王子の求婚 編

第一話 楽しいピクニック

 火花が爆ぜ、大蛇の巨体が宙を舞う。

 この大蛇はダイヤモンドボアという。片方の眼窩に魔籠のダイヤモンドを誇る、大型の魔物だ。ただし、このダイヤモンドボアに限っては単なる魔物と違う。こいつは僕なのだから。

「いってて……」

「ノブヒロさん、これじゃ練習にならないですよ。一体、何しに来たと思ってるんですか?」

「ピクニックに来たはずなんだが……」

 変身魔法を解除して大蛇から人の姿に戻った僕は、体をさすりながら立ち上がった。

 今日は天気がいいので皆で少し遠出してピクニックに行こうというのはルルの提案だ。そして、いい天気なのだから鍛錬したいというのがララの提案だった。


 僕とララは町の魔物ハンターをしているが、ここら一帯では大型の魔物と戦う機会がほとんどない。そこでダイヤモンドボアに変身できる僕がララの鍛錬相手を押し付けられたわけだ。ピクニックの最中にね……。

「ララったら、もう……。ごめんなさい。おじさま、だいじょうぶですか?」

「大丈夫だよ」

 駆け寄ってきたルルに答える。

「この辺じゃまともにララの相手できる人も魔物もほとんどいないからね。元気が有り余って仕方ないんでしょ」

「でも……」

 ちょっとハードだけど、子どもの遊び相手をしていると思えばいい。たまには元気を発散できないとかわいそうだし。

 師匠がついてきてくれたらなおよかったのだが、彼はピクニックにも鍛錬にも付き合う気はないらしく、家で留守番をしていた。この辺りでララの相手が務まるのは師匠くらいだろうに、どうして助けてくれないかな……。

「ララも謝りなよ」

「……少しやりすぎました。ごめんなさい」

「いいよいいよ。僕にも鍛錬は必要だし」


 ようやく落ち着いて昼食。

 僕らは手ごろな岩に腰かけてルルが作ってくれたサンドイッチを食べる。

 半分かじったサンドイッチを片手に景色を眺めていると、隣でララが僕のズボンを指さして言った。

「何か落ちかけてますよ」

「ん? おっと、危ない」

 ポケットから落ちかけていたのは、文庫本『ポラニア旅行記』だった。

「それ、ずっと持ち歩いてるんですか?」

「まあね。なんかこれ持ってないとさ、あっちのこと忘れちゃいそうで……」

 僕をこの世界にとばした元凶。

 ルル曰く、この魔籠は壊れてしまっているらしい。それでも僕の世界とポラニア王国を繋ぐ現状唯一の手掛かりだ。

「おじさまは、まだ帰りたいと思ってますか?」

「どうだろうなあ。来たばかりのころよりも、あっちのことを考えることが減ってきたような気はする。ここでの生活に慣れてきたからだと思うけど、それでも、たまにホームシックみたいになるよ」

 僕は顔を上げて景色に目を移す。

 この周辺は緩やかな丘陵が広がり、緑の草原をかき分けるように街道が通っている。遠くには雪を頂く山脈が連なり、麓に生い茂る森も見えた。日本で住んでいたベッドタウンでは決して見られなかった絶景だ。

 しかし、今はなんとなくあの地味な住宅街が恋しくなる。画一的な建売住宅に、横並びの団地、遊具の少ない公園。ぼんやりと故郷の景色を思い出していると、ルルが呟いた。

「そうですよね。わたしもです」

「お姉ちゃん、まだそんなこと言って……。あんなところ忘れなよ」

「……うん。分かってる。けど、それでもたまにね」

 王都での一件の後、両親との関係についてルルは自分なりの区切りをつけていたようだが、それは過去を捨て去ることとは違う。懐かしむことくらいあるだろう。ララの見切りがすごすぎるだけだ。

「いいじゃない。思い出くらい大切にしておきなよ」

 僕は手元の『ポラニア旅行記』に目を落とした。

「こんなことになるって知ってたら、もうちょっと向こうでできたこともあったかな」

「ごめんなさい、おじさまは戻りようもないのに、わたし知ったようなことを……」

「別にルルが謝ることじゃないよ」

 ルルが慌てて謝ってきたが、すぐに制した。こちらへ転移してきたことはともかく、向こうで何もしてこなかったのは自分の責任だ。自分で考えて行動するようになったのは、ルルに頼られて旅に出てからのこと。

「もう、こんな話止めませんか? せっかくのピクニックですよ」

 ララが少しうんざりしたような目をこちらへ向けながらサンドイッチに噛り付いた。

 それもそうだ。どうにもならない過去に思い耽ったり謝ったり、ピクニックまで来て話す内容にしてはさっきから暗すぎる。

「確かに。ララなんか明るい話してよ」

「そうですね、また鍛錬の続きをするっていうのはどうですか? 腹ごしらえも済みましたし、体を動かせば元気が出ますよ」

「僕は話をしてくれと言ったんだが……」

 ララは腹をパンと掌で叩いて立ち上がった。やる気満々だった。

 助けを求めるようにルルへと顔を向けるが、困ったような笑みを浮かべられただけだ。

 戦闘狂め。と、言いかけて止めた。

「せめてもうちょっと手加減してくれ。頼む」

 僕は観念して立ち上がった。

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