第二十六話 桃花の乱(二)
突き出された槍を横跳びで回避、伸びきった腕へ紫電の斬りこみ。かなり力を込めた一撃だったが、それでも表面を欠けさせる程度に終わる。
「後ろへ」
ララの声を受けて後ろ跳び。直後、眩い閃光が走ったかと思うと、ゴーレムの腕が落ちる。ララが目にもとまらぬ魔法の光線で焼き切ったからだ。
「さすがだね」
「ここが街中でなければまとめて吹き飛ばすんですが……」
物騒なことを言うララ。確かにララなら爆発だが極太ビームだかで豪快にぶっ飛ばすほうが性に合っているだろう。
ゴーレムは残った腕で剣を振り回すが、ララは最小限の動きでこれを回避。敵の攻撃が止んだ瞬間を狙い、胴へ光弾を叩き込む。ゴーレムは後方へ少しだけよろめきながら、僕らと距離をとった。
「手加減されています」
「まあ、殺すつもりはないみたいだよね」
僕らへの攻撃は素早さに欠けているうえに、すべて急所を意図的に外しているようだった。加えて、周囲に倒れている人たちも負傷こそしているものの、死に至るような状況の者は見られなかった。未だ掴まれてもがき続けているリンデン氏も同じだ。桃花に人を殺すつもりがないことが分かるだけでも、随分と心が楽になった。
「おい、早く私を下ろせ! こちらを先に、うあっ――」
僕の攻撃を回避しようとゴーレムが急激な運動をしたため、リンデン氏の主張は中断された。先ほどから揺さぶられまくっている彼はたまったものではないだろう。まあ、いい気味としか思わないけど。
ララは頭をふらふらとさせるリンデン氏を一瞥して言う。
「あの人のためというわけではありませんが、こんなところで時間をかけたくないのは確かですね。相手が手を抜いているなら、一気に畳みかけて片付けます。ノブヒロさんは下がって、お姉ちゃんを頼みます」
「分かった」
僕は言われた通りルルの前に立って警戒する。ララはそれを確認すると、呪文を唱え始めた。
「乞う、深淵の影。刃となりて、我が敵を切り裂き給え」
ララの手元から影が形を持って伸び始め、魔法の剣となる。準備を終えると、ララはゴーレムに接近して連撃を始めた。敵は防戦一方。素早い攻撃を前に腕も脚も切り刻まれていく。
僕はララから目を話して、もう一体のゴーレムに向きなおる。こちらはリンデン氏を捕まえたままだ。
ララが離れたことを好機と見たか、剣を構えて僕へと斬りかかってきた。
やはり手加減されているのが分かる。狙われるのが肩や脚ばかりなので、僕でも慣れれば余裕で防ぐことができた。堅実に剣で敵の攻撃を受けながら、隙を見つけて魔法の雷を飛ばす。しかし、惜しくも攻撃はリンデン氏の横を通りすぎて背後の建物へと吸い込まれた。
「おい! 私に当てるなよ!」
「自信がありません」
嫌味ではあるが、嘘でもない。雷攻撃で正確に狙いをつけるのは難しいからだ。仕方がない、この剣を手に入れてからはなるべく使わないようにしてきたが……。
敵が剣を構えて踏み込み。その足が着地する寸前を狙って、僕は呪文を唱える。
「ファイヤーキック!」
炎の回し蹴り。突然の足払いに敵がよろめき、胴が空いた。この隙は逃せない。
敵の懐に飛び込み、剣を突き立てる。
「ゼウス!」
魔力が雷へと変換される。莫大な電気の奔流が剣を通してゴーレムを貫く。
流れ込んだ力に耐えきれなかったか、ゴーレムは爆散した。粉砕された土や石が降り注ぐ中、僕は無事に着地した。
「おじさま、大丈夫ですか!」
「大丈夫。桃花ちゃんが本気じゃなくて助かったよ」
このゴーレムの性能はきっとこんなものじゃないだろう。半人前の僕でも隙をつけたのは桃花の配慮があってのことだ。
「敵の手加減に感謝してどうするんですか」
声に振り向くと、もう一体のゴーレムを片付け終えたララが立っていた。やはりこのくらいは朝飯前だったようだ。
「ひとまず片付いたな。すぐに桃花ちゃんを追おう」
「いえ、待ってください」
