第三十話 さらば学都
「なんだか戦ってばっかりだったな」
「戦うのを選んだのはこちらですけどね」
帰りの荷造りをしつつ思わず零した独り言に、隣のララが返してきた。
「確かに」
思い起こしてみれば、僕らはリンデン氏の実験に協力する目的で学都へやってきた。それだけなら戦う必要などこれっぽっちもなかったわけだ。とはいえ、今まで知らなかったララの一面を知るうえで、今回の旅は非常に重要だったと思う。そういう点では、ララと一緒に戦った経験は無駄ではないだろう。
「まあ、恨むなら戦闘狂の私をどうぞ」
「……いや、そうは言ってないよ」
「冗談です」
反応に困る冗談はやめてほしいな。
「おじさま、リンデンさんに挨拶しに行きましたか?」
「いや、まだ行ってない」
「行かなくていいでしょう」
「でも大金出してもらうわけだからさ……」
リンデン氏とは激戦の夜以降会っていなかった。
リンデン氏は僕が王立魔法学院から請求された損害賠償を肩代わりしてくれる。
実験の協力報酬ということになっているから義務は果たしているが、さすがに挨拶くらいはしてきたほうがいいだろうな。いろいろあったとはいえ、そこに礼を欠くのはよくない気がする。
「二人が会いたくないなら、僕だけで行ってくるからいいよ」
発端は、僕が出した損害だしね……。
「わたしも行きますよ」
「……仕方ないですね」
まあ、こうなるか。
*
リンデン氏は研究室にいた。
ドーム状の広い天井には、魔籠技術の結晶であるスターゲイザーが変わらず煌めいていた。しかし、その下にあるベッドはもぬけの殻だ。もはや桃花をこの部屋に縛るものは無い。
「何をしに来たのですかな? 心配せずとも、約束の金は支払いますよ」
リンデン氏は机に向かっていた。こちらに背を向けたまま、そっけなく言う。
「帰る前に、そのお礼を言いに来ました」
「ふん……。実験は台無し。今となっては貴方からとったデータも大した意味はない。こちらは大損ですよ」
「身から出た錆ですね。あなたがモモカさんを大切にしていれば、こんなことには――」
「ララ、言い争いに来たんじゃないんだ」
僕はララがヒートアップし始める前に制止した。ララは賢明なので、それで引き下がってくれた。少し表情には不満が見えたけれど。
ララが下がるのを見て、次はルルが尋ねた。
「あの、もうモモカさんには酷いことしないんですよね?」
「……ええ、そういう約束になりましたから。スターゲイザーの開発は今後も継続しますし、モモカもその点では協力する。ただし、恒久的な運用案については見直しすること、スターゲイザーの機能が許す限り、モモカの移動に制限を設けないこと。これが取り決めです」
落としどころとしては悪くないな。むしろ、あれだけの大立ち回りをしたことを考えれば、かなり上出来と言える。罰を受ける羽目になっていてもおかしくなかった。
諍いはあったものの、スターゲイザーを通じて、桃花とリンデン氏、そしてアカデミーは切っても切れない関係にある。破局してしまってはお互いにとって失うものが大きい。それはみんなが分かっていることだ。
「わかりました。ありがとうございます」
ルルは回答に満足して下がった。ルルはリンデン氏のことが嫌いなわけではない。ただ桃花が心配だっただけだ。
「リンデンさん。僕も、あなたの研究は必要なものだと思います。スターゲイザーの使い方や、魔物をコントロールすることの意味、リンデンさんに聞かされた時、僕は何も言い返せませんでしたし、今でも対案を出すことはできません。こんなことを言うのは差し出がましいかもしれませんけど、桃花ちゃんを犠牲にしなくてもうまくいく方法が見つかるように願ってます」
僕は率直に思っていたことを述べた。
都市部周辺の魔物。ララは地道な駆除という形で、リンデン氏は魔物をコントロールすると言う形で、それぞれ解決を目指していた。理念の対立や方法の問題点はあったが、目指すところは同じ。それはララも認めるところだった。
リンデン氏は僕を一瞥し、すぐに机へと向き直った。僕らのことをどう思っているかはわからないが、この人が研究を諦めるとは思えない。いつか問題を円満解決できる日が来ると良いな。
「失礼します」
無言のリンデン氏を背に、僕らはアカデミーを後にした。
駅に到着し、ホームへと向かいながら、ふとアカデミーの方を振り返る。
「最後に桃花ちゃんのところにも顔を出しておきたかったんだけど」
「研究室には居ませんでしたね」
自由の身となった桃花。スターゲイザーの効果範囲から言っても学都周辺のどこかにはいるのだろうけど。
「いいじゃないですか、また来れば」
先を歩きながら、ララが言う。
「私たちが今日帰ることは知ってるわけですし、きっと今は自由を満喫するのに忙しいんですよ」
すたすたと進んでいく後ろ姿からは、ここ数日見られなかったような軽やかさを感じた。ララは目覚めてから桃花と何を話したのだろうか。
「そうだね。また来ればいいよ」
「はい」
*
列車は旅客を乗せ、学都を出発した。
来た時とは逆方向に線路をたどる。迫るような建築群と壁を抜ければ、車窓に広がるのは緑の平原と晴れた空だ。英知の塊を背後に、列車は進む。
さすがに帰りの道は一等車というわけにはいかない。僕らはボックス席に詰めて、流れる景色をなんとなく眺めていた。
ここ数日の疲れか、三人とも口数が少なくウトウトとしてきたころ、にわかに車内が騒めきはじめた。隣のボックス席では老婦人が空を指さして目を丸くしていた。辺りを見渡せば、他にも車窓から空を見ている者が多い。中には興奮状態で叫んでいる人までいた。
「なんだ?」
つられて僕らも空へと目をやる。
快晴の空に、大きな鳥が舞っていた。
七色の輝きを放つ、虹の鳥。あの晩戦った学都の魔物だ。
一瞬身構えたが、様子がおかしい。虹の鳥は長い尾をひらひらと振り回し、まるで踊るように飛びながら列車に並走している。
「……まったく、随分と派手な見送りですね」
ララが少し困ったような笑顔を浮かべながら言う。
なるほど、桃花が操っているわけか。種が分かれば魔物を見る目は一気に和やかな気持ちになった。事情を知らない周りの人たちには少し申し訳ないけれど。
虹の鳥は一際大きく輝くと、列車の前に大きく弧を描いて飛んだ。
僕らは快晴に架かった虹をくぐり、家路をたどる。
いろいろあったが、今回も悪い旅ではなかっただろう。
魔籠機工編 完
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