第二十五話 桃花の乱(一)

 リンデン氏から計画の詳細を聞かされた翌日の夜、僕らは宿舎でもどかしい時間を過ごしていた。

「おじさま、明日には出ないといけないんですよね」

「うん」

「どうするんですか?」

「……どうしようもない」

 ルルの問いにまともに答えられない自分が情けない。

 今日の午後、リンデン氏が宿舎にやってきて、僕らに退去日を告げていった。明日の朝にはここを出ていかなくてはならない。実験への協力を断ったのだからアカデミーに滞在させる理由はないとのことだ。まったくもってその通りなので受け入れるほかなかったが、桃花の問題を置いたまま出ていくのが気持ち悪くて仕方がない。

「とりあえず、ここを出た後は学都の中で宿を探すか?」

「悩む場所が変わるだけじゃないですか」

「だよね……」

 ララからもっともな指摘を受けて、僕は黙る。

「私も腹立たしいですけど、相手がルールに則って動いているからどうしようもありません。本当に、この学院は……」

 怒りを滲ませながら、ララはギリと歯噛みをした。こればかりはいくら魔法の実力があろうと関係がない。下手に手を出せば立場が悪くなるのは僕らなのだから。

「でも、モモカさんは大丈夫って言ってました。どういうことなんでしょうか?」

 ルルが疑問を口にした。

「確かに。心配ないとか言ってたけど、何か方法があるのか?」

「単なる強がりじゃないでしょうか」

 その可能性はある。しかし、最後に見た桃花の顔や態度に焦りのようなものを全く感じなかったことが引っかかる。もちろん、僕の印象だけであって何の根拠もないわけだけど。


 ろくな解決策も出せないまま時間だけが過ぎていった。

 三人とも口数が少なくなっていたからだろうか、宿舎の外がにわかに騒がしくなったことに気づいた。

「なんだ?」

 部屋の窓を開けて外へと目をやる。

 アカデミー構内の通路を何人かの人影が駆け、それを別の何者かが追っていた。闇夜に紛れて見づらかったが、追跡者が街灯の下にかかったとき、ようやくその姿を確認できた。

「ゴーレムだ。誰かがゴーレムに襲われてる!」

 振り向いて僕が言うと、ルルとララも窓際まで来て一緒に外を見た。

「暴走? お姉ちゃん分かる?」

「さすがにここからじゃ何も……」

 ゴーレムはがっしりとした人型で、工事現場で見たものに近いようだ。背は高く、太い手足を振って獲物を猛追する。

 見ているうちにもゴーレムは逃げる者の一人に追いつき、あっという間に組み伏せてしまった。捕まった仲間を助けようと、他の人物たちがゴーレムを殴ったり蹴ってたりするが、びくともしない。

「っ!」

 僕が固まっているうちに、ララが杖を構えて窓から飛び出していった。一瞬にして一団との距離を詰めると、杖の一振りでゴーレムの上半身を吹き飛ばした。突然の衝撃に、ゴーレムを囲んでいた人物たちは驚きの声を上げて距離をとる。

「何が起きたんですか?」

 僕とルルが後追いで駆けつける中、ララが集団に向けて問うた。

「わからない。いきなり制御が利かなくなったんだ」

「これだけじゃない。他にもあちこちで暴れてる。俺たちもワケが分からない」

 学生たちの混乱は本物のようだ。

 他にも? どういうことだろう。共通する不具合でもあったのだろうか。

 彼らの言葉を肯定するかのように、遠くから怒号や爆発音のようなものが聞こえてきた。

「まさか……」

 ララは切羽詰まった表情を見せると、すぐに駆けだした。事情を呑み込めない僕はルルと共にその後を追いながら尋ねる。

「ちょっと、どこいくんだ!」

「モモカさんのところです!」

 三人で構内を駆けていると、そこかしこでゴーレムの残骸や交戦中の学生たちを見かけた。この時間に残っている学生はそれほど多くないためか混乱は限定的であったが、それはゴーレムに対応可能な人間が少ないということも意味している。中には複数のゴーレムに一人が取り囲まれている場面にも遭遇したが、ララが一撃ですべてのゴーレムを粉砕した。

「何がどうなってるんだ」

「ゴーレムが一斉に暴走。スターゲイザーが関与している可能性が高いと思います」

 僕は気づく。そういえばルルが言っていたな。アカデミー中の魔籠にスターゲイザーの連携機能をもつ魔法が仕込まれていると。学生が実習で使っていたゴーレムにまで仕込まれていたくらいだ。さらに強力な戦闘ゴーレムに仕込まれていてもおかしくはない。

 僕らは最後の角を曲がり、リンデン氏の研究室がある建屋にたどりついた。

「なんだ、これ……」

 建屋の入り口、開け放たれた認証扉を守るかのように二体の巨大なゴーレムが鎮座していた。

 五メートルを超えるであろう大きさは驚異的だが、それ以上に身体の形状に驚かされる。ただ武骨なだけの大雑把な人型と違う、四本の腕と四本の脚を備える異様な姿、そしてそれぞれの手に構える剣と槍が、強力な戦闘特化であることを示していた。使い捨ての量産とは一線を画しているのが素人目にも分かる。

