重するべきではないか。

「答えに迷うようなことに手を貸さないようにしてください」

「そうは言っても――」

「いいです。別にお願いしてませんから」

 僕の返答を、そっぽを向いたままルルが遮った。二人に挟まれたまま、僕は途方に暮れる。お互い聞く気が無いのでは僕が間に入ってもどうしようもないではないか。

「では、行ってきます。おじさま」

「う、うん。いってらっしゃい」

 扉が閉じ、大きくため息が出る。

 結局ルルをたった一人で送り出してしまった。僕は一体何をやっているんだろう。


 ルルが出発してしばらく経った頃、奥の部屋から師匠が出てきた。今まで自分の研究をしていたようだが、見送りくらい出てきてもよかっただろうに。

「師匠、結局ルル一人で行っちゃいましたよ」

「そうか」

「そうか、って心配じゃないんですか?」

「お前らも行くんだろ? 別段心配はしとらんぞ」

「僕らが行けないから心配してるんですよ」

 正確には、僕は一緒に行きたいがララに引き留められているというのが正しい。

 どうしようもなく僕がうなだれていると、師匠が意外なことを言った。

「こいつは行く気のようだが」

「え?」

 顔を上げると、ララが僕の目の前に立っていた。手には僕が密かに用意していた荷物、背にはララが用意したと思しき自分のリュック。服装も旅装束として使っている、少し厚手の外套になっていた。

 呆気にとられる僕に、ララは荷物を投げてよこした。なんとか慌てて受け取る。

「何してるんですか、すぐに出ますよ」

「は? え? ちょっと、どういうこと」

「そろそろ馬車が出ている頃です。すぐに後をつけましょう」

「でも、さっきまで行かないって……」

 既に玄関の扉を開け放ったララが、僕に向けて呆れた視線を送ってくる。

「お姉ちゃんはノブヒロさんに甘えすぎてます。最初からついて行くと言っていたら今後もノブヒロさん頼りで無茶ばかり言うはずですから、こうしたほうがいいんですよ」

 そんなこともわからなかったのかと言いたげな口調で言われても……。

「師匠もわかってたんですか?」

「ああ。お前もそのつもりだと思っておったわ。旅支度をしておったしな」

 そういうつもりで準備していたわけではないけれど、ひとまずルルを一人で放り出すつもりはないということは分かった。まずは安心していいだろうか。

「わかった。あくまでも影から見守れってことね」

「……本当は行くこと自体反対です。でも、お姉ちゃんは言い出したら聞かないので、これで妥協するということです」

 少しだけ不服そうに言うララ。

 なんだかんだ言っても、やはりララはルルのことが一番だ。

「だから、あんまりお姉ちゃんを甘やかさないでくださいね。ノブヒロさん、お姉ちゃんのわがままならなんでも聞いちゃいそうで心配です」

「僕はララのわがままにもだいぶ振り回された覚えがあるけどな」

 僕からしてみればどっちもどっちだ。そして、どっちのわがままも聞いていて悪い気はしないし、巻き込まれて迷惑に思ったこともない。僕の方から首を突っ込んだこともあるわけだから文句もない。

 僕の言葉に、ララは無言で睨みをきかせてきた。やっぱり同じ顔してても、こういうのはララのほうが怖いな。

「わかったわかった。とにかく追っかけよう」

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