第十四話 ゴーレム初体験

 朝。僕は鐘の音で目を覚ました。

 壁の時計に目をやる。今のは始業の合図であったようだ。もう少し早く起きるつもりでいたが、昨日の戦いの疲れが残っていたかもしれない。

 僕が部屋を出ると、ルルが朝食の準備をして待っていた。


「おはようございます。おじさま」

「おはよう。ごめん。寝坊した」

「いいですよ。だいぶお疲れみたいだったので」

「昨日はホントに死ぬかと思ったからね」


 僕はそう言いつつ、部屋を見渡す。同じくお疲れであろう仲間が一人見当たらない。


「ララは?」

「まだ帰ってないんです。夜通し調べてるんでしょうか」


 ルルは少し困った顔をして肩をすくめた。


「そうか。困ったもんだね」


 昨日出て行った時の様子から、このくらいのことは予想ができた。ララがこれまでやってきたことを思えば、その怒りにも納得がいく。しかし、現状一番休息の必要な人間が夜通しで駆けずり回っているのは、よろしいとは言えない。


「心配だけど、今の僕らにララを止められると思えないなあ」


 怒っているときのララはちょっと怖い。

 一人足りないまま、僕らは食事を始めた。


「リンデンさんに呼ばれているのは午後でしたね」

「うん。午前中は講義があるとか言ってたよ」


 今日の午後からリンデン氏の研究に協力することとなる。僕の魔力の質を計測すると言っていたが、具体的に何をどうするのかまでは聞いていない。気乗りはしないが、約束をした以上、仕事はしなければ。


「わたし、朝のうちに研究室に行こうかと思うんですけど、おじさまはどうしますか?」

「いいけど、またどうして?」

「モモカさんとお話してみようかなって」

「ああ」


 午後になれば研究室にはリンデン氏が来る。僕も研究の手伝いが始まってしまうので、話ができる機会は朝になるか。それなら僕も顔を出した方がよさそうだ。


「いいよ。一緒に行こう」

「はい!」


          *


 宿舎を出た僕らはリンデン氏の研究室がある建物まで歩きはじめた。

 今の時間は講義を受けている学生が大多数なのか、敷地内ですれ違う人影は少ない。そんな中だからか、背の高いゴーレムと一緒に立っている学生はとてもよく目立った。

 二人組の男子学生とゴーレムが一体。一人の学生が難しい表情で眼鏡を押さえながらゴーレムを見上げている。もう一人は帳面とペンを手に首を傾げていた。


「おじさま、ゴーレムですよ!」

「え、ああ、そうだね」


 僕らは学生達の前を通りすがったが、ルルはちらちらと後ろを気にしながら歩む速度が少し落ちていた。近くで見たくて仕方ないんだろうな。


「ルル」

「えっ? あっ、はい」

「お願いして見せてもらう?」

「いいんですか?」

「あの子たちがいいって言ったらね」

「やった! お願いしてきます!」


 せっかく学都まで来たのだし、少しくらい問題ないだろう。ララはあまりいい顔をしないかもしれないけど。

 駆け足で戻るルルに続いて、僕も学生たちのところへたどりつく。

 ゴーレムは人型だ。工事現場で見たゴツいゴーレムとは異なり、表面を滑らかに加工した木材を組み合わせで作られている。シンプルに人型をまねただけのポージング人形のようで、負荷の重い作業には向かなそうだ。胸部には観音開きの蓋がついており、今はそれが開かれていた。中には記号が彫り込まれた様々な部品が配置されている。

 突然ルルに話しかけられた学生たちが少し困っていたようなので、僕からもお願いする。


「いきなりごめんね。もしよければ、この子にちょっと見せてあげてくれないかな。ゴーレムにすごく興味があるみたいで」

「おねがいします」


 そういうことならと、学生たちは了承してくれた。


「とはいっても、こいつ上手く動かないんですけどね」

「これは何の仕事をするゴーレムなんですか?」

「仕事はしないよ。実習課題で作ってるゴーレムだからね。人間並みのサイズで、基本的な動きができるようにって課題だよ」

「まあ、一度みせてあげるよ。おい、もっかい動かそうぜ」

「わかった」


 眼鏡の学生が返事をして胸部の蓋を閉じると、ゴーレムに目を向けた。

 ゴーレムはすぐに反応した。軽そうな木の体で背筋を伸ばすと、ゆっくりと右足を前に出した。と、同時に右手も前に出した。全身も小刻みに震えており、今にも転びそうだ。ぎこちない歩きでしばらく前進を続けていたが、突然大きく震えたかと思うと、両手を振り回しながらダッシュを始めた。


「ああっ、なんで壁に向かうんだ!」


 ゴーレムは奇怪なポーズをとりながら全力で壁に激突、転倒した。軽い素材のおかげか、損傷はほとんど無いようだが、横倒しになったまま手足を振り回すゴーレムは滑稽だった。


「ほら、こんな調子ですよ。あーあ、課題クリアできないぞこれ」


 眼鏡の学生が近寄るとゴーレムは動きを止めた。


「詳しく見てもいいですか?」

「いいけど……」


 ルルはゴーレムの近くに寄ると、あちこちに目を近づけて一人で頷いたり呻ったりしていた。不思議がる学生たちに頼んで胸部の蓋も明けてもらい、中まで覗き込んでいる。


「君、ゴーレムの専攻とってるの? うちの学生じゃなさそうだけど」

「ゴーレムは詳しく知りません。でも、いつかちゃんと勉強したいです。だって、とってもおもしろそうです!」

「おもしろい、か……?」


 学生たちは顔を見合わせて首を傾げた。


「あの、ちょっといいですか」


 ルルは学生を呼ぶと、一緒にゴーレムを覗き込みながらあれこれと内部をいじり始めた。僕はよくわからないので離れて見ていることにする。


「もう一回動かしてください」


 調整が終わったらしい。

 ルルに促され、半信半疑といった表情の学生が再びゴーレムを動かす。


「おおっ!」


 横倒しになっていたゴーレムが滑らかな動きで立ち上がった。そしてゆっくりと、しかし安定して歩き始めた。手と足が一緒に出たりはしていない。


「すごい。君、ほんとに専攻とってないの?」

「はい」

「いやあ、でもよかったよ。これで課題は何とかなりそうだ」


 僕らは喜ぶ学生たちに礼を言って別れ、再び研究室を目指して歩き始めた。


「ルル、すごいね」

「わたしが触ったのはうわべのほんのちょっとだけですよ。大事そうなところは詳しくないので触ってません」


 もう一度背後に目をやると、ゴーレムがキレッキレのブレイクダンスをしていた。横で学生たちが頭を抱えて叫んでいるのが聞こえる。

 隣のルルはご満悦だ。彼らの課題がうまくいくことを祈る。

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