第八話 ララ・ドライブ
今日のところは桃花との顔合わせがメインだったので、続きはまた明日以降ということになった。学都の滞在中はアカデミー内の宿舎を利用させてもらえるとのことだ。
僕らは案内された宿舎で一休みする。
「わたし、今日はびっくりすることばっかりでした」
「僕もだよ」
僕と剛堂さん以外にもこの世界に来ている人がいるのだ。この分だと僕が知らないだけで、もっと居るのかもしれないな。
「腹立たしいことばかりでしたね」
ララの言葉である。まあ、今日の様子を見てれば分かる。
「あの人、ノブヒロさんのことをモモカさんの予備にしようと思って呼んだんじゃないですか?」
「……正直言うと、僕もそう思った」
スターゲイザーが抑えているとはいえ、桃花は重い病気に侵されている。現状、スターゲイザーを動かすことが可能な人物がそのような状態というのは実験に適しているとは言い難いだろう。
「剛堂さんのことはリンデンさんには絶対言っちゃだめだな」
「当然です」
ララには剛堂さんの存在と正体については話してある。さすが魔籠技研の所長にして魔籠の発明者ともあればララも名前は知っていたが、異世界人であることまでは知らなかったようだ。リンデン氏のリサーチ能力がどの程度かわからないが、言わないに越したことはない。
「さて、今日はこの後どうしようか。三人で街の見物でも――」
「いえ、ノブヒロさんには手伝ってもらいたいことがあるので、私と一緒に来てください」
「わたしは?」
「悪いけど、お姉ちゃんは留守番してて」
「えー?」
「ごめんね。でも魔物退治になるかもしれないから」
ララが少し申し訳なさそうに言い、ルルは素直に引き下がった。しかし、この街で魔物退治とはどういうことだろうか。
「魔物ってゴーレムが倒しちゃうんじゃないのか?」
「必要最小限だけですね。今日見た通りです」
「街道とか線路だっけ。でも、壁に守られてて退治の必要がないって言ってなかったか?」
「そうですね。学都は守られてますから、問題ないでしょう」
ララはそう言うと、立ち上がって外套を着こんで部屋を出て行った。僕も魔籠を身に着け、後を追う。
魔物のいるところまでどうやって行くのか気になっていたが、それはすぐに解決した。
ララは学都内の店で車を借りたのだ。
「ちょっと待って、僕は運転できないよ」
「私が運転しますけど」
「運転できるの?」
「ええ。いつものことですから」
座高が低くて前が見えないんじゃないかと思っていたが、店員は座席にアタッチメントをセットしてくれた。
ララが運転席に乗り込んだので、僕は助手席に乗り込む。マジでララが運転するのか。
魔籠式の動力が起動し、車は音もなく走り始めた。
はらはらする僕を尻目に、ララは慣れた手つきでハンドルをさばく。車は壁をくぐって街道へと出た。ごみごみした大都会から一転、手つかずの自然が目の前に広がり、空の青と大地の緑が目を癒す。
「あの丘の向こうに小さな村があります。今日の目的地はそこです」
そう言ってララが進行方向を指さす。
「学都に一番近い人里で、住民の多くは湖で魚を獲って暮らしています」
「前にも行ったことがあるの?」
「はい。魔法学院同士の交流会などで学都に来る機会が何度かあったんですが、その度に学都周辺の村や町を見に行くことにしているんです」
「もしかして、僕と列車で初めて会った時も学都からの帰りだった?」
「そうですよ。あの日も魔物退治の後でしたね。まさか列車でも戦うことになるなんて思いませんでしたけど」
ララと初めて会った日、僕らの乗った列車は魔物の群れに襲撃された。偶然乗り合わせた僕らは協力して魔物を撃退することに成功したが、ララはその前にも魔物と戦っていたのか。
「それは、お疲れ様だったな」
「ええ」
しばらく会話が途切れ、僕は流れる風景をぼんやりと眺めていた。ララの丁寧な運転にもすっかり安心して、心地よい揺れにうとうとしかけてきたとき、ララが再び口を開いた。
「ノブヒロさんはこの世界に来たこと、どう思っていますか?」
「どうしたの、急に」
「モモカさんの話を聞いて、私だったら、きっとものすごく嫌だなって思ったので」
「あの子の場合はちょっと特殊だと思うけどな」
こちらに来なければ死んでいたかもしれない。しかし、部屋に閉ざされっぱなしなのは変わらない。今回のケースでは強制的に飛ばされてしまったが、もし自分で選ぶ余地があったならば、桃花はここへ来ただろうか?
「僕の場合はこっちに来てすぐルルに助けてもらえたし、同じ日本人の剛堂さんにも会えた。孤独な時間が無かったからね。僕が剛堂さんや桃花ちゃんと同じ立場だったら耐えられたか自信が無いよ」
「やっぱりそうですよね」
「逆に、ララが僕の世界に来たらどうなってたかな」
やっていけそうな気がしないでもない。ララはしっかりしてるし。
「確か魔法が無いんでしたよね」
「うん。でも、使えないわけじゃないと思う」
実際に『ポラニア旅行記』が起動したということは使えるのだろう。しかし誰も魔法の存在なんて認知してなかったな。魔法を使えることに気づいていればここと似たような文明になっていたのかな?
「うーん……お姉ちゃんと一緒ならなんとか」
「ララは本当にルルのこと大好きだな」
「ノブヒロさんだって似たようなものじゃないですか?」
「えっ」
「傍から見てるとそんな感じですよ」
マジか。そういえば食事中に注意されたな。姉妹なら微笑ましいけど、僕がそんなんじゃ、ただの危ないおっさんじゃないか。洒落にならないぞ。
「気を付けるよ……」
「まあ、お姉ちゃんもノブヒロさんのことは気に入ってるようなので、別にいいですけど」
ララがそう言ったとき、目の前に目的地の村が見えてきた。
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