第二十八話 桃花の乱(四)
ララが桃花と距離をとって、僕らを庇う位置に立った。桃花から目を離さないまま、背後の僕に声をかけてくる。
「ノブヒロさん、大丈夫ですか?」
「なんとか」
しかし万全とは言い難い。僕はよろよろと立ち上がり、ルルから剣を受け取る。
「おじさま……」
「ありがとう、ルル。助かったよ」
心配そうにすり寄ってきたルルを労った。ルルがうまく対処してくれなかったらどうなっていたことか。
「そんなことしなくても、桃花ちゃんが強いのは分かったよ。でももう、止めよう。別の方法を考えられないか?」
ほとんど望みはないと分かっていても、僕は呼びかけた。
「今更やめても何も解決しないどころか、今よりも悪くなっちゃう。もう最後までやるしかないんだよ。それに、まだララちゃんが本気を出してない。本気のララちゃんと戦わないと、あんまり意味がないんだ」
「どうして私と戦うことにこだわるんですか?」
「ララちゃんを助けるためだよ」
「私のため?」
「ララちゃんがおせっかいで私を助けようとするのと、似たようなものかな」
「……理由はよくわかりませんが、退く気が無いことだけは分かりました」
ララが再び杖を構える。
「ノブヒロさんは下がっていてください」
「でも――」
「巻き込みたくないので」
邪魔だと言われないだけよかったかもしれない。顔はこちらへ向けないが、ララの背中からはハッキリとした闘気を感じた。本当に桃花相手に本気を出すつもりなのか。
「建物を壊さないでくれよ」
半ば冗談で残した言葉に、ララは返事をしなかった。
僕はルルに支えられながら屋上の端によると、腰を下ろした。
「おじさま、だいじょうぶですか?」
「大丈夫だけど、戦うのは無理っぽい。ララも分かってたのかも」
対峙するララと桃花が見える。正直なところ、僕らが桃花の邪魔をしていいものなのか、まだ迷いがある。だが、僕がどう思おうと、あの二人を止められる者はここにいない。
先に動いたのはララだ。
杖を一振りすると、ララの周りで魔法の紋様が踊り狂う。次いで、桃花の足元で爆発。床が破砕され、爆炎と粉塵が桃花を覆い隠した。
当然、これで倒せるなどとはララも思っていないのだろう。ララの杖から粉塵の中へ向けて、白色の光線が群れをなして突き刺さってゆく。回避の隙が無い弾幕。休みない連撃に建物が震える。
しかし、ララの攻撃は、桃花からの反撃で中断した。桃花を中心に、不可視の衝撃が周囲に叩きつけられる。辺りを包み込む粉塵は一瞬にして掻き消え、桃花の足元には波状の亀裂が広がっていた。
目に見えない連撃がララを襲い、ララは屋上を跳び跳び、回避する。ララの回避に一歩遅れて、桃花の魔法が床を打ち砕いてゆく。
忙しなく動き続けるララに対して、桃花は一歩も動いていない。何の動作も起こさないまま、ただ目線だけでララを追っている。スターゲイザーによる強固な防護を盾に、圧倒的優位な位置から攻撃を繰り出し続けているのか。
ララは回避をつづけながらも時折攻撃を放つが、桃花へは届かない。
「乞う。聖天の光。矢となりて、我が敵を貫き給え」
攻撃が通用しないと分かって戦い方を変えたか。ララの呪文に応えて、魔籠が弓へと変化した。ララは回避をつづけながら、器用に反撃の一射を放つ。
眩い光の矢が群れとなって降り注ぐも、それらは打ち消されてゆく。
その後も手を変え品を変え、多種の魔法が目まぐるしく繰り出された。射撃、爆発、氷結、暴風、光線。そのすべてが熟練した技巧、まさしくララの本気を窺わせる一撃であったが、桃花は一歩も動かず完全にいなし続けた。
「乞う。深淵の影。槍となりて、我が敵を貫き給え」
何度目の攻撃か、ララが桃花の攻撃を跳躍で回避、空中から影の槍を突き出す。その鋭い穂先が分裂し、数多の触手となって桃花へと襲い掛かった。
やはり、そのほとんどは桃花へ届く前に魔法の障壁によって打ち消された。だが、撃ち続けた魔法が功を奏したか、そのうちのたった一本だけが壁を貫いて桃花へと届く。
初めて桃花が体を動かして回避。ララの渾身の一撃は、桃花の頬に小さな切り傷を残した。
桃花が頬に手を触れ、その指を濡らす血の雫に目を落とした。
「これは……ふふっ。さすが」
桃花の攻撃が止み、ララも攻め手を休めて息を整える。
足場はすでに荒れ果て、部分的には崩れ落ちているところもあった。
「本気のララちゃんは強いね。これじゃあ、誰も代わりが務まらなかったわけだよ……」
「なんですって?」
「ララちゃんも私と同じだなって」
突如、桃花の頭上に青白く輝く星座の陣が出現。回転と明滅を繰り返しながら目まぐるしく変化し始めた。新たな魔法にララが備える。
複雑に象られた星座から、剣と翼を携えた巨大な天使の幻影が浮かび上がる。
「これは……!」
天使は剣を振りかぶると、ララへ向けて大きく切りつけた。瞬間、星の輝きが爆発的に増大。あまりの光量に視界は塗りつぶされた。
僕は隣で驚愕の表情を浮かべているルルに覆いかぶさって庇う。
轟音と衝撃。
空気の震えが収まり、僕はようやく顔を上げた。既に天使も星座の陣も消え去り、そこには一人佇む桃花と、階下まで大穴を穿たれた床が見えた。
ララを探す。辛うじて直撃を避けたのか、彼女は屋上に残された祭壇の近くに倒れていた。全身はズタズタで、とても戦いを継続できる状態には見えない。なんとか立ち上がろうとしているようだが、それすらおぼつかないようだ。
桃花はそんなララの横をゆっくりと歩いて祭壇へと辿りつく。
「待っ……て」
「……ララちゃんのそういうところ嫌いじゃないけど、だめだよ。ララちゃんには心配してくれる人がいるんだから」
桃花はしゃがみ込むと、ララへ諭すように言い始めた。
「こんなにしてごめんね。でも、本気のララちゃんをこてんぱんにするくらいでないと、認めてくれないと思ったから」
「それは、どういう……」
「ララちゃんの代わりを務められる人がいるってことだよ」
桃花は立ち上がり、祭壇に触れた。
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