 ゴーレムの前には、その戦闘能力の餌食となったと思しき複数の負傷者が膝をついていた。見たところ死者はいないようであったが、全員抵抗できそうな状態ではない。

「ノ、ノブヒロさん」

 震えた男性の声。

 僕らが振り向くと、リンデン氏が驚愕の表情を浮かべて立ち尽くしていた。

「リンデンさん、何があったんですか!」

「モモカだ。モモカがスターゲイザーを操作しているんだ!」

「こんなことができるようになっていたんですか?」

「そんなわけないだろう! スターゲイザーの管理者は私だ。私の権限無しでこのようなマネ、不可能だ!」

 いつもの丁寧な言葉遣いはどこへやら、口から唾をまき散らしながら喚いている。正直、ざまあみろと思った。だが、リンデン氏の言っていることは嘘ではないだろう。桃花は何らかの方法でリンデン氏の権限を無視してスターゲイザーを奪ったということだ。

「大丈夫ってのはこのことだったのか?」

 いつからか、そしてどうやったかは知らないが、桃花は抵抗手段を持っていた。彼女の余裕ある態度はそこから来ていたわけだ。

「モモカっ……!」

 リンデン氏が建屋の扉を指さして絶句する。

 僕らもそちらに目をやる。果たしてそこには桃花がいた。いつもの寝間着姿にスリッパという軽装。歩くのが少し辛いのか、すこしだけ前傾姿勢で片手で杖をつきながら歩み出る。出歩く手段も整えられていたのか。

「あ、みんな来たね」

 笑顔で手を振る桃花。騒動の中心にいる人物とは思えない態度だった。

 どうすればいいかわからない僕の隣で、ララが問いかける。

「モモカさん。これはどういうことですか?」

「え? ララちゃんは私の心配してくれてたじゃない。わかるでしょ?」

「そうですが、これは……」

 ララが周囲の惨状を見て言葉の続きを失う。叩き伏せられた教師や学生たちと思しき人物たちと、量産ゴーレムの残骸。激しい戦闘の後だ。

「スターゲイザーを返してもらいますよ!」

 口火を切ったのはリンデン氏だ。

 懐から取り出した杖を桃花に向けて魔法を放った。金色の光が渦を巻き、桃花へと迫る。一見して強力だと分かる一撃に、僕は焦りで息が止まりそうになる。だが、桃花はその場を一歩も動かない。

 魔法は着弾しなかった。桃花に届く少し手前で弾け、なんの効果を示すこともなく霧散していった。

「この子の性能を一番知ってるはずなのに、無駄なことするよね」

「くっ……!」

 スターゲイザーが持つ何らかの魔法によって打ち消されたか。リンデン氏は顔を歪めて後ずさる。開発者がこの様子ではまともな抵抗は望めないだろう。

 次は桃花が動く番だった。といっても、片手でリンデン氏を指さしただけだ。

 控えていた四本腕のゴーレムの一体が動き出し、リンデン氏目掛けて走り始めた。

「やめろぉぉ!」

 リンデン氏はゴーレム目掛けて魔法を乱打するが、ゴーレムはその巨体からは想像もつかないしなやかな動きでそのすべてを回避して見せた。

 ゴーレムは一本だけ剣を捨て去り、空いた手でリンデン氏の胴を鷲掴みにした。

「くそっ、放せ!」

 軽々と持ち上げられるリンデン氏。ゴーレムはリンデン氏を殺すでもなく離すでもなく、締め上げたまま動きを止めた。

「くそっ、私を助けろ! おい! 私が金を払ってやるんだぞ! 早く助けんか!」

 リンデン氏が真っ赤な顔で僕ら目掛けて罵声を浴びせてきた。無様に過ぎる。

「それじゃ、邪魔がいなくなったところで、私は行くね」

「どこへ?」

 僕が問うと、桃花は高くを指さした。その示す先を目で追う。そこにあるのはアカデミーの中で、ひいては学都の中で最も高い建物。中央棟だ。

 そして気づく。あそこにあるのはスターゲイザーの拡張儀式魔法だ。

「学都を乗っ取るつもりですか!」

 ララが叫ぶ。まさかそこまでするつもりだったとは。

「ララちゃん達には手出ししないから安心して。でも、邪魔をするなら、約束できないかな」

 それだけ言い残すと、桃花は僕らに背を向けて歩き始める。僕は追いかけようと駆けだすが、もう一体のゴーレムが立ちふさがる。宣言通り、手を出してくる様子はない。だが、これ以上の追跡はどうなるかわからない。

「くそ……。ララ、どうする?」

 ララはゴーレムに掴まれたまま苦しむリンデン氏を見上げていた。

「困るのがアカデミーの人間なら……。私を試しているんですか、モモカさんは」

「ララ?」

「うそつきですね、私は」

 ララは、一度ぎゅっと目を瞑ってから、再び見開いた。

 杖を構える。

「お姉ちゃんは下がって」

「やるんだな?」

 僕も剣に手をかけ、ルルをかばう位置に立つ。

「ええ。学都最強のゴーレム、スターゲイザー。そして異世界人のモモカ。相手に不足はありません」

 ララが珍しく興奮気味に言う。その顔には薄すらと笑みも浮かんで見える。今回ばかりは戦闘狂と言われても仕方のない発言だな。

「いきますよ」

「おう――フィジカルライズ!」

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