第二十七話 桃花の乱(三)
中央棟の屋上。
僕は祭壇と桃花を遮るように着地した。
学都一の高さを誇るアカデミー中央棟は望む夜景も抜群だ。昼間は学食として賑わうこの場所であるが、夜も一般開放して営業したら、素晴らしいロケーションが大変な人気を呼ぶのではないだろうか。
地上と天上、人工と天然。二つの星々に挟まれた僕らの間を、夜風が吹き抜けていく。
「ちょっと手加減しすぎちゃった? 見てたけど、あんまり苦戦してなかったね」
立ち止まった桃花が言う。アカデミーのどこかかゴーレムに仕掛けられた魔籠を通して見ていたのだろうか。僕らにそれを知る由はないが、詳細はこの際気にしない。
「モモカさん、ここにきて何をしようとしているんですか」
「ララちゃんのほうこそ、何しに来たの? アカデミーの人たちが困っても助けないって言ってなかったっけ?」
「私が助けに来たのはモモカさんです。あとで後悔するようなことが無いように」
「ほっといてくれるのが一番助かるんだけどなぁ」
真剣なララに対して、桃花は随分と気の抜けた様子だった。つま先をぶらぶらと遊ばせる余裕すら見せ、呼びかけなどどこ吹く風だ。
「わたしも戦いは嫌です。もっと穏便な方法を考えませんか?」
ルルが一歩前に出て言う。
「穏便な方法って?」
「それは、これから……」
言葉は尻すぼみに消えていった。それを提案できなかったから、僕らは今こうなっている。それが分からないルルではないだろう。
「あのね、ルルちゃん。私とノブヒロさん、この世界では似た者同士なんだよ。私たちはすごい魔力を持ってるらしいけど、それだけじゃ何の意味もないの。魔籠を用意されて、初めて私たちは価値を持つ。ルルちゃんだって、最初はノブヒロさんの魔力が必要だったから一緒に旅を始めたんだよね?」
僕らが旅に出た経緯は、初めて会った時に話をしていた。
「私も同じ、リンデンさんは私の魔力が欲しかったから、私を助けた。ねえ、ルルちゃんにとってのノブヒロさんと、リンデンさんにとっての私、それって一体何だと思う?」
「何って……?」
ルルが返答に困ると、桃花は先をつづけた。
「電池だよ。ルルちゃんも、リンデンさんも、自分が作った魔籠を動かすための電池を持っていなかった」
「そんな、わたしはおじさまのことを電池だなんて思ったことありません!」
「じゃあ、ノブヒロさんが全然魔力を持ってなくても一緒に旅に出たかな?」
「それは……」
ルルが黙り込む。さすがに今の質問は意地が悪い。
代わりに僕がルルの前に出て答える。
「きっかけはどうであれ、僕はルルから電池扱いされたことなんて一度もない」
正直、僕自身はルルにとっての電池程度の存在でも構わないと思っているが、優しいルルはそれを望まないだろう。
「恵まれてるね。でも、私は違う。魔力のほうが本体で、私はそのおまけでしかない。……だからといって、おとなしく使い潰される気はないの」
桃花は星空を仰いだ。研究室にあるスターゲイザーの星空ではなく、本物の星空。
「こうして空を見るまでに二年間、長かった。もう元の生活に戻れないなら、私はここで、私の好きにさせてもらう。リンデンさんからもらった、このちからでね」
桃花がそう言うと、夜空に甲高い鳥の鳴き声が響き渡った。
「なんだ?」
「三対一じゃ不公平だから」
その言葉の後、眼下より風を切って現れたのは巨大な鳥の魔物だった。サファイアメールバードの親玉に並ぶほどの巨体が月光を遮り、屋上に影を落とす。七色の鮮やかな羽毛と長大な尾羽は、魔物でありながら見惚れてしまいそうな魅力を持っていた。
虹の鳥は僕らの様子を窺うように上空を旋回し始めた。桃花のコントロール下にあるのは間違いないだろう。
「こいつもアカデミーの魔物か」
まずいな。これまでの経験上、アカデミー産の魔物は恐ろしく強い。スターゲイザーの魔法を操る桃花を相手取りながら、魔物とも戦わなくてはいけない。
どうしたものかと思案していると、背後から突然ルルの悲鳴が聞こえた。
「ルル!」
振り向いた僕らの前にいたのは、見覚えのある魔物だった。旧街道の渓谷で戦った、十一本足の不気味な大蜘蛛。そいつが祭壇を守るように陣取っていた。ルルはそれをみて驚いたようだ。
「これで三対三だね」
「交渉決裂か……」
戦えないルルを戦力に数えられていることには文句を言いたかったが、仕方がない。
前の戦いではララが死力を尽くして、ようやくあの大蜘蛛を一体倒した。虹の鳥の実力は未知数だが、この状況は明らかにまずい。率直に言うなら、絶対勝てない。
「ララ、どうする? 正直、無理だぞこれ」
だが、ララはすでに杖を構えて臨戦態勢に入っていた。退く気はないらしい。
「大丈夫です。きっと手加減してくれますよ」
そう言ってララが少しだけ見せた笑顔は引きつっていた。冗談きつすぎる。
「敵の手加減には感謝しないんじゃなかったのか?」
「特別に許します」
「仕方ないな」
僕も腹をくくり、剣を抜いた。
「ララ」
僕は変幻自在の魔籠をララへと投げて返した。これはララのほうが扱えるだろう。
「ルルは僕の後ろに」
「はい……」
