第九話 ハンターアデプト・ララ
牧歌的景色を走り抜け、車は村へ到着した。
事前に教えてもらった通り、村のすぐそばには大きな湖がある。
ララは村の中で一番大きな家の近くに車を停めた。
家々は木造でまばら、崩れた家屋も散見される。出歩いている人も少ない。学都の発展具合と比べると雲泥の差だった。
「タイムスリップしたみたいだよ」
「学都だけが異常なんです。気にしないでください」
僕らは車を降りると家へと入る。
「ごめんください」
玄関からララが呼びかけた。すると、奥にある部屋から「はい、お待ちくださいね」という声が聞こえ、すぐ後に一人の年老いた男性が出てきた。
「あれ、ララちゃんじゃないの。ちょっと前に来たばっかりじゃなかったっけ?」
「別件で学都まで来ましたので」
「そうかい、忙しくて大変だねえ」
男性はちらと僕のほうを見る。
「ああ、こちらは私の助手で、ノブヒロさんです」
助手か……まあ、いいけどさ。
「信弘といいます」
「こちらはシルバさんです。この村で学都との諸々のやり取りを担当している方です」
ララが男性を紹介してくれた。
「初めまして。どうぞよろしく」
シルバさんが握手を求めてきたので応じる。
「前の助手の、リナちゃんは引退かな?」
「いえ、引退は私のほうです。王立魔法学院は辞めました」
「ええっ、どういうこと?」
「ちょっと、いろいろありまして……」
先ほどまでララの来訪で明るい笑顔を見せていたシルバさんが途端に絶望的な表情を浮かべて肩を落とす。
「そんな。これからどうしたら……」
「学都からはあれから返答ありましたか?」
「善処します、とだけ……」
「困りましたね」
ララもシルバさんも困って黙りこむ。僕には何が何だかわからない。
「何かあったんですか?」
「ノブヒロさんも、学都で見ましたよね。強い魔物」
「あの大ムカデのこと?」
「ええ、この辺りはああいった強力な魔物がうろついているので、ここみたいな小さな村は本当に危険なんです」
ララの説明にシルバさんが続いた。
「実際、この村も何度か襲撃を受けていてね。壊れている建物を見ただろう。しかし、学都は自分たちの周囲に来た極一部の魔物しか駆除しないんだ」
そういえばそうだった。確か、学都が駆除するのは線路や街道などの重要施設のみ。しかも最低限度に絞っていると言っていたな。おまけに倒した後の残骸も放置だから魔物も再び発生する。周囲の村にとっては厄介なことこの上ない。
「線路と街道の維持は国に命じられてやってるんだっけ。周辺の村を守ることとか、倒した魔物の回収も義務付けられないの?」
「無理でしょうね。国が学都に逆らえないので」
「どういうこと?」
「学都のほうがあらゆる面で強いんです。武力も財力も技術も人材も、全部学都が上回っています。魔籠をはじめとして、今の王都を支える様々なものが学都に依存していますから、学都の機嫌を損ねると大変なことになるんです。結果として、ルールは学都にとって有利となるよう整備されます」
「そりゃどうしようもないな……」
「今の学都が形だけでも王宮に従っているのは、そのほうが技術開発に集中できるからに他なりません。国への帰属意識なんてものは無いので、メリットが無いと判断すればさっさと国を離れるでしょう。学都は自力でやっていけるでしょうけど、王都は無理です」
ララは肩をすくめて言った。
「一応、学都にも何とかしてもらえるようお願いをしているんだがね。まあ、なしのつぶてだよ」
シルバさんはそう言って大きくため息をついた。国がどうにもできないのに、村一つがお願いしても確かに無理があるだろうな。
「藁にもすがる思いで方々へ依頼を出したところ、引き受けてくれたのが王立魔法学院でね。それからララちゃんたちが定期的に見回りに来てくれていたんだ」
「あの学院がよく引き受けたね」
「実際は私が少し強引に引き受けた感じですね。学院の交流会で初めて学都に来た時、あまりの酷さに愕然としたので」
当然のことのように言うが、ララはいいやつだ。実力が伴ってこそ可能なことではあるが、義憤に駆られて実際にそこまで行動できるとは恐れ入る。歳の差を考えると、僕は情けなくなってきた。
「さて、お話はこのくらいにして、危険な魔物がいないか見回りに行きましょう」
ララがそう宣言して家を出ようとしたとき、シルバさんが言った。
「あ、既にかなり強い魔物が出ているんだが、お願いできるかな」
*
シルバさんに連れられて湖へと向かう。
「件の魔物は水棲でね。陸には上がってこないから村に直接の被害はないんだが、そいつのせいで魚を獲りに出られなくなってしまったんだ」
シルバさんの話によれば、湖に大型の魔物が出現したとのこと。出現を確認したのはつい一週間程前。小舟で湖に出ていた村の若者が遭遇したそうだ。
若者が乗る小舟の下を巨大な影がくぐって行ったという。その巨体によるものか、小舟は水面の強い揺れに見舞われたものの、それ以上の被害はなく帰ることができたらしい。