ララはそう言うと、ゴーレムの残骸を踏みつけて歩き出す。その先には土埃を払いながら立ち上がるリンデン氏がいた。
「まったく、野蛮な戦い方だ。死ぬかと思いましたよ」
「死んでいてもよかったんですけどね」
ララの辛辣な言葉に、リンデン氏は睨みで返した。
「モモカさんの慈悲深さに感謝することですね。私がモモカさんだったら、十回は殺していましたよ」
「昨日まで何もできなかった小娘が、自分の土俵に上がったとたん元気になりましたね。やはり貴女は戦闘狂だ」
「実験狂いの化け物よりは百倍素晴らしい称号です」
ララがリンデン氏の目の前にたどりつき、顔を見上げた。身長の差は歴然であるのに、まるでララのほうがリンデン氏を見下ろしているかのように感じられる。空気を変えるほどの威圧が場に放射していた。
「そんな実験狂いにも役に立てることがあります。いますぐスターゲイザーの制御を取り返してください」
そう言って、ララはリンデン氏の研究室がある建屋を指さした。桃花が出てきたときから認証扉は開かれたままで、もはや守るゴーレムもいない。本来の管理者であるリンデン氏がいれば取り返せると思われた。
「……無駄ですよ。先ほど、モモカがここを去る前に防護壁を起動したようです。スターゲイザー本体を守る魔法は最も堅牢に作られていますから、もはや近づくこともできません」
「管理者のあなたでも?」
「今の管理者はモモカです」
「では防護を破壊することは?」
「あれを破る威力の魔法があるとして、そんなものを使えば都市の半分が吹き飛びますよ」
そこまで聞いて、ララも質問を止めた。リンデン氏の言葉に嘘はないだろう。可能ならば言われなくてもやっているはずだ。スターゲイザーを最も取り返したいのは他ならぬリンデン氏だろうから。
「やっぱり、モモカさんと直接戦うしかないみたいですね」
そして、ララは僕に魔籠を差し出した。ルル特製、変幻自在の魔籠。
「これで中央棟まで飛びましょう」
「分かった」
飛行の魔法はララでも起動できないんだったな。
僕はララから魔籠を受け取って、呪文を唱えた。
「乞う。聖天の光。翼となりて、我が身に風を授け給え」
夜の闇に、輝く翼はよく目立つ。魔法の起動を見てルルが少しだけ目を瞠った。僕とララは何度か見ているが、作者のルルは実際に動いたのを初めて見たのかもしれない。
僕はルルとララを左右の腕に抱えて飛び立つ体勢を整えた。
「私も連れていきなさい」
リンデン氏が近寄ってきたが、ララは冷徹に言い放った。
「あなたは歩いてこればいいでしょう」
唖然とするリンデン氏の顔を背に、僕らは飛び立った。その姿は暗い眼下にあっという間に溶け込み、代わりに学都の夜景が視界を埋め尽くす。
僕は中央棟へと進路をとりながら、ララへ話しかける。
「ララ、今更だけど、この戦いに意味はあるのかな?」
「どういう意味ですか?」
「この件を解決したら、桃花ちゃんはまたリンデンさんの下に閉じ込められるだろう。それも今までよりも隙が無いよう、厳重に」
「そうでしょうね」
「これは桃花ちゃんが自分で見つけ出した一つの解決策だ。そして僕らは桃花ちゃんを助ける案を何一つ出せなかった。僕らに桃花ちゃんを止める権利はあるのかな」
「わたしも、モモカさんとは戦いたくないです……」
ルルが呟く。ルルは桃花と仲良くしていたから、尚更だろう。正直僕もあまり気乗りはしない。
「モモカさんが何をしようとしているのかは分かりません。ですが、本人にとって取り返しのつかないことをさせてしまうのは、助けることと違いますよ」
中央棟の屋上は目前に迫ってきた。そこには儀式魔法の祭壇と、いま屋上に辿りついたばかりと見える桃花の姿があった。
「私たちはモモカさんを倒しにきたんじゃありません。助けに来たんです」
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