「フィジカルライズ」
呪文を唱え、準備を整えた。
カッコつけてはみたが、ここからどうするべきか。
虹の鳥は相変わらず上空を旋回中だ。しかし、その鋭い目は常にこちらを観察しており、いつでも襲いかかる準備ができていると見える。一方、大蜘蛛は祭壇の前に陣取ったまま動く気配がない。元々積極的に襲いかかってくる魔物ではなかったが、今は桃花のコントロール下にあるはずなので安心はできない。
膠着状態を破ったのはララだった。
ララの杖が光を放つ。狙いは魔物ではなく、桃花だ。
桃花は魔法を避けるそぶりを見せない。その余裕を証明するかのように、ララの魔法は桃花の手前で打ち消された。
「乞う。灼熱の炎。刃となりて、我が敵を切り裂き給え」
ララの手に炎の長剣が出現。桃花に接近して振り下ろすも、見えない障壁に阻まれて火花をまき散らすばかりだ。
「おじさま!」
ルルの声を受けて気づく。上空から虹の鳥がこちらへ向かっていた。よそ見をしている場合ではない。桃花のほうはララに任せよう。
僕はルルを庇いつつ身を屈める。虹の鳥は全身から七色の輝きを放ちながら頭上を通過してゆく。何らかの魔法か、虹の輝きは設置されていた机や椅子を粉々に砕き、足場には焼け焦げた跡まで残した。当たれば手加減されても軽傷じゃすまないだろうことを覚悟する。
「ボルテージ」
呪文を受け、剣が紫電を帯びる。大蜘蛛は動く気配がない。ならばまずはあの鳥からだ。
虹の鳥は再び上空を旋回しながらこちらの様子を窺っている。ここから攻撃するのは難しそうだが、同じ魔法で仕掛けてくるならば反撃の機会はある。
予想通り、再び全身から虹を放ちながら突進攻撃を仕掛けてくる。
「ルル、離れて」
僕は剣を掲げて敵の気を引き、攻撃をこちらへ誘導。七色の輝きが足場を焼きながら向かってくる。ぎりぎりまで引きつけてから、横に跳んで回避した。
すぐさま身体を反転、遠ざかってゆく敵の無防備な背後へ向けて雷撃を放つ。
攻撃は敵の背に命中。悲鳴にも似た鳴き声を上げながらも、虹の鳥は再び上空へと戻った。これを繰り返していれば勝てるか? だが、その目算は甘かったとすぐに思い知らされる。
背後から何かを浴びせかけられ、僕は派手に転倒した。受け身も取れずに頬を酷く擦りむく。
「なんだ……」
すぐに立ち上がろうとするも、腕が動かない。よく見れば僕の体を縛り上げるように粘着質の糸が絡みついていた。
「くそ、あいつか」
大蜘蛛の魔物は祭壇前から一歩も動いていない。だが、虹の鳥と戦ううちに奴の射程内まで入り込んでしまっていたようだ。
ふと顔を上げると、ララと攻防を繰り広げる桃花の顔が目に入った。桃花は目の前のララを相手にしながらも僕に視線を投げ、にやりと余裕の笑みを見せた。
立つこともできない僕めがけて、再び虹の鳥は攻撃を仕掛けにかかる。
「ルル、離れて!」
「おじさま!」
最初にルルと距離をとっていてよかった。虹の鳥は再び魔法を放ちながら僕の元へと突撃。僕は身を固くして、今度こそ七色の衝撃をこの身に受ける。
全身を打ち付け、熱と光に皮膚を焼かれた。体は一瞬にしてボロボロにされたのに、僕を縛る糸は攻撃に耐えていた。
「ルル、逃げて……」
これでも手加減されているのだろうが、次食らったら本当に死ぬかもしれないと思うくらいには痛い。ララは桃花との交戦で手が離せなさそうだが、こちらの様子に気づいてはいるようで、顔に焦りが見える。
上空から再び虹の鳥がやってくる。その時、ルルが動き出した。
ルルは僕が落とした剣を拾い上げると、あろうことか虹の鳥に向けて振りながら走り出した。
「こっち! こっちだよ!」
ルルに気を引かれたのか、虹の鳥は攻撃目標を変えたようだ。
「ダメだ、ルル!」
僕から攻撃を逸らすためだろう。目立つように両手で剣を掲げつつ、僕から離れていくルル。やめさせようにも、今は僕もララも自由が利かない。しかも、ルルは大蜘蛛の方へ向かって走っているではないか。まさか上に気をとられて気づいていないのか?
「戻って、危ないから!」
虹の鳥は魔法を放ちながらルルへと突き進み、大蜘蛛がルルを捉えようと身構える。
万事休すと思われた、その時。ルルが飛び込むように身を伏せた。その頭上を、蜘蛛の放った糸が通り抜ける。果たして、ルルの背後に迫っていた虹の鳥は蜘蛛糸の直撃を受けた。
突然翼を絡めとられた虹の鳥。凶悪な魔法を放ったまま、慣性に任せて大蜘蛛へと突っ込んだ。
大蜘蛛の防御魔法と虹の鳥の魔法が激突、激しい揺れと光が屋上を震わせる。
光が収まると、翼が折れて動けない虹の鳥と、防御を打ち破られて手負いとなった大蜘蛛がいた。
「やった……」
ルルは立ち上がり、僕の元へ駆け寄ってきて剣で糸を切り始めた。
「へぇ、ちょっとびっくりした」
声のしたほうへと顔を向ける。そこには未だララの攻撃を完全に防ぎきっている桃花がいた。汗を流して苦しそうな様子のララとは対照的に呑気な顔だ。
「少し遊びすぎちゃったかな。もうちょっとだけ真剣に相手してあげるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます