第二十二話 衝撃の計画

 翌日。

 今日はリンデン氏の実験に付き合う予定だ。前回は僕だけで向かったが、今日はルルとララもついてくるとのことだった。


「桃花ちゃんを外に出せない理由を聞く」

「はい」


 僕は予めルルに伝えてある。実験のついでに桃花を研究室から外に出せない理由を聞くつもりだ。答えを聞いてどうするのかは正直分からない。しかし、問題点を知ることで桃花が外に出られるような解決法を提案できるかも……という期待が少しだけある。


「返答によっては、協力を止めて即刻帰ることも考えるべきです」


 この厳しい意見はララの物だ。ララは凝りもせず魔物退治に行く予定だったが、ルルが引き留めたことでここにいる。ちなみに、リンデン氏の実験を済ませた後は桃花のところへ連れていくことになっている。


「僕はそれでいいかもしれないけど、桃花ちゃんは出られない」

「悔しいですけど、私たちにできることはありません。協力を止めて実験の進捗を遅らせるのが精一杯です」

「実験が遅れても、やっぱり桃花ちゃんは出られないよね」

「……」


 僕らの力でできることは限られていた。まあ、それを言い出したら何もできないわけだけど。


「ごめん。今そんなこと言ってても仕方がないな。とにかく行こう」


         *


「おや、今日は皆さんお揃いですか」

「はい。大丈夫ですよね?」

「もちろん。さあ、入ってください」


 地上二階にあるリンデン氏の研究室。前回と同じ部屋に、今度は三人揃って入る。机上には前回と同じく金属板の装置が置かれていた。


「今回はモモカとの魔力の相性を見ます。まあ、ノブヒロさんにやっていただくことは前回と同じですので、気楽にどうぞ」


 僕は前と同じ要領で金属板に手を置いた。あとは待つばかりの退屈な調査だが、話をするには都合がいい。


「リンデンさん。今日は一つ質問があるんですが」

「なんでしょう?」

「前に話した時、桃花ちゃんを外に出すつもりはないと言っていましたよね」

「ええ」

「それはなぜですか?」

「お話しした通り、モモカが万が一にでも中央棟の祭壇に近づかないようにするためです」


 中央棟の祭壇。確か、スターゲイザーと接続できる範囲を拡大するための魔法だったはずだ。リンデン氏の計画の一つに、スターゲイザーの影響力を都市中に広げてインフラを効率化させるというものがる。


「でも、あれはスターゲイザーを使える範囲を広げるための魔法だと言っていました。リンデンさんの計画もあれを使わないと成り立たないはずです」

「おっしゃる通りですが、あれと接続するのはモモカではないんですよ。そのためにノブヒロさんにご協力いただいているのですから」


 桃花ではない? でも、スターゲイザーを使えるのは現状桃花だけだ。いや、試してはいないが僕でもできるのかもしれない。リンデン氏は僕と桃花を交代させるために僕を呼んだのだろうか。


「では、僕にやらせるつもりということですか」

「いいえ」

「え?」


 僕でもないのか。しかし、そのために僕を呼んだと今言ったばかりじゃないか。どういうつもりなのか。

 よく理由が理解できずに質問を重ねようとしたところ、僕の隣でララが口を開いた。


「そういうことですか……。それで魔力の相性とやらを調べていると」

「おや、ララ嬢は察したようですよ」


 リンデン氏が少しだけ感心したような声を上げた。


「しかし、私の計画の特性を考えれば、もっとはやくに気づいていてもよかったものですが」


 よくわからない。

 ルルもよく分かっていないようで、僕と目を見合わせて首を傾げた。


「ねえ、ララ。どういう意味?」


 ルルがララに問うた。

 もともとリンデン氏に対しては敵対的だったララが、さらなる不信感に溢れた視線でリンデン氏を睨みつけながら説明をはじめた。


「モモカさんとノブヒロさんに子どもを作らせるつもりですよ」

「は?」


 何を言ってるんだ。


「ご名答」


 にこやかに応じたリンデン氏に、ララは全身から怒りを滲ませながら続けた。


「モモカさんに中央棟の魔法を使われては困る。それはモモカさんに信用が置けないからではないですか? 病気で危うい体、異世界の価値観、突然ここに閉じ込められてアカデミーへの不信感もあるかもしれない。とても都市全体の管理なんて任せられませんよね」

「そうですね。ララ嬢のおっしゃる通りです」

「だから、高い魔力を持っていて、最初から魔力の供給源として都合がいいように一から洗脳教育した子どもが必要」

「まあ。それもありますが、そもそもの問題として恒久的に都市のインフラをスターゲイザーに維持させようと思えば、モモカ一代の寿命では足らないでしょうからね。代々、魔力の供給役を受け継がせていく必要性はお分かりかと思います」


 平然と説明を続けるリンデン氏。一体、人一人の人生をなんだと思っているのだろうか。


「学都には人権というものがないんですか?」


 僕がなんとか絞り出した言葉がこれだった。この歳まで日本で平凡に生きてきた僕が守ってもらえて当然だと思っていたものだが、どうやらここでは違うらしい。


「モモカは学都の人間でなければ、ポラニア王国の人間でもない。そもそもこの世界の人間ですらないですから」


 価値観が違えば話にならない。よくわかった。

 僕は怒る気も起らずに呆れ果てた。


「ノブヒロさん。この人に協力するのはやめて、帰るべきですよ」


 ララが横からそう言ったが、言われるまでもないだろう。


「僕が協力を止めれば、あなたの計画も続かないですよね。申し訳ないですけど、僕は桃花ちゃんとそういうことをするつもりはないので」

「はぁ……そうですか、それは残念ですね。そうなると――」


 リンデン氏は顎を手でさすりながら、衝撃の続きを口にした。


「他の男に任せるしかありませんな」

「他の……? 他にもいるんですか。僕のような人間が」

「いいえ。いませんが、片親が異世界人ならば何とかなる可能性はあるかと。いや、両親がともに異世界人である方が狙った結果を得やすいでしょうし、そうすれば生まれるまでの試行回数も減るわけですから、モモカの負担も減ることになる。そう思って、私はノブヒロさんを招いたんですがね。ノブヒロさんが協力できないと言うならば仕方がないでしょう」


 生まれるまでの試行回数という想像を絶する言葉に、背筋が寒くなった。これが人間相手の実験で使う言葉だろうか。

 僕が居ようが居まいが、実験は続く。しかもより過酷なほうへと。

 となりでルルが不安そうな顔をし、ララが歯がみする。リンデン氏の計画は到底容認できないが、僕らには手出しができない。


「まあ学生の中から魔力に秀でた者を募ることになりますな。やれやれ、どうなることやら」

『測定が完了しました』


 リンデン氏が言い終えるとほぼ同時、スターゲイザーの音声が部屋に響いた。


「ふむ。データはこれでよし。モモカとの相性はこのデータをもとに解析しますが、ノブヒロさんの協力を得られないのでしたら、あまり意味もないかもしれませんな」

 リンデン氏は器具を片付けながら、僕に向けて続ける。

「ご協力ありがとうございました。ノブヒロさんの意向は分かりましたので、お手伝いは今回までで結構です。貴重なデータもいただけました。しかし、もし気が変わりましたらいつでも申し付けください。モモカ共々お待ちしていますので。――ああ、そうだ。お約束の賠償金についてはきちんとお支払いしておきますのでご安心を」


 リンデン氏はそれだけ言い残すと、早々に部屋を後にした。

 打つ手の無いまま、僕らはただ席に座ったままそれを見送った。

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