第二話 不穏な便り

「……少しやりすぎました。ごめんなさい」

「うん」

 今度は否定しない。

 ララから二度目の謝罪を受けながら、僕らは師匠宅に帰ってきた。

「なんだお前ら。ピクニックに行ったんじゃないのか?」

「そうです」

 そう言う僕の服は裾が焼け焦げ、泥が付着し、皮膚にはところどころ軽い痣が浮き出ていた。どう見てもピクニックに行った者の風貌ではない。師匠の疑問は尤もだった。

「ちょっとばかりアグレッシブなピクニックでして」

「そうか。なんだか知らんが、泥は外で払って来い」


 僕が泥を落として部屋へ入ると、先に戻ったルルとララが神妙な顔をして卓についていた。傍には師匠も腕組みをして卓に目を落としている。

「あの、おじさま。これが……」

 僕も卓に寄ってルルの手元に目を向けた。

「手紙か」

 嫌な思い出がフラッシュバックする。

 また、どこぞからの損害賠償請求じゃないだろうな。少し前には学都でララが暴れたし。

「どこから?」

「それが、両親からなんです」

「本当?」

「はい。わたし宛で来てます」

 ルルから手紙を受け取る。僕はまだ文面をしっかり読めるほどこの国の言葉を習熟していないが、宛名書きにルルの名前を読み取ることはできた。

「あれ? ララの名前が無い」

「まあ、私は派手に喧嘩別れしてきましたからね」

 そういえば家出の時、ちょっと強引な手を使ったようなことを言っていたな。

「別に戻るつもりもないから、どうでもいいですけど」

「でも……」

 ルルの心配などララにとってはどこ吹く風だ。本当にきっぱりと両親を見限っているんだな。

「とりあえず、内容を見てみよう。ルル読んでくれる?」

「は、はい」


 ――

 ――――


「――ということだそうです」

北星祭ほくせいさいね。そういえばもうすぐか」

 ララが天井を仰いで言う。

 手紙の要点はこうだ。

 近く、北星祭なるお祭りがあるらしい。国教に準じた国民的祝祭で、全国の町や村でお祝いがされるのだとか。ルルとララの故郷にある町でも祭事を行うので、帰ってこいとのことだった。

「王都のあの家は別邸だったんだ。まずそれに驚いた」

「本邸は領地にありますからね。王都にべったりでろくに帰ってないみたいですけど。さすがに祭事となれば帰らないわけにもいかないでしょう」

 ルルの両親に初めて会ったのは王都だったが、彼らは地方に領地を任されている歴とした貴族だ。今回ルルが呼ばれているのは、領地にある本邸ということになる。

「しかし、内容にもララの名前は出てこないな」

「わたしが呼ばれた理由もよく分かりません。まだ仲直りもできてないのに」

「確かに。特にルルのほうから手紙出したりはしてないんだよね」

「はい」

 両親との関係が険悪になっているのはララだけではない。何故ルルだけが突然呼ばれたのだろうか。

「これから仲直りしようと思って送ってきたとか?」

「じゃあなんで私は呼ばないんですか?」

「うーん……」

 関係を改善しようと言うなら、ルルとララ両者を呼ぶべき。確かにその通りだ。

「絶対に裏があるから、帰っちゃダメ」

 ララがルルの手から手紙を取り上げた。

「またろくでもない目に遭わされるに決まってるんだから」

「でも、今度こそ仲直りできるかも」

「お姉ちゃんはそんな簡単に……。自分がされてきたこと忘れたの?」

「だって、もし本当に仲直りしようとしてるなら、無視しちゃったら今度こそダメになっちゃうかもしれないんだよ」

「さっきも言ったけど、それならなんで私は呼ばないわけ? この時点で怪しすぎるし、仲直りする気があるなら謝罪が一言も書かれてないなんて、おかしいと思わない?」

「だって……!」


「お前ら少し落ち着かんか」


 ヒートアップしつつあった二人が師匠の一言で黙る。

 師匠はララから手紙を取り上げ、ルルに返した。

「とにかく、呼ばれているのはお前だ。お前が決めよ」

「わたしは……」

 ルルは少し俯いて考えを巡らせていたが、やがて意を決したように言った。

「行きます」

「お姉ちゃん!」

 ララが再び大声を上げるも、ルルの顔に迷いはない。こうなってしまったら、もはやルルの意見を曲げることはできないだろう。ルルはそういう子だ。そして、このパターンでいくならばララは必ずルルについて行くことになる。

 しかし、ララの口から飛び出したのは予想外の言葉だった。

「私はついて行かないからね! 行くならお姉ちゃん一人で行けば!」

「えっ」

 さすがのルルも少し驚いたようだ。もちろん僕も驚いた。

「意外だな。ララがルルから離れるなんて」

「甘やかしちゃダメなんです。私がついてくることをあてにして決めたなら、考え直したほうがいいよ。お姉ちゃん」

「うう……。あの、おじさま――」

「ノブヒロさんに頼るのもダメっ!」

 ララが僕の腕を引いてルルから引き離した。

「いや、でもルルが一人旅ってのはさすがにさ」

「できないなら行かなきゃいいんです」

 ララが僕の陰で勝ち誇ったようにほくそ笑む。どうせできないと踏んで挑んだか。なかなか汚い手を使うな。

「わかった」

「え」

「わかったよ。一人で行く!」

 売り言葉に買い言葉。

 この時のララの顔は何とも形容しがたい。ただ、驚きと衝撃に満ちていることだけは分かった。ララは床にへたり込んで嘆く。

「そんな、お姉ちゃんが、また私を、捨てて」

「そんな大袈裟な……」

 少しルルをムキにさせすぎたか、それとも両親との関係改善への意気込みが相当に高いのか。とにかく、ララの思惑は外れた。

「でも、危ないって。ルル一人なんて」

「だいじょうぶですから! わたし準備してきます。三日後には出たいので」

 それだけ言い残すと、ルルは奥の自室に引っ込んでしまった。

「あーあ、どうするんだこれ……」

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