第二十九話 あたらしい守護者

「おじさま! ララが目を覚ましましたよ」

 昼過ぎ。

 ルルが呼びに来た時、僕は学生食堂でコーヒーを飲んでいるところだった。

 一番人気の中央棟学食は桃花との戦いでボロボロになってしまったので、今いるのは別のところだ。

「ほらほら、早くいきましょう!」

「今行くよ」

 もたもたしていると、ルルが僕の手を引っ張っていこうとしたので、カップに半分ほどのコーヒーを一気に飲み干して立ち上がった。


 僕は医務室でベッドに横たわるララと対面した。学都に来てから、ララは宿舎よりも医務室で寝ている時間のほうが長かったのではないだろうか。

「ノブヒロさん」

「やっと起きたか」

「どのくらい眠っていたんですか?」

「二日と半日かな」

「そんなに……」

「うん。まあ、怪我のせいでもあるけど、もともとかなり疲れがたまってたんじゃないかって医務の先生が言ってたよ。この街に来てから戦ってばっかりだったから」

 ララは桃花にこてんぱんに叩きのめされたが、それでもきちんと手加減されていたようだった。怪我の度合いも見た目ほどひどいものではなく、治癒魔法をかけてもらったら一晩でほとんど良くなっていた。それでも目を覚まさなかったのは単なる過労だろうとのことだ。

「モモカさんはどうなったんですか?」

「見事に計画を成功させたよ」

「……というと?」

 僕はララが寝ている間に起こったことを説明した。

 僕らを倒して魔法の発動に成功した桃花は、スターゲイザーを通して学都全体をコントロールする力を手に入れた。だが、当然リンデン氏をはじめとするアカデミーの面々がそれをおとなしく受け入れるわけがない。

 すぐにでも不当な占拠を止めるよう、リンデン氏を筆頭にアカデミーの人達が交渉に臨んだが、逆に桃花の側に味方した人たちもいた。桃花を強引に独占して実験を進めるリンデン氏のやり方に不満を持っていた者たちだ。

「――それで、桃花ちゃんはそういう人たちを味方につけたみたいだ。自分の能力をリンデンさんの独占とせず、その人たちの実験にも協力するって条件でね。まあ、スターゲイザーを使った、半分脅しのような部分も入っていたと思うけど」

「また余計な面倒ごとを背負いそうなことを……」

「まあ、敵の敵は味方っていうし」

 確かにまだまだ危ない綱渡りのような状態ではあるが、あれほどの豪胆さを見せた桃花ならば大丈夫に思える。

 ララは大きくため息をついた。

「結局、私が勝手に首を突っ込んで、勝手にやられただけですか」

「どうかな」

 僕らが居ようが居まいが、桃花は計画を成就できただろう。しかし、僕らは本当にただ巻き込まれただけで終わったのだろうか。

「ララの目が覚めたら、話がしたいって桃花さん言ってたよ。一度会いに行って来たら?」

 ルルがそう伝えると、ララは頷いて身を起こした。


          *


 桃花とララが大暴れした影響により中央棟の魔籠式エレベーターは途中までしか動いていなかったので、ララは仕方なく階段を上った。

 屋上にたどりつくと、激しい損壊の跡が目に留まる。あちこちにひび割れや焦げ跡、そして大穴だらけで、階下の床が見えているところもあった。安全のためか、広くローブが張られており、立ち入りが制限されているようだ。

 そんな屋上の縁に、桃花は立っていた。こちらに背を向けて学都の街を望んでいる。

 ララはロープをくぐって桃花のところへと進んだ。

「ね、今この街ぜーんぶ、私の物なの。すごくない?」

「すごくありません。ただ不当に占拠しているだけです」

「私だって不当に監禁されてたんだし、このくらいのお返し許してよ。それに、普通に暮らしてるほとんどの人たちはあの日にアカデミーで何が起きたのかも、私の存在も知らないんだから、今までと何も変わらない。変わったのは、私だけだよ」

 桃花はただ自分の自由が欲しかっただけ。学都は単なる交渉材料だった。占拠したからといって、桃花が学都に対して何かをしてやろうという気が無いのはララにも分かっていた。

 そうなると、ララにはわからないことがある。

「どうして、私と戦ったんですか?」

「んー?」

「あの日のモモカさんは、まるで私たちに邪魔されるのを待っていたみたいです。実際のところ、スターゲイザーの力を使えば、このくらいのことはもっと簡単にできたんじゃないですか?」

「まあね」

「ではどうして?」

「ララちゃんを見てたらさ、なんかちょっとだけ腹が立っちゃって」

 桃花は柵に背を預け、ララへと顔を向けた。

「だって、何に縛られてるわけでもないのに面倒ごとばっかりに自分から首突っ込んでさ、それで学都の方針にはぶつぶつ文句つけてるんだもん」

 一人で魔物退治を続けていたことを言っているのだろうか。

「わかんなかったなぁ。自分でどこにでも行けるのに、誰に強制されてるわけでもないのに、ホントにわかんなかった」

 桃花は自分でどこにも行けず、実験への参加は半ば強制的な物だった。アカデミーからは一方的な搾取を受けていたと言っていい。そんな桃花から見れば、ララの行動は理解に苦しむものであっただろう。

「面と向かって学都に逆らうことはできない。でも、学都に困ってる人たちは助けたい。で、結局自分だけが全部背負い込んで、どんどんボロボロになっていく」

「……」

「そんな優等生のララちゃんに一発ガツンと気合を入れてやりつつ、ちょっと助けてあげようと思ったんだ」

「私を助ける?」

「これからは私が、学都の周りで魔物退治をしてあげるよ」

 あの晩、ララを叩きのめした桃花が言っていたことの真意はこれか。

 ララが黙っていると、桃花はそのまま話をつづけた。

「もしもララちゃんが私を止めに来るようなら、そうしようって決めてたの。あ、心配しなくてもいいからね、私、ララちゃんより強いから」

 桃花はウィンクをしてみせた。

「それを証明するために、わざわざ手加減までして私をボコボコにしたんですか」

「あ、わかってた? 死んじゃわないように倒すの大変だったんだから。感謝してね」

 あの一戦でのララは間違いなく本気で戦っていた。それでもスターゲイザーを駆る桃花には敵わなかった。おまけに手加減までされていたのだから、もはや文句のつけようもない。

「……わかりました。私の完敗です」

「素直でよろしい」

 一陣の風が吹いて、ララと桃花の髪を揺らす。

「ねえ、もう帰っちゃうの?」

「ええ」

「そっかー、ちょっと残念だけど。仕方ないね」

 そう言って、桃花は再び街並みへと身体を向けた。

「また遊びに来なよ。その時にはここもきっと直ってるからさ。そしたら一緒にご飯でも食べようね」

「はい。それでは、また」

「またね」

 ララは桃花に背を向けて歩き始める。そうして階段の元までたどりつくと、ふと足を止めた。

「モモカさん」

「ん?」

「……ありがとうございました」

 それだけ言い残すと、返事は待たずに屋上を後にした。

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