第二十三話 ララと桃花

「モモカさんに事情を話すべきです」

「そうだな……。ただ、それで何か解決するかというと、分からないな」

「っ……」


 ララが悔しそうに舌打ちする。

 リンデン氏が部屋を去った後も、僕らは研究室にいた。予定ではこのあと桃花のところへ顔を出すことになっているのだが、今しがた知った計画の真相に衝撃を受けて急遽話し合いをしているところだ。


「おじさま、どういうことですか? おじさまとモモカさんが結婚するんですか?」

「え? いや、しないよ。しないしない」


 ルルの中では子どもができることと結婚がイコールで結ばれてるのか、話がよく分かっていないようだった。困ったな……。


「ですよね。やっぱり、そういうのはお互いの思いが大事ですもんね」

 ルルは胸に手を当ててほっと息をついた。ちょっと理解が違うようだったが、まあ似たようなものだろうから問題ないか。しかし、歳の差は気にしないのだろうか……。

「お姉ちゃん。でも、このままだと、どこかから連れてきた知らない男の人にそれが変わるだけなの」

「う……、そんなのダメだよ」

「それはもちろんだけど、どうすりゃいいんだ」

「モモカさん本人が拒否したとして、あの男は強行するつもりでしょうか」


 それは最悪の事態だ。現状では桃花に抵抗の手段が無い。実際にそのようなことをになったらどうなるか……僕はその様相を想像しかけて、止めた。酷すぎる。


「ララ、なんとかできないの?」


 ルルがすがるような目を向けてララに問いかけた。ララ困ったように腕組をしながら


「そうは言っても、魔物を倒すのとはわけが違うの。学都の中では向こうに理があるから。私が今までやっていたことも、学都の周りに住んでる人たちを守るために、依頼された魔物を狩っていたというだけ。もともと実験で魔物を作ってたことだって今までは知らなかったし」


 要は大義名分が立たないということか。

 学都の実験によって犠牲になる人たち。ララは常にそういった人々のために動いてきた。しかし、表立って学都に対立することはしていない。あくまでもルールの範囲内で地道にできることを続けていただけだ。


「なんか、僕もズルいよな。ララは最初から学都の周りの人たちのために頑張ってたのに、僕はいざ桃花ちゃんに実害が及ぶ段階になってから協力を止めるなんて言い出してさ」


 今回の事実を知って僕は憤慨した。しかし、誰かが実験によって不利益を被っているという点ではこれまでと何も変わっていない。変わったのは対象になる人物だけだ。


「そういうものですよ。気にすることないです。それに、ノブヒロさんは魔物退治を手伝ってくれたじゃないですか」

「うん、ありがとう……」


 それ以上どうしようもなく話が停滞したとき、ルルが時間を見て言った。


「おじさま、そろそろモモカさんと約束した時間です」

「言って話しましょう。それ以外ないです」


 ルルとララが共に言う。こうなった以上仕方がなかった。それに、この先のことは僕らだけで考えることではない。桃花も交えて話をすることで何か変わるかもしない。

 僕らはようやく重い腰を上げた。


          *


「こんにちは」


 僕らが桃花の元へ行くと、普段通りの笑顔で迎えてくれた。僕も同じように応じようとしたが、たぶん上手にできなかった。


「ララちゃんは初めて会った時以来だね」

「はい」

「ふふっ、本当にルルちゃんとそっくり。黙ってたらわかんないかも」


 桃花がルルとララを交互に見ながら楽しそうに言った。そして、すっと目を細めると、ララの手をとった。そこには昨日の激戦の痕跡として、真新しい包帯が巻かれていた。


「ルルちゃんから聞いてるよ。とっても強いんだってね」

 傷に触れぬよう、そっとララの手を包んで静かに言う。

「でも、ルルちゃんも信弘さんもとっても心配してるよ。ちょっと頑張りすぎてない?」

「私のやることは私が決めます。加減だって、私がよく分かっています」

「……そっか。ごめんね。いきなり知った風なこと言って。きちんとお話しするのは初めてなのに、ルルちゃんとそっくりだから、なんだか話慣れちゃったような感じがして」


 桃花はララの手を離した。

 なぜだろう。桃花がララを見る目はルルや僕に向けるよりも何かがこもっているような気がした。ララが怪我人だからだろうか。それとも僕の気のせいか。


「それにモモカさんは私よりも、自分の心配をすべきです」

「どうして?」

「それは……」


 ララは言い淀んだ。僕は無理もないと思う。いざとなるとなかなか口にし辛いことだ。何せ、話したところで打つ手がないのだから。

 だが、次に桃花の口から飛び出したのは僕らの思いもよらぬ言葉だった。


「私を使った実験のこと、リンデンさんから聞かされたんだよね?」


 ララが伏せかけていた顔を上げて驚きをあらわにする。


「知っていたんですか?」

「まあね」

「まさか、もうリンデンさんから聞かされていたとか」

「違うよ」


 ララが首を傾げる。僕にもさっぱりわからなかった。桃花はここから出られないはずだ。

 僕らの疑問を見てとったか、桃花は天井を見上げて答えを示した。僕らも桃花の視線を追って顔を上げると、そこには瞬き煌めく人工の星々があった。


「スターゲイザー……」

「うん」

「リンデンさんが作ったのに、よく教えてくれましたね」

「まあ、そのへんはちょっといろいろあったから。でもリンデンさんには内緒にしてるんだ」


 ララの疑問に、桃花は人差し指を口元に添えて言った。どうやってリンデン氏を出し抜いているかは気になるが、桃花自身があまり言いたそうな感じではなかったので言及しなかった。


「……私、実はララちゃんのこと、前から知ってるんだ」

「私を?」


 桃花は一つ頷くと、続きを話し始めた。


「私がこの子と引き合わされて少し経った頃ね、この子を通してアカデミーの中のいろんなものが見えるようになったの。他にやることもない私は一日中外の様子ばかり見てた。そしたら、見慣れない女の子が血まみれで医務室に運ばれていくのが見えたの」


 ララは僕らと出会う前から魔法学院の用事で何度も学都に訪れては魔物の駆除をしているようだった。桃花が見たというのはその時のララなのだろう。


「その子は不定期にアカデミーにやってきては、滞在中に何度も怪我をしてるみたいだった。気になったから注目するようになって、都市の周りで魔物を駆除しているらしいことを知ったんだよ」


 桃花はそこで一度話を区切ると、ララに真剣なまなざしを向けた。


「ララちゃんは、どうしてそこまでして人助けをするの?」

「別に人助けをしているつもりはありません。ただ、学都やアカデミーのやり方が気に食わなかっただけです」

「本当に? じゃあ、困っているのが学都の周りの人たちじゃなくて、このアカデミーの人たちだったら、どうする?」

「……助けないと思います」


 ララの回答に桃花は返事をせず、じっと目を見つめていた。互いに真意を確かめるかのような視線の交換が行われた後、ようやく桃花は表情を柔らかくした。


「うん。わかった。ありがとうね、変な質問に付き合ってくれて」

「はい……」

「とりあえず、私の心配はしなくていいよ。自分で何とかするから」

「自分でって、いったいどうやって?」

「それは気にしないで。大丈夫だから」


 桃花はそれ以上、実験に関する話をしなかった。スターゲイザーを通して見てきたアカデミー内の日常など、特に他愛もない話を僕たちにした後、今日の別れとなった。

 僕らが研究室を出る時もいつも通りの笑顔でこちらに手を振っていて、実験に対する不安や恐れは感じられなかった。僕らは少しの疑問を残したまま、宿舎へと帰った。

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