実際の被害が出たのは三日前、同じく小舟で湖に出た別の若者が漁をしているときのことだった。前述の出来事を聞いていた若者は水中に気を配りながらびくびくと仕事をしていたそうだ。透明度の高い湖。水面を覗き込んでいた若者は、水底から浮上してくる大きな影に気がついた。それが顎を大きく開いた化け物だと分かったとき、咄嗟の判断で小舟から飛び降りたという。
間一髪、若者の背後には水面から突き出す巨大な魔物の半身があった。牙を揃えたワニのような頭部、そして前腕の位置にはサメのようなヒレが二枚。
魔物は小舟を枯れ葉のように噛み潰すと、大きな水飛沫をたてて湖へと戻っていったという。若者は生きた心地がしないまま必死で岸まで泳ぎ切り、九死に一生を得たのだとか。
「怖いですね」
僕は率直に感想を述べた。逃げ切った若者はマジですごい。
モササウルスだっけ。そんなような格好の生き物がいた気がする。まあ、ここのやつは魔物なんだろうけど。
「最近になって突然現れたのなら、また学都の不始末かもしれませんね」
ララが少し呆れ気味に言う。その通りなら命に係わる不始末だ。
こういった実情が分かってくると、今回の旅でララがずっと不機嫌な理由も分かってくる。命がけで尻拭いしてやっている相手が、目の前で何も悪びれずにいたら、それはイライラするだろう。
話をするうちに、僕らは湖に到着した。水面は穏やかで、魔物の気配は感じられない。しかし、このどこかに隠れているはずだ。
「では、私たちで探してみましょう。船を借りてもいいですか?」
「もちろん。そこにあるから、好きに使ってくれ」
シルバさんが指さした先に、木製の小舟が三つ並べてあった。
「え、湖に出るの……?」
思わず聞いてしまった。そりゃ、湖の魔物を探すなら当たり前なんだろうけど、ちょっと怖いでしょ。ネッシー探しに来たのとはわけが違うんだから。
「当たり前じゃないですか。一緒に行きますよ」
「うん……」
僕は観念して小舟に乗った。
「やはりアデプトが来てくれると心強い。いつも助かっているよ」
「そんな仰々しいものじゃないですから」
シルバさんの誉め言葉に対し、ララは少し謙遜してから乗り込んできた。
ララが魔籠の杖を一振りする。光でできた不思議な文字が宙に踊ると、小舟がひとりでに水の上を滑り始めた。ララお得意の、光の象徴を使った即興魔法だ。
小舟は少しずつ速度を上げて岸から離れてゆく。今のところ水面に異常はない。
ただ沈黙の中で、水面下から見えない重圧を受け続けるのが辛くなってきた僕は、ララに話を振った。
「ねえ、アデプトってなに?」
シルバさんはララのことをそう呼んだ。確か、リンデン氏も一度そんな呼び方をしたような覚えがある。
「魔法に関わる特定の分野で一定の功績を挙げた人が国王から与えられる称号です。私の場合、王都で押し付けられた魔物駆除の仕事を片づけていたら、いつのまにかハンターアデプトなんて称号がくっついていました。まあ、選定基準もよくわからない飾りのようなものなので、あまり自慢になるものでもないと思いますけど」
「そういう自覚が無いまま仕事に打ち込める人が貰えるんじゃない?」
「ふうん……? そういうものですかね」
いまいち納得できないのか、ララは僕の言葉を軽く流した。
ララの姿勢にはどことなく職人気質なところを感じる。きっと称号が欲しい人ほど貰えないんだろうな。姉妹のルルも魔籠に対しては同じ雰囲気を漂わせているので、学院に所属してしっかりと世に知られれば何らかのアデプトに選ばれるのではないだろうか。
「ちなみに、お師匠様も有名なアデプトですよ」
「へえ、どんな分野?」
「全部の分野です」
「全部……?」
「リンデンさんがお師匠様のことをマスターアデプトって呼んでいたのを覚えてますか?」
リンデン氏が師匠宅に来た時のことか。うろ覚えだけど、確かにそんなふうに呼んでいた気がする。
「実際にマスターアデプトっていう名前の称号があるわけじゃないんですけど、多数のアデプトを授与されている人のことを、俗にそう呼ぶんです。該当する分野が増えることもあるので、いつまで全部持ちでいるか分かりませんけど、あの人なら増えたそばから掻っ攫っていきそうではありますね」
「すごいな……」
すごい人ではあると分かっていたが、客観的にそれを証明する称号を持っていたんだな。師匠も雰囲気が職人っぽいし、納得はできる。
「リンデンさんも何らかのアデプトみたいですね。スターゲイザーがそう呼んでいました」
「なんの分野だろう。ゴーレムを専門にしてるくらいだから、魔籠に関わる何かかな?」
「さあ? 人でなしアデプトじゃないでしょうか?」
「おいおい……」
ララは容赦のない毒舌を放ち、小舟を停めた。
「さて、無駄話はこの辺りにして、仕事に取り掛かりましょうか」
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