第十三話 学都が生み出すもの

「これが?」

「ええ。魔籠ですね」


 ララが見つけ出したのは、一抱えもある石板だった。表面には意味不明の記号や文字が彫り込まれている。戦いの中で損傷したのか、中央に巨大な亀裂が入ってしまっている。


「おそらく何かの実験で作ったものを湖に廃棄したんでしょう。それを湖の生き物が手に入れて凶暴化したんじゃないでしょうか」


 都市部の近くに強力な魔物が出現する原因とされる、魔籠の投棄。

 魔法研究の最先端である学都ともなれば、魔籠の出来も上等であろう。生み出される魔物が一際強くなることにも納得がいく。


「まずはシルバさんに報告です。これは持って帰ってお姉ちゃんに見てもらいましょう」


          *


「ありがとう、ありがとう!」


 僕らが魔物討伐を報告すると、シルバさんには大変感謝された。同時にとても心配された。

 落ち着いてみてみれば、ララの様相は酷いものだ。服は背部の生地が大きく破れ、背中が露出していた。おそらく水中の攻防で尻尾の打ち付けが直撃した場所なのであろう。服の裂け目から覗く地肌では傷から血が滲み、酷い打撲のせいか皮膚が腫れあがって薄ら青くなっている。

 そしてこれは僕も同じであるが、全身びしょ濡れである。


「毎度、無理を言って済まない。少ないがお礼をさせてくれ」


 そう言ってシルバさんが差し出したのは硬貨が入った袋だった。魔物の討伐報酬ということだろう。


「今回は学院の依頼ではなく、私が勝手に来ただけなので、受け取れません」

「そんなこと言わずにさ、このままじゃ申し訳なくて仕方がないよ」


 報酬を辞退するララと、なんとか報酬を渡したいシルバさん。僕がシルバさんの立場なら絶対に受け取ってほしい。十歳の女の子をここまでボロボロにした挙句にタダ働きなんてことになったら、情けなくて仕方がないから。


「受け取ったら? 別に罰は当たらないよ」


 二人の間で硬貨袋が彷徨うのを見かねて、僕が言った。

 僕の説得に応じたのか、このままでは埒が明かないと思ったのか、いずれかは分からないがララは報酬を受け取った。シルバさんもホッと胸をなでおろしたようだ。


          *


 僕らは学都へと戻った。

 酷い有様のララに車の運転をさせるのは忍びなかったが、ここでの交通ルールも運転操作もわからなかったので、やむなく任せた。ララは気にしなくていいですと言ったが、気にするに決まっている。

 空が橙色から紫色へと変わり始めたころ、僕らはアカデミーに到着した。

 ララは宿舎に行こうとしたが、僕が少し強引に医務室へ行くよう促した。こんな怪我を放置はできない。


「ララ! 怪我したってホント?」

「お姉ちゃん」


 宿舎で留守番していたルルを連れて医務室へ向かうと、寝間着に身を包んで清潔なベッドに身を横たえたララがいた。僕がルルを呼びに行っている間に治癒魔法の施しは終わっていたようだ。


「すぐに治るよ。この前もそうだったでしょ?」

「この前? 最近大怪我なんてしたっけ?」


 僕が問うと、ララはあっさりと答えた。


「ノブヒロさんにやられた時のことですよ」

「ああ、そういう……」


 確かに、なかなかの怪我を負わせたと思う。それでも僕が目覚めたときにはララはピンピンしていたな。単に僕が受けたダメージのほうが大きかっただけだと思うけど、若いほうが治りが早かったりするのかな?


「そんなことより、お姉ちゃんに見てほしいものがあるの」

 ララはベッド脇に置かれた石板を示した。湖の魔物から回収してきた魔籠だ。

「魔籠だ」

「うん。ここから少し離れたところにある村でね、魔物から取ってきたの。ちょっと割れちゃったけど、詳しく分かるかな?」


 ルルは石板に指を滑らせ、表面に刻まれた記号や文字を観察し始めた。


「強い攻撃魔法と強化魔法が入ってる。でも、これは……」

「これは?」


 言いよどむルルに、僕が続きを促す。


「これ、人間用の魔法じゃないですね」

「そりゃあ、魔物が使ってたんだから」

「いえ、魔物が持っている魔籠って、元を辿れば人間が使うための物なんです。それを何かの拍子に野生の生き物が取り込んで使っているだけです。もともと人間が使うために組まれているので、普通、魔物はその力を完全に引き出すことはできません。ただし、例外が二つあります」


 ルルは魔籠から手を離し、僕らのほうに向きなおった。


「一つは、最初から魔籠を持って産まれた場合です。魔籠によく馴染んだ生き物は、子にも魔籠を受け継がせる場合があります。おじさまもよく知っている魔物だと、エメラルドグリズリーなんかはそれですね。あれは完全に馴染んじゃっています」

「あれか」


 よく考えてみれば、あんな田舎で魔物と同数の魔籠が常に投棄されているわけはないな。大量にいる魔物は生まれたときから魔物というわけか。僕が密かに抱いていた疑問が解消した。


「二つ目は、最初から魔物に使わせることを目的として作った魔籠です。例えば、郵便配達に使われている鳥の魔物とか」


 なるほど、最初から魔法で働かせるつもりなら力を引き出してもらわないと困るわけだ。当然、作る魔籠も人間用ではなくなるだろう。


「この魔籠はどうみても最初から魔物が使うことを目的として組まれています。たぶん、あえて魔物を作ったんじゃないでしょうか。あまり考えたくないですけど」

「作った……? あれを?」


 ララの言葉には静かな怒りが滲んでいた。

 実際に戦った僕とララにはわかる。あんなものをあえて作るなんて、正気の沙汰ではない。何の役にも立たないどころか、人間を危機に陥れているだけだ。もっとも、危機に陥っているのは作った人間ではないが。


「それと、この魔籠、もう一つ気になる魔法が入ってるんですよね」


 ルルが再び魔籠を撫でながら言った。


「なんだろう、これ」

「ルルでもわからないなんて珍しいね」

「この魔法、何かの一部みたいです。これだけでは使えないような」

「何かの一部? 他の魔籠と組み合わせて使うってことかな」

「すみません。そこまでは分からないです」

「それだけ分かれば充分」


 ララがルルの手元から魔籠を取り上げて言った。


「これが何なのかは私が聞き出してくる」

「ララ、ダメだよ。おとなしくしてないと」

「もう治った」


 ルルが止めるのも聞かず、ララはベッドから降りた。そして堂々と着替えを始めたので、僕は慌てて目を背ける。

 もう治ったというのは決して誇張ではなかった。実際、少し見えてしまった背中の傷はかなり薄くなっているようだ。


「何もこんな時間から行かなくても」


 目を背けたまま、僕もやんわりと止めるが、ララが全身に纏う雰囲気がそれを拒絶していた。


「学都の研究馬鹿たちは深夜まで学院に籠りっぱなしです。魔籠関係の研究をしているところに当たりをつけて聞いて回れば、どこか知っているところはあるでしょう」


 さっさと着替えを終えたララは、石板の魔籠を抱えて医務室を出て行ってしまった